歓迎
次の話から急展開になります。
読んで頂けると幸いです。
入学式の後。
僕は通学や入学式の時に周りから感じた視線に耐え切れず現実逃避をした。ほんの少しのつもりだったが、割とがっつりと現実逃避をしてしまった。
そして体育館に一人で残された僕。それを見かねて迎えに来てくれたポニーテールの女の子。
女の子に自己紹介をしようとしたところ、僕のことは知っているとのことだった。エスカレーター式の学校だ。高校受験をして入学した僕のことはとても珍しく浮いた存在だったのだろう。
女の子に教室まで案内をしてもらいこれから通う教室の扉を僕は開けた。
僕は早速、洗礼をあびた。
―パーーンッ!
―パ、パーーンッ!
教室の入口にいる僕に向けられて発せられていた無数の乾いた音。
と同時に僕に向かって来たのは、紙吹雪。
それはパーティ用のクラッカーだった。
「え?」
驚き顔を上げる僕へ次に向けられたのは、
「せーのっ。」
「「「「「「「「「「「ようこそ、虹ヶ浜学園へ。」」」」」」」」」」」
と言う言葉だった。
僕は、とても驚いた表情をしていただろう。
自分の事ながら、「キョトンッ」と言う擬音がしっくりくる。
そんな状態のまま、教室をゆっくりと見渡す。
追加でクラッカーを鳴らす男子生徒たち。手を叩いて歓迎している女子生徒たち。48名程の「1-K」の同級生たちが僕を歓迎してくれていた。
しかも、それだけでは無く、右側に目を向けるとそこには黒板全体を大きく使い
「Welcome Nijigahama」
との文字と僕の似顔絵が一緒に書かれていた。
…やばいっ、泣きそうだ。
僕は、感極まっていた。
今まで生きてきた中で、一番、嬉しいかも知れない。そんな少し気恥ずかしい感情の中、僕の背後から大きな声が飛んだ。
「こら、誰だ。黒板消しを仕掛けた奴は?そう言うのは、無しって言ったよね。」
とてもドスの効いた声が僕の背後から放たれた。
その声の主は、僕を教室に案内をしてくれたポニーテールの女の子だった。
先ほどまでの優しい口調とは違い僕はもう一度、「キョトンッ」とした。
余りの豹変ぶりに僕の涙は、すっと静かに引っ込んでいた。
「1-K」の皆は彼女の問いに慌てて首を左右に振った。
彼女のドスの利いた声のせいか皆、全力で否定をしていた。
「ありがとう御座います。あの、宜しくお願いします。」
僕は、素直に今の気持ちを言葉にして、「1-K」の皆に向かって伝えた。
「いや、いや、敬語は辞めよ。同じクラスメイトだし。改めてようこそ。虹ヶ浜学園へ。」
彼女は、先ほどの声とは違い最初にあった時と同じとても優しい声で僕に言った。
…どっちが素なのだろうか?
僕は目の前でニコニコしている彼女を見て真剣に考えた。
―――――
あれから黒板消しのイタズラを仕掛けた犯人探しは行われなかった。
彼女の問いかけに皆が全力で首を横に振った事もあるが、僕自体もそんな事はどうでも良くなっていた。
「私の名前は、サイトウ クルミ。宜しくね。」
そう言いポニーテールの女の子は、頭の尻尾を揺らしながら、右手を差し出してきた。
「宜しく、サイトウさん。」
そう言い僕も右手を差し出した。
だが、彼女はひょいと右手を挙げ僕との握手を避けて言う。
「んー、堅苦しい。皆と同じて、クルミでいいよ。」
「いや、でも、」
「いいの、今日から同じ「1-K」組の仲間何だから。」
初対面でいきなり下の名前に抵抗があったが、どうやら僕だけらしい。郷に入っては郷に従えとも言うし、僕は素直に従った。
「わかったよ。宜しくね。クルミ。」
そう言い、再び、前に出した僕の右手は、今度こそしっかり握られた。
「うん、宜しくね。」
そう言った彼女、クルミの顔はとても可愛かった。
ほんの少しだけ、また僕の胸の鼓動が一瞬跳ね上がった気がした。
僕を教室に案内してくれた彼女は「サイトウ クルミ」と名乗った。「クルミ」と挨拶を交わし終えた時。
ーガラガラッ
「騒がしいぞ、お前らー。」
教室の扉が空き男性が教室へと入ってくる。
僕達はその開けられた教室の扉を一斉に見る。
そこには、全身紺色のジャージを身に纏い首からストップウォッチを下げた無精髭の中年男性が立っていた。整えることのないモジャモジャの髪を掻きながら、その男は、僕達の横を通り過ぎ教壇へと歩み寄る。そして左手で持っていた出欠名簿で軽く教壇の上を叩いた。
誰だがわからないが、僕は、先程の歓迎の余韻が残っており黒板を見るだけで涙腺が活発に動こうとしていた。また、僕は泣きそうになっていたのでナイスタイミングと思い、そっと心の中だけだが、無精髭の中年男性に感謝していた。
「はいはい、おまえらー、席に着けー。」
先程の教室に入って来たときと同様にやる気の感じられない声量で僕たちに指示をする。
クラスメイトの皆はその男に従い席に着く。
自分の席がわからない僕は、教壇の横で立ち尽くしていた。そんな僕を見て、モジャモジャの髪を掻きながら言う。
「お、君が新人君か。宜しく。俺はこの「1-K」の担任のコムラだ。」
「あ、はい。宜しくお願いします。」
担任の先生か。そりゃそうだよな。学校にいる大人と言えば、先生か用務員さん位なものだ。それにしても、全身ジャージと言うことは、体育教師が担任かぁ。
僕は中学の経験から体育教師が苦手だった。あの威圧感がある雰囲気がどうも苦手だった。仕事なのだから仕方がないのかも知れないが、間違ったことは許さないと目を光らせ生徒を監視しているようにも思えた。すべての体育教師がそうではないだろうが、少なくとも僕が通っていた中学はそうだった。
「ん、いい返事だ。」
コムラ先生は僕に言った後、視線を正面に向け席に着いた皆に言った。
「宜しく。俺はコムラだ。このクラスの担任をする。担当教科は、美術だ。」
…えっ?美術?
あまりの予想外に頭が追い付かない。
何で全身ジャージ…?
「知ってるよ。コムセン、宜しくー。」
「相変わらず、センスねー格好だな。」
「髭剃れー、コムセン。」
「いい加減、髪切れーっ。」
僕にとって意外な事実だったが、他の皆は顔馴染みの様だった。
…と言うか、中学と高校で教師が同じなのか?
「お前ら、そういう事言うな。初めが肝心なんだよ。ま、俺の事はどうでも良い。」
…良いのかよっ。
僕は、心の中で突っ込んだ。
「俺の自己紹介が済んだから、次はおまえらな。まずは、新人くんからな。」
そう言いコムラ先生は、教壇を僕に譲る。
「はいっ、わかりました。」
そう、コムラ先生の言うとおり最初が肝心だ。僕は、肝に銘じて、皆の前の教壇へ歩み寄った。
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