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1945年、あの日のそよかぜ  作者: 乃土雨


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38 にぎりめし

 中村は山中家の天井を見つめた。

 木板が並べたれた簡素な作りのその天井は木目がはっきりと確認でき、その不規則な木目が人の顔に見えたり、猫に見えたり、美しい女性に見えたり、泣く幼児に見えたりと様々な形となって中村の目に映った。


 「中村さん?」

 ミカが中村に声をかける。


 平太は先ほど、極東軍事裁判の参考人となるべく中村の仲間4人とこの家を出た。ミカとエルはそのまま動かず中村と向かい合って座っていた。が、中村は平太が家を出るとすぐに


 「ぷう」

 と息を吐いて後方に倒れ込んだのだ。


 「へ、こいた」

 とエルに言われ


 「こいてねえよ」

 と言いながら起き上がって再びあぐらをかいた。

 平太の過去をミカに伝えるとの名目で、中村だけこの家に残ったのだった。


 「なんか、中沢がいなくなったら気が抜けてよ。すまんお嬢さん。なんか食うもんねえか」

 空腹であることが伝わるように、腹を摩りながら中村が言った。


 「あ、ちょうど昼にしようと思っちょったかい、にぎりめしくらいならすぐに」

 と言ってミカが土間に移動した。

 土間で食事の支度をしているミカを中村は目で追った。ミカの動作を見ながら


 ──中沢がここの暮らしにこだわる理由がわかる気がするな


 と思った。


 「はい、できました」

 ミカがそう言って中村の前に二つのにぎりめしがのった皿を置いた。そして、少し小さめのにぎりめしがのった皿はエルの前に置いた。


 「ああ、ありがてえ」

 と言って早速にぎりめしを雑に取って口に運ぼうとしてエルの視線に気がついた。

 エルは両手を揃えたまま、まっすぐ中村を見ていた。


 「て、あわせんね」

 とエルに言われて、中村は手に取ったにぎりめしを皿に置き直して手を合わせた。


 「いただきます」

 エルと中村が声を合わせて挨拶し、二人はにぎりめしを食べ始めた。


 「んん、うまい」

 唸るように中村が言った。


 「くちにつめこみすぎやが、なかむら」

 とエルが少しずつにぎりめしを齧りながら言った。


 ──いつも私から言われちょることやろそれは


 とミカは思いながら中村の食べる様子をじっと見ているエルを見つめた。

 その二人の様子を中村が見て


 「本当に親子みてえだな」

 と言ったが、口ににぎりめしがめいいっぱい入っていたので、何を言ったのかは二人に伝わらなかった。


◇◇◇


 食後の茶を飲み終わり、一息ついた中村は


 「ごちそうさまでした」

 と言って、スーツの内ポケットから紙箱を取り出した。中からたばこを1本取り出して、マッチを擦って火を着けた。


 「あんたら二人、”ミカ”と”エル”って名前の由来は知ってんのか?」

 吸い込んだ煙を吐き出しながら中村は聞いた。


 「大天使様から付けたって平太は言いよった」

 中村に向かい合って座ったミカが答えた。


 「そう。まさにそうだ。大天使ミカエル。オレはあんたら二人の名前を聞いて、あいつは中沢一夫に間違いないと思った。だが、あいつは肝心の戦場での記憶がないと来た。なんで大天使のことは忘れなかったのか・・・。全く不思議だが、それが運命ってもんなのかもしれん」


 「大天使と平太の過去には何かつながりがあるってことですか?」

 ミカの質問を聞いて、中村はタバコを吸い込みながら頷いた。


 「ああ、松井大将の教えだそうだ」

 煙を吐きながら中村が言う。


 「お嬢さん、タバコ吸ってる人が目の前にいるのに灰皿出さねえのか」


 「ごめんなさい。うち平太が吸わんから灰皿無いんです」

 少し語気を強めた。ミカは家の中で何の断りもなく平然とタバコを吸い続ける中村が少し嫌いだった。


 「そうか。戦場じゃあいつは結構吸う方だったんだがな。オレが吸っててもタバコに見向きもしなかったんで、やめたのかと思ってたが、吸ってたことすら忘れてるってことか」

 中村が腕を伸ばして吸い殻を囲炉裏に捨てた。

 ミカは、後で拾って家の外に捨てとこうと思いながら、その中村の行動を横目で追った。


「グズグズしててもしょうがねえ。それじゃあ始めるか」

 あぐらをかいている左右の膝に両手を乗せて、中村が言った。


 「あいつ・・・山中平太なる男の本名は・・・」


◇◇◇


 1921年8月3日 水曜日 午前11時


 東京市ヶ谷にある中沢家に男の子が生まれた。

 8歳年上の姉が一人おり、待望の男の子であったことから、一夫と命名された。

 家は3代続く呉服店であり、日露戦争の際に軍服の生産に生地を提供していたことで、一気に売り上げが伸びていた。


 市ヶ谷には当時、防衛省や陸軍士官学校があり、街には軍服を着た陸士が大勢おり、幼い一夫は何となく軍や兵士に憧れを抱くようになっていった。


 一夫10歳の歳に、姉が婿養子を取り、呉服店の4代目はその義理兄が継ぐことが決まった。そのことが一つのきっかけとなり、一夫は入隊のできる歳になったらすぐに入隊しようと決めたのだった。


 1935年。14歳になった一夫は、特に何の迷いもなく陸軍に志願し入隊。訓練生となった。


 2年の訓練期間を経て、1937年4月に陸軍上海派遣軍第16師団歩兵38連隊に配属となった。


 この年、7月には日中戦争が勃発。


 一夫の軍人としてのキャリアが本格的に始まったのと同時期に、日本の戦局も大きく狂い始めたのだった。



参考文献

鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」

国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」

鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室 

社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事

廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像

みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか

NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌

Yahoo!JAPAN 宮崎県の空襲被害 -未来に残す戦争の記憶

永岡書店 今井國勝、今井万岐子著 よくわかる山菜大図鑑

渡邉一弘著 宮崎神宮「日誌」に見る昭和二十年

鉱脈者 うどん

宮崎市史編纂委員会 宮崎市制施行満三十年記念 宮崎市の回顧と展望

鉱脈社 みやざき文庫74 福田鉄文著 宮崎の戦争遺跡 旧陸・海軍の飛行場跡を歩く

河出書房新社 太平洋戦争研究会編 平塚柾緒著 図解写真で見る満州全史

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