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1945年、あの日のそよかぜ  作者: 乃土雨


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37 交渉

 「平太・・・731てなん?」


 ミカは初めて聞くその番号が部隊名なのかも分からなかった。

 平太は俯いており、何かを思い出そうとしているようにも見えた。


 「関東軍防疫給水部本部、秘匿名称満州第731部隊。指揮官の石井四郎の名を取って石井部隊とも呼ばれていた。オレはその部隊の憲兵だった」

 中村はそこまで言うと、左手に持っていたタバコを口に持っていき深く吸った。


 「そこでオレたちは知り合ったんだ。中沢一夫上等兵」

 と煙を吐きながら言った。


 「じゃあ・・・ほ・・・本当に平太は・・・その・・・中沢一夫?」

 ミカは不安そうに平太を見て聞いた。平太は必死に記憶を辿っているのか、額には汗が浮かび出した。


 「だからそう言ってるだろ。お嬢さんのことも調べたぜ。なんで家に帰らねえんだ。井戸川はあんたを探してるし、家業はあんたの伯父さんが引き継いで、えらく儲けてるみたいだぜ。ここより良い暮らしができるだろ。ああ、それから奥の部屋にいるあの子もな。本来なら市の職員の届けなきゃいかんだろ」


 ミカも流石に俯いてしまった。


 いよいよ、この偽名での暮らしにも終わりが訪れたのだ。


 井戸川が自分を探しているとは意外だったが、平太の本名も明らかになり、所属部隊も判明した。記憶が戻るのも時間の問題だろう。エルも、中村の言うとおり、やはりここで一緒に暮らすのは無理があったのだ。


 「中村さん」

 平太がようやく顔を上げた。


 「やっぱり、僕は山中平太みたいです。軍のことは思い出せない」

 そう笑顔で平太が言った。

 「ははは。そうですか。じゃあ帰りますなんて言えるかこの野郎。ふざけんじゃねえよって殴りてえところだが。まあお前がそう言うだろうってことは予想してたよ。そこでだ」

 と言って中村がタバコを水たまりに捨てた。


 「実は相談してえことがあるんだ。山中家の皆さん」


 ◇◇◇

 

 ミカと平太、エルが横並びになって居間に座っている。向かいでは中村があぐらをかいている。

 中村の仲間は土間に4人並んで立っており、居間の4人を監視しているような構図になっている。


 「あの・・・相談って・・・」


 「ん。まずは改めて自己紹介させてくれ。

 オレは終戦連絡中央事務局、通称終連の中村だ。ちなみに25歳独身。

 お嬢さん。単刀直入に言うが、中沢・・・あー、山中平太をオレたちに預けてくれ」

 中村がそう言って軽く頭を下げた。


 「預ける?」


 「山中平太が何も覚えていないのは分かった。だがな。万に一つでも中沢一夫だったことを思い出す可能性があるなら、オレはその万に一つに賭けたい」


 「あの、平太が自分の過去を思い出したら、何がどうなるんですか?」


 「この国の運命が変わるんだよ」

 相変わらず覇気のない声と表情で、大それたことを言う中村にミカは理解が追いつかなかった。


 「こいつは、極東国際軍事裁判の参考人として白羽の矢が立っている」

 終連の仕事は主にGHQと日本政府の間を取り持つこと、そして軍事裁判に関する事項も仕事の一つだった。


 「え?ちょっと何言ってるんですか!軍事裁判?」

 ミカは、平太が犯罪者とでも言いたいのかと少し怒りを込めて言った。


 「えーきゅーせんぱん・・・」

 エルが思わずそう言うと


 「エル!」

 とミカから叱られた。


 「・・・まあ詳しくは言えんが、こいつが所属していた部隊に関係しててだな」


 「ミカ」


 平太が中村の言葉を遮った。


 「僕、行ってくるよ」


 「え・・・平太・・・」


 「久男くんが繁春さんの最期を伝えにきた時、僕はやっぱりどこかで自分の過去に向き合わなければいけない日が来ると思ってた。クラばあちゃんから果たすべき責任の話をされた時、もしその日が来たら、きちんと向き合おうと決めた」


 平太が中村を見て


 「今日がその日なんだと思うんだ」

 と伝えた。


 「え、でも平太・・・でも・・・」

 ミカも分かっていた。


 いずれはこんな日が来るのだと覚悟はしていたが、軍事裁判や参考人、過去の所属部隊がどうのと矢継ぎ早に情報が入り込んできて気持ちの整理がつかないでいる。


 「ただし!」

 と言って中村がたった今胸ポケットから取り出した紙箱からタバコを1本抜き取った。


 「軍事裁判で扱われる日本軍の軍事行為は多岐にわたる。裁かれる被告人もかなりの人数だ。それに加えて中沢の記憶もいつ戻るか分からん。最低でも1年、いや2年は帰って来れんぞ」

 マッチを擦って着けた火をタバコに近づけて中村が言う。火を消したマッチ棒は囲炉裏に投げ入れた。


 「2年て・・・そんな・・・めちゃくちゃや」


 「僕も、その・・・ただで行く気はありません」

 真剣な表情で平太が中村に言う。


 「ほう、交渉しようってか」


 「僕が不在の間の、ミカとエルの生活の補償はしてください。それから。

 僕のことを教えてください。どこで生まれて、何をしてきた人物だったのか」


 「・・・」


 中村はタバコを吸い込んで黙った。鼻から2本の白煙が勢いよく吹き出されたことで、ため息をついてることが伺えた。


 「んー」

 と唸り


 「よし分かった。この家には毎月生活費を届けさせる。月50円、それ以上は出せん」

 現在の貨幣価値で7〜8万円程だ。


 「それから、お前の過去についてだが。

 それがこの裁判で重要な部分だ。よって、オレがお前に言って聞かせたら意味がない。

 自分が何者か知らないのは辛いことだろう。だが、その願いは聞けん」


 「だったら」

 平太が少し身を乗り出して中村に言う。


 「ミカにだけでも、僕のことを伝えてください」


 中村は驚いた表情を見せたが、すぐにまた普段の表情に戻った。


 「いや平太。私には平太の過去は関係ないんやから」


 「知ってて欲しいんだろ」

 とミカの言葉を中村が遮った。


 「過去のこと全部片付けたら、またここに。お嬢さんのところに帰ってくるって意味だろそれは」

 ミカは中村の言葉を聞いて、平太を見た。

 平太もミカを見て一度力強く頷いて


 「必ず、ここに帰ってくるから」

 と伝えた。

 平太の真剣な表情を見てミカは平太の意思の強さを感じ取った。ミカは一度俯いて考えた。

 そして顔を上げて中村に


 「分かりました。参考人として平太を連れて行ってください。そして、聞かせてください。平太の・・・いえ、中沢一夫のこと」

 とまっすぐ視線を向けて伝えた。



参考文献

鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」

国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」

鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室 

社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事

廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像

みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか

NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌

Yahoo!JAPAN 宮崎県の空襲被害 -未来に残す戦争の記憶

永岡書店 今井國勝、今井万岐子著 よくわかる山菜大図鑑

渡邉一弘著 宮崎神宮「日誌」に見る昭和二十年

鉱脈者 うどん

宮崎市史編纂委員会 宮崎市制施行満三十年記念 宮崎市の回顧と展望

鉱脈社 みやざき文庫74 福田鉄文著 宮崎の戦争遺跡 旧陸・海軍の飛行場跡を歩く

河出書房新社 太平洋戦争研究会編 平塚柾緒著 図解写真で見る満州全史

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