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1945年、あの日のそよかぜ  作者: 乃土雨


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41 皮肉

 「隣人を愛しなさい・・・」


 中村がタバコを吸うために、中沢の話を中断した。ミカがその言葉を噛み締めるように言ったのを見て


 「だからよ」

 と話し始めた。


 「なんとなくだが、その松井大将の言ってた理想の生き方みたいなのを、あいつは山中平太として貫こうとしてるような気がしてんだよ。大天使の話を聞いたのもその時らしいんだ。松井大将はフランスに留学してた時期があられてな。その時にその博愛精神にも触れたんだろ」


 ミカはその言葉を聞くと立ち上がった。


 土間に移動するのを見て中村が


 「お嬢さん、話はまだ終わってねえぜ」

 と言った。


 「わかっちょります。お茶淹れます。うちに灰皿はないけんどん、お茶は出せますかい」

 その言葉を聞いて、中村はようやく喫煙していることに若干の罪悪感を覚え


 「ああ、悪ぃな」

 と言って自分の革靴を土間から引っ張り上げて靴底でタバコの火を揉み消した。

 吸い殻を囲炉裏に捨てようとしてさっき捨てた吸い殻を見つけたことで一瞬ためらったがやはり捨てようとしたところで、エルの視線に気づいた。


 「す・・・捨てねえよ!」

 と言って囲炉裏に捨てた分の吸い殻も拾い上げて、2本の吸い殻をスーツのポケットに入れた。


 「確かに」

 ミカが中村に背中を向けたまま言う。


 「中村さんから聞く中沢一夫の話は、どれも今の平太とは違った人物の話みたいです。趣味嗜好も全然違うし。でも、なんか。この家で初めて平太と言葉を交わした時、なんて言うか・・・その・・・博愛の精神っていうんですかね。この人のことを大切にしたいって・・・そう・・・そう思ったんですなん言ちょるっちゃろ私なんか変やわ忘れてください!」


 一人で話して一人で盛り上がっているミカを見て中村は少し驚いて


 「なあ、ミカさんは山中平太を好きってことでいいんだよな」

 とエルに囁き声で聞いた。


 「あたりまえやろ。へーたおらんときはずっとへーたへーたいいよるっちゃかい」

 エルも中村に囁いて答えた。”なるほど”と言わんばかりに中村が頷くと、エルも”理解したか”と言わんばかりに頷いた。


 ◇◇◇


 茶の入った湯呑みを持って中村が


 「んー。うまいな」

 と言った。


 「それで、平太と松井大将との関係についてはわかりました。それからどうなったんですか?」

 と向かい合わせに正座しているミカが聞く。

 中村がふうと息を吐いて湯呑みを畳に置いた。


 「南京攻略作戦は間違っています。直ちに軍を退却させねばなりません。

 そう言われ、中沢はすぐに上官のもとに走った。上官もその言葉を待っていたようで、すぐに大本営に連絡し、南京に向かっている各師団に退却の命令を伝えた。

 しかし。どういうわけかその命令が各師団に伝わることはなかった」


 中村が一息入れて


 「お嬢さん方、ここからの話はあんまり外で言わないでほしいんだが。この南京攻略作戦は国際問題になってる。今回の軍事裁判でも最大の争点と言っても良いかもしれん」


 「それっていわゆる・・・」


 「野田少尉と向井少尉による100人切り競争。あれは氷山の一角でな。日本兵が南京において、罪のない一般人を次々と切り伏せたなんて話がごろごろある」


 後に南京事件として語られる日本軍最大の汚点である。


 この南京事件、松井石根とは切っても切り離せないほど密接な関係がある。


 看病のかいあって体調が回復した松井は、自ら南京に赴き、日本軍の兵力の誇示と日中の友好的な外交を交渉するつもりであった。


 ところが、松井をはじめとする大本営からの退却命令を無視して進撃していた各師団は、南京において略奪、暴行、強姦、殺人、放火等々非道の限りを尽くしていた。


 その最中の松井大将の南京入城の知らせが届いたとあって、現地民からの報復(松井大将襲撃)を恐れた各師団は敗残兵狩りと称して、疑わしいもの(明らかな民間人も含めて)は全て排除する方針を打ち出したために、夥しい死者を出してしまったのだった。


 この一連の日本軍の行為が国際問題となっており、その責任は松井石根にあるとの論調が強かったのだ。


 「皮肉だよな。極力戦わずして解決の糸口を探っていた松井大将の入城式に合わせて虐殺が行われてたんだ」


 「・・・え?じゃあ平太はまさかその・・・」


 「虐殺行為に加わっていたか?いや、結局あいつは松井大将のお気に入りになったようで、回復の後も松井大将の近くにいた。もちろん、虐殺行為を見たり聞いたりはしていただろうが、あいつがその行為に加担した話はあいつ自身からは聞かれなかった。むしろそういう行為を憎んでいたな」


 ミカは少し安心したような表情になったが


 「じゃあ、平太は何の参考人で軍事裁判に行ったんですか?」

 と聞いた。


 中村は一口茶を飲んで湯呑みを置き


 「オレは別に松井大将に恩があるわけじゃない。

 だがこれから先、日本を立て直すにあたって、松井の爺さんは中心にいなきゃいかん人物の一人だ。友好的な外交の姿勢、博愛の精神はこれからの日本には必要だ。そこで、さっきの松井大将の言葉が重要になってくる」

 腕を組んで中村がミカに言った。


 「南京攻略作戦は間違っています、直ちに軍を退却させねばなりませんってやつですか?」


 「ああ、当時側近だった中沢一夫がそう証言することで、松井自身南京進撃をやめさせる命令を出したことが立証できる」


 「それで、私たちの名前を大天使から取った平太に記憶が戻ることを期待してるってことですか」


 「そういうことだ。

 だが、それだけじゃない」


 「は?」


 「731だよ」


 「あ、そうや。平太の最終所属部隊は731部隊やった」


 「1937年12月の松井大将による南京入城の少し前、あろうことか中沢の所属部隊16師団は独自に入城式を取り行った。つまり、松井大将の前にすでに中島師団長がその役をやっていたんだ」


 隊員からの信頼が厚かった中島今朝吾は、南京進撃にあたり、度重なる隊員の規律違反や略奪行為を目の当たりにし、徐々に精神を病んでいった。

 12月頃からは、自らも美術品等の略奪行為に手を染めていった。

 いち師団が入城式を行うことは普通はない。このことからも、当時の中島師団長がいかに異常な精神状態であったかが窺い知れる。そして中島は、公式に入城式を取り行った松井に対し一方的に不信感を抱くようになる。


 「めちゃくちゃや。そもそも南京って日本のもんやないのに、なんしよっとね日本軍は」

 ミカは呆れ顔でそう言った。


  「だよな。それで松井の近くにいた中沢は、16師団には簡単に帰れなくなった。

そして1940年7月、16師団は満州に永久駐屯となる。

そのタイミングで、中沢は石井部隊発足のため上等兵として配置換え。衛生部満州第731部隊所属となる」



参考文献

鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」

国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」

鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室 

社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事

廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像

みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか

NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌

Yahoo!JAPAN 宮崎県の空襲被害 -未来に残す戦争の記憶

永岡書店 今井國勝、今井万岐子著 よくわかる山菜大図鑑

渡邉一弘著 宮崎神宮「日誌」に見る昭和二十年

鉱脈者 うどん

宮崎市史編纂委員会 宮崎市制施行満三十年記念 宮崎市の回顧と展望

鉱脈社 みやざき文庫74 福田鉄文著 宮崎の戦争遺跡 旧陸・海軍の飛行場跡を歩く

河出書房新社 太平洋戦争研究会編 平塚柾緒著 図解写真で見る満州全史

朝日新聞社 本多勝一著 南京への道

日本文芸社 太平洋戦争研究会編著 人物・事件でわかる太平洋戦争 重要人物から解き明かす日米決戦の真相

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