表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/25

8 9月28日

 1945年9月28日金曜日


 小屋の南側には細い山道がある。

 その道をミカが小屋に向かって下ってきた。

 背中には50センチメートルほどの木の枝を縄でまとめて背負っている。


 時刻は15時頃。

 この枝は今夜の風呂焚き、調理に使う薪だ。

 この辺りでは炊きもんといって、家事に欠かせなかった炊きもん集めの役割は女性が担っていた。

 

 昼間はきつい畑仕事に従事し、一足先に畑から家に帰る道すがら、山で炊きもんを拾って帰った。

 それから、風呂を炊き、夕食の準備をして夜は内職が待っている。

 育児ももちろん女性の仕事で、まさに身を粉にして働いていた。

 

 ミカの家は風呂の裏手に山から流れてきている沢があり、風呂の水はそこから引き入れることができるようにしている。

 そのため、日々の水汲みを行う必要がなかった。沢や小川、井戸などが近くにない家は水汲みも毎日の家事の一つで、主に女性や子供がその役割を担っていた。

 

 当時の男性方よ・・・いや、なんでもありません・・・


 ミカが土間に入り、炊きもんを背中から降ろす。

 第4話で平太が

 「やはり薪割りは重労働だ。いままでミカはどうやって薪を割っていたのか・・・」

 と心配するシーンがあるが、ミカは薪を割ってはおらず、主に木の枝を山から調達してきていた。

 

 と言っても山に入らない日もあるし、雨の日は枝を拾ってきても火がつかないのである程度まとまった量をストックしておく必要があった。

 ミカは多めに拾ってきた枝の使わない分は居間の下のスペースに入れた。4〜5日分の炊きもんはそこにストックしてある。


 「さあ、風呂を炊いて、夕飯の準備じゃ」

 ミカが風呂場に向かった。風呂釜に水を溜め、外に回って風呂釜の下に炊きもんを入れ、火をつけた。再び土間に戻ってきて少しの間夕飯の準備を進める。

 

 「ミカ」


 日々の作業をこなしているミカだが、先日見た夢が気になっていた。

 あの日以来、耳の奥の方であのサイレンがずっと鳴っているように感じる。


 「ミカ?」


 少し気にしすぎだろうと思うのだが、やはりミカにとって強烈なその過去は忘れることはできず


 「あ、これあれだ。意識的に無視してるやつ」


 平太の声もどこかで聞こえるような気がする。


 ミカが家の入り口を見ると、そこには平太が立っていた。


 「ミカ、ただい」


 

 「ぎゃあああぁあぁぁぁぁああああ」

 

 

 ミカは絶叫した。

 「ミカ?」

 そしてすぐに膝をついて土間に座り、頭を下げて

 

 「ごめんなさい、ごめんなさい!引き留めた訳じゃなくてですね、いや引き留めたと言われれば引き留めたんですけど。あの時はその、なんて言うかお互いの利害関係が一致していたと思ったので。でも決してやましいこと考えてた訳じゃなくてあの、えっと。とととにかく許してください!」

 と必死に訴えた。



 

 「じ・・・じゃあ彼女さんも奥さんも連れてきてないんやね?」

 ミカと平太は居間に正座して向かい合っている。

 

 「うん。どうしてそうなったの?」

 

 「・・・いや、ほら。女の嫉妬は怖いからよ・・・

 だって5日よ?5日も帰ってこんかったから、私は平太の記憶が戻って元の家族のところに帰ったと思って。どこで何しちょったか聞かれて、正直に知らん女と暮らしちょったって言って、彼女さんか奥さんの逆鱗に触れてここに怒鳴り込みに来たんやと思って・・・」

 

 「僕の記憶は戻ってないよ」

 

 「・・・そうね。

 まあ、無事に帰って来たんやったらそれでいいわ」

 

 「ただいま、ミカ」

 

 「おかえり。・・・ん?」

  ミカは何かを感じ取った。

 

 「平太、そういえば。ここに帰ってくる前に誰かに会った?」

 

 「ああ、畑から帰ってる人が何人かいたから挨拶したけど・・・」

  その言葉を聞いてミカは慌てて立ち上がって

 

 「いかん!平太早よ隠れて!」

 と平太に立ち上がって移動するよう促した。が、平太はマイペースに腰をあげた。家の外から

 何かが走ってこちらに向かってくる音と

 

 「おおおおおおおおおおおお」

 という低い声が聞こえてきた。

 

 平太もようやく異常な状況に気がついたが、時既に遅し。家の入り口の戸が勢いよく開き

 

 「平太こらあああああああ!ミカちゃん泣かしたら許さんて言うたどがああああああああ!」

 と田代夫人が烈火の如き形相で家に入ってきた。

 その後ろからようやく追いついた田代がヘトヘトになって

 

 「へ・・・平太くん・・・いかん・・・逃げて・・・」

 と言ってそのまま膝から崩れた。



 「じゃあ、ミカちゃんを捨ててこの家を出たんやないんやね?」

 ミカと平太、田代夫妻が居間で見合って座っている。

 

 「はい・・・。すみません。こんなに帰りが遅くなってしまって、ご心配とご迷惑をお掛けしました」

 平太が3人に向かって頭を下げた。

 

 「それで、こんなに遅くなったのには訳があるんやろ?」

 田代が顎を摩りながら平太に聞いた。平太は頭を上げ、はいと返事をしてから話し始めた。

 

 「社日講の時に立ち寄った村で、宮崎空襲の話を聞きました」

 

 1945年3月18日日曜日 午前6時

 

 敵艦載機十数機による赤江飛行場(現在の宮崎空港)への襲撃を皮切りに、宮崎駅周辺及び市内各所へ空襲が行われた。グラマン機延べ1400機(6回にわたる反復攻撃)による機銃掃射だった。

 

 ミカの顔の傷はその時に負ったものだった。

 

 米軍の九州上陸作戦いわゆるオリンピック作戦の企図により、日本の降伏ギリギリ、8月12日まで計25回に渡って宮崎市は攻撃にさらされた。

 

 「焼け跡と、無数の瓦礫の山だと聞いて、宮崎市に行けば、何か仕事があるんじゃないかと思って、24日の朝早くここを出ました」

 

 中でも5月11日は大空襲となり、射撃、爆弾投下に加え焼夷弾も投下され、宮崎市内は火の海となった。

 

 「まだ焦げ臭い大淀川沿いを歩いていると

 おい、お前元気か

 と声をかけてきた人がいました。一人で瓦礫の片づけをされていて、元気があるなら片付けを手伝えと言われました。

 大工の親方さんだった方で、その瓦礫になる前の家は自分が建てたんだと言ってました。その人について瓦礫の片付けをしているうちに、あちこちから加勢の要請があって。結局帰ってくるまでにこんなにかかってしまいました」

 

 平太が再度、申し訳なさそうに頭を下げた。

 

 「無事に帰ったんなら良し。でも、泊まるって言ってないんなら絶対帰ってきない。待ってる方はどれだけ心配するか・・・ねえミカちゃん」

 

 「はい。わかったか平太」

 

 「うん。本当にごめん。・・・その、お詫びといっちゃあ何なんですが・・・」

 と言うと平太は一旦外に出て行き

 

 「これ、良かったら」

 と言って、田代に焼酎(一升瓶1本)、夫人に味噌樽(2kg入り)を手渡した。

 

 「ど、どうしたとねこれ」

 夫人が驚いて平太に聞いた。

 

 「親方が、働いた分の給料ということで、色々と物資を分けてくださって」

 平太が入り口から外を見るように3人に促した。ミカと田代夫妻が草履を履いて家の外を見ると、自転車に括り付けられたリアカーには数点の家財道具等が見えた。辺りは日が落ちてもう暗い時間帯だ。

 

 「親方が、片付けてきた瓦礫の中から使えそうな家財道具を引き取って、綺麗に手入れしてたものを分けてもらったんだ。自転車もリアカーもくれるって」

 平太がリアカーに駆け寄り

 

 「これうちにちょうどいいかなと思ってもらってきた」

 と言って引っ張り出したのもは

 

 「ちゃぶ台や!」

 ミカが嬉しそうに言った。

 小ぶりのちゃぶ台を持って平太が囲炉裏の近くに置いてみた。

 

 「うん、ぴったりだ」

 ミカと平太がちゃぶ台の周りに座ってみて

 

 「これなら皿がたくさん並べられるわ」

 

 「ちょっとした作業をするのにもちょうどいいね」

 などと話した。

 その様子を家の入り口から見ていた田代夫人が

 

 「あらあら。なんかお邪魔みたいやわ」

 と田代を見て言った。

 

 「ああ、わしらも帰るか」

 そう言うと、田代夫妻はミカと平太に軽く挨拶をして小屋を去った。




 「よし、これでいいかな」

 平太はちゃぶ台と簡単なタンス、味噌、砂糖、焼酎、灯油、灯油ランプをリアカーに積んで帰ってきていた。全てのものを家の中に運び込んで、タンスを設置し終えた。


 「ほら、平太も座って」

 平太が荷物を運んでいる間に、ミカは晩御飯の準備を進めていた。


 今日の夕食

 ムカゴご飯

 みそ汁(具はからいも)

 卵焼き(ノビル玉)

 ノビルの酢の物


 

 「いただきまーす」

 2人が元気に挨拶をした。今日から2人には食卓ができた。

 平太がムカゴご飯を頬張る。


 「美味しい!じゃがいもの小さいやつみたいだけど、皮ごと食べれるんだね」


 「平太ムカゴの根は何か知っちょる?」


 「知ってる!山芋だよね」


 「そうそう、この辺じゃ自然薯って言うんやけど、ムカゴは今が旬よ。ご飯と炊いたり、そのまま湯がいたりして食べる。芋だけあって塩をふると美味しいとよ」


 「今度ムカゴが取れたら、ご飯と炊く以外にも色んな料理を試してみたいね」


 「そうやね、あと1カ月くらいは取れるやろ。取り終わったら自然薯の収穫や。地下に長く根を伸ばしちょるから収穫が大変やとよ」

 天然の自然薯を収穫する際は地面かなり深く掘り下げたり、削らなければならないため場所によっては地盤が緩むこともあり現在では収穫を禁止している地域もある。


 「ノビルの卵焼きも美味い!」


 「ノビルは万能やね。葉を刻んで薬味にもなるし、1本そのまま使って酢の物にもできる」


 「ネギみたいに使えるのがいいよね。しかもどこでも手に入るのがありがたい」

 美味い美味いと食べる平太を見て、ミカは安心したように微笑んだ。


 「あ、そうだ」

 平太が茶碗を置き、ちゃぶ台の下に手を伸ばした。


 「これ」

 ミカに450ミリリットル入り程の瓶容器を手渡した。


 「わ!これ、いもあめや!」


 「うん、実は今日はそのいもあめを買いに行ってたんだよ。佐土原で横山さんって方が作ってるって聞いて」


 「え?わざわざ?あんな重いリアカー引いて?

 ・・・そこまでせんでも良かったのに」

 ミカは平太にいもあめが好きだと言った事を少し後悔した。大変な思いまでして手に入れるほどの好物ではなかったからだ。


 「今日、ミカ誕生日でしょ」


 「・・・へ?」


 「おめでとう」


 「それで、これ買ってきてくれたと?

 バ・・・バカやないと、佐土原まで・・・疲れたやろ・・・そこまでして食べたいもんでもないわ・・・」

 と言いながらミカは目から涙が溢れ出していた。


 いもあめを買いに行ってくれたこと、誕生日を覚えていてくれたこと、それももちろん嬉しかったのだが、ミカはこうして目の前に元気な姿の平太がいてくれることが何より嬉しかった。目から溢れる涙はその嬉しさの現れなのだとミカは理解した。


 「うんうん。やっぱり好きなんじゃん。素直じゃないなぁミカは。泣くほど好きなのに」

 平太はそんなミカの気持ちは全く理解できていないようで


 「そうよ。泣くほど好きやとよ。

 ああ、これでしばらく甘味には困らんわ」

 と軽くあしらった。


 賑やかな二人の食卓を、灯油ランプの柔らかい灯りが照らしていた。



参考文献

鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」

国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」

鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室 

社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事

廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像

みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか

NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌

Yahoo!JAPAN 宮崎県の空襲被害 -未来に残す戦争の記憶

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ