断罪から救ってくれたのは…
今夜は婚約者、トマスの17歳の誕生パーティー。最近疎遠になりつつあった婚約者との仲を挽回するべく、伯爵令嬢セシリアは張り切ってオシャレして、パーティーの場にやってきた。
残念ながら、エスコートはトマスではなくセシリアの父だった。セシリアの母は見放したのか、準備をする娘を見にすら来なかった。
それでもセシリアは、まだ希望はあると自分に言い聞かせてこのパーティー会場まで来たのだ。
エスコートする父も妙にソワソワしていたが、トマスと疎遠なことで気をもんでいるのだろう、くらいに思って、その時のセシリアは気にも留めていなかった。
今日のパーティーの余興の者だろうか。セシリアは美しい吟遊詩人から声を掛けられた。ウェーブする豊かな黒髪を一つに束ね、瞳と同じ赤いドレスを着たその吟遊詩人は、見かけたことのない顔だった。
「あら、セシリアお嬢様。イヤリングを片方落としてしまっていますわ。」
吟遊詩人は、手際よく手鏡を差し出してくれた。「どうして私の名前を知っているのか」と尋ねる隙もないほどに。
「あら、大変!」
せっかくのパーティーだというのに、イヤリングが片方なくなっている。
「私の予備のイヤリングなら、そのドレスとも似合いそうですので、とりあえずこちらを付けてくださいませ。」
「まあ、ないよりはマシね。ありがとう。」
受け取ったのは、青い石のイヤリングだった。青いドレスに青い石のイヤリング。一応の体裁は取れる。だが、やはり冒険者が好むものだけあって、貴族であるセシリアが付けるには無骨なものだ。本当なら銀の薔薇に青いサファイアがはめ込まれたイヤリングを付けられたはずなのに。
「それから、お嬢様。本日は何があっても、決して感情的になってはなりませんよ。」
初対面の吟遊詩人が貴族令嬢をたしなめるなんて、と、セシリアはムッとした。
「何よ、いきなりお小言なんて、私を誰だと思っているの!」
少し考えれば、おかしいと気づける状況のはずだった。その場の違和感を大切にしていたら、その後の事件も回避できていたのだろうか…。
「セシリア・フォン・クレイモア、お前との婚約を破棄する!」
婚約者のローゼン伯爵令息トマスから、突然の婚約破棄宣言。
「私は真実の愛を見つけた!マックバート侯爵令嬢ライザと結婚する!」
小説やら演劇やらでよくある「真実の愛」ならば、相手の女は平民か男爵家あたりと相場が決まっているのだが、今回は格が違う。相手は自分よりも高位の令嬢、ライザ・フォン・マックバート侯爵令嬢。侯爵令嬢ともあろう方が、トマスにしなだれかかりながら、セシリアに冷たい視線を向けていた。
「ところで、セシリア。お前はライザに嫉妬し、虐めをしていたとか?不敬罪だぞ!」
トマスはでっち上げた罪の数々を披露していく。
「もう聞くのも不愉快です!その女を処分しなさい!」
トマスの隣に陣取っていたライザが命令すると、警備兵たちが一斉に剣を抜き、剣をかまえた。
「きゃあああ!!!!」
殺される恐怖に、セシリアが悲鳴を上げたその時。
会場に流れる音楽が、ワルツから讃美歌のようなものに変わり、兵士たちの動きが止まった。
「ね…寝てる?…全員?」
辺りを見渡せば、その場に居合わせたものは皆一瞬で眠りこんでしまっていた。たった2人、セシリアと吟遊詩人を除いて。讃美歌は止まり、聞こえてくるものはいびきと寝息だけだった。
呆気に取られるセシリアの腕を掴んで、さっきまで歌っていた吟遊詩人は、一目散にダンスホールを後にした。
「い…一体、何…なのよ…。」
ローゼン伯爵家の庭園の影。息も切れ切れに、セシリアが聞く。
「私は吟遊詩人レノーラ。あなたのお祖母様からの依頼で、今夜貴女をお守りしました。」
淑女顔負けの礼をしつつあまりにもあっさり嘘をつくレノーラに、セシリアは目が点になる。
「何を言っているの…?」
セシリアは声を荒らげた。
「だって、メリダお祖母様は、もう死んでいるのよ!3カ月も前に!」
死人の嘘をでっち上げるなんて、冒涜にも程がある。セシリアはレノーラを睨みつけた。
「そうでしょうね。私は幽霊と契約したんだから。」
さも当たり前のように言って、吟遊詩人レノーラはニヤリと微笑んだ。
「さて、余興は終わり。こんな屋敷、さっさと出ましょう。いつ殺されるか分からない屋敷なんて、幽霊屋敷の方がまだマシよ。」
レノーラは吟遊詩人の奇妙な歌を歌いながら敵兵の目を眩ませて、セシリアを連れて何とか屋敷の外にまで出たのだった。