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1945年、あの日のそよかぜ  作者: 乃土雨


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34 おぐらとん

 1月13日 日曜日


 「そういうわけで、明日は9時にクラさんの家に集合やかいね」

 田代夫人が引き抜いた大根を片手にミカに言った。


 ミカも大根を引き抜こうと腰を屈めたところだったため、一度身を起こして


 「はい、分かりました」

 と返事をして、また目星をつけた大根に向かって身を屈めた。 


 宮崎県国富町の冬といえば千切り大根だ。


 9月頃にタネを撒いた大根は12月から2月頃まで収穫され、大型のスライサー(今は電動のもの)で千切りにした大根を干し網に広げ天日で乾かす。

 昭和61年に国富町で生産振興会が発足し、全国有数の千切り大根の産地となっている。

 1946年当時も大根の栽培はされていたが、千切り大根は清武町が盛んであった。


 田代は国富町の中でも、いち早く千切り大根生産に目をつけた農家の一人だった。

 今日は千切り大根にするために大根を引き抜いているのではなく、夕飯の汁の具材にするためにミカが大根をもらいにきたのだった。


 「ミカちゃんはおぐらとんしよった?」

 ミカから大根を使いたいとの相談を受け、田代夫人も夕飯を決めかねていたために、ふろふき大根にでもするかと思い立ち、ミカと一緒に大根畑に来たのだ。


 「いえ、しよらんかったですね。初めて聞きました」

 ミカは50センチはあろうかという立派な大根を引き抜いて田代夫人の問いに答えた。


 「そら立派な大根やね。たくさんあるかいあと2〜3本抜いていきない」

 夫人からそう言われたミカは、良いんですかと目を輝かせて言った。


 ◇◇◇


 本日の夕食

 麦ご飯

 みそ汁(具はもちろん大根)

 大根の煮物(鶏卵も一緒に煮る)

 大根おろし

 

 「大根・・・」


 「だいこんだらけ・・・」

 食卓に並んだメニューを見て、平太とエルが驚いた。


 「ごめん!調子に乗りすぎた」

 田代夫人からもう数本抜いて帰るよう言われたミカは結局10本の大根を引き抜いた。スミ子の家に2本分けて、8本をなんとか担いで帰ったのだった。


 「田代さんも、もっともっとっていうもんやから・・・つい・・・2〜3日は大根料理が続きます・・・」

 申し訳なさそうにミカが平太とエルに言うと


 「いやいや、ありがたいことだよ。食べよ!」

 と平太が言って手を合わせた。エルも慌てて手を合わせたが大根の煮物はすでに半分食べていた。


 「いただきます」

 平太とエルが挨拶をして食べ始めた。二人の様子を見て、ミカも手を合わせていただきますと小さく言って食事を始めた。


 「うまい!みそ汁に入った大根ってなんでこんなに美味しんだろう」

 平太はやはりみそ汁から飲んだ。


 「うま!だいこんやわい」

 エルは2個目の煮物に箸を伸ばしながら言った。


 「そう?それなら良かったわ」

 ミカが大根おろしを箸でつまんで口に入れた。


 「辛い!良い大根や」

 と言って麦ご飯をかき込んだ。


 ◇◇◇


 1月14日月曜日

 村の子どもらが沢口家の庭に集められた。

 その様子を見に子の親、近所の者も集まっている。


 正月14日は「おぐらとん」を行う。

 竹や木(梅の木が良いとされた)の先端に藁を巻きつけたものを持って、子らが各家庭を周り、玄関から外に向かって「もぐらは隣の屋敷に行ってもっくりかえせ」と言いながら庭を叩くのである。


 「それがおぐらとん?」

 平太もミカとエルについて沢口家に来ていた。


 「うん。私も初めて聞いた。小さい頃やった覚えはないわ」

 ミカは子ども達の中にいるエルを心配そうに見ながら平太に言った。

 エルは子ども達が集まっている中心付近にいるが、表情は山中家に来た時のように口を真一文字に閉じ、まっすぐ前を見ている。

 周囲の子供達もエルを初めて見るため、まだどんな子なのか様子を伺っている様子だ。

 

 サッと襖が開いて中からクラが現れ


 「おお。よお集まったのぉお前達。さあ、おぐらとんの棒は準備しちょる。それぞれ取って始めちくり」

 と言うと、子ども達は一斉に沢口家の土間に駆け込んだ。


 エルはどうして良いか分からずに少々出遅れた。

 どうしようと言いたげにミカと平太の方を見た。

 ミカがエルを見て力強く頷いてみせた。そこへ


 「ほら、一緒に行こう」

 とエルに声をかけたのは熊治だった。

 エルは熊治を見上げて一瞬驚いたような表情を見せたが、すぐに差し出された熊治の右手を握り、土間の中に姿を消した。


 「熊治くん!よくやった!」

 とミカは満面の笑みで言った。


◇◇◇


 「それ、もらえて良かったね」

 正午になろうかという時間、ミカとエルは手を繋いで家へ向かって歩いている。


 おぐらとんは無事に終わり、村の最後の一軒のおぐらとんを終えるとその場で解散になった。結局ミカと数人の母親は、ずっと子どもたちのおぐらとんについて回った。おぐらとんで使った棒は使った子どもに進呈するとクラから言われていたため、エルはそのまま棒を持ってミカの左手を握って歩いている。


 「うん。いえにかざっちょく!へーたにもみせんといかん」


 「あ、そうだ。平太帰ってきたらうちの庭にもおぐらとんしてよ」


 「うん、いいよ」

 エルは他の子ども達とおぐらとんをして回っている最中に熊治を介してどんどん友達が増えていった。今もエルが笑顔で返答している姿を見て、ミカはホッとしたのだった。


 「今度熊治くんにお礼言わんといかん」

 と進行方向を見たままミカが言うと


 「え?くまじくんに?おれい?くまじくんのいえにいくと?」

 と急に早口になりながらエルがミカに聞いた。


 「いや、わざわざ家にまでは行かんけど・・・。行きたいと?熊治くんの家に」

 ミカはエルを見てそう聞いた。


 「い・・・いやべつに・・・またすぐあえるし・・・」

 とエルは表情をミカに見られないようにそっぽを向きながら答えた。


 「え?エルまさか、熊治くんのこと好きやと?」

 ミカは目を輝かせてエルに聞いた。


 「ちがうし!べつにそんなんやないし!」

 なおも顔を背けてエルが答える。


 「ええ?ほんとに?ほら、ちゃんと話してん。どこが好きやと?エルぅ」

 こういうテンションになったミカの絡みはねちっこい。


 「みかだってへーたのことすきやわ!」

 エルの反撃。


 「は・・・はあ?全然!全然好きやないし!」


 「いっつもへーたへーたっていいよるわ」


 「それが平太の名前やかいよ。平太やっちゃかい平太って呼ぶとよ」


 「へーたがおらんときよ!ぼおっとしながらいうわ」


 「いいい言わんがそんな・・・え、言っちょる?」

 エルがミカに向かって大きく頷いた時


 「ミカ!エル!ただいま」

 と平太が後ろから二人に声を掛けた。


 「うわあああ!へへへ平太。どうしたと?」

 ミカが顔を真っ赤にしながら平太に聞いた。


 「今日の現場は久男くんの家だから。昼を食べに帰ってきた。また午後から仕事いくよ」


 「へーた。みかがね。へーたのこと」


 「うわああああ!」

 エルの言葉をミカは大声で遮った。


 「どうしたのミカ。今日はよく驚くね」

 何も知らない平太はミカに笑顔で聞く。


 「なななななんでもないから!エルも余計なこと言わんでいい!」

 エルが二人よりも数歩先に小走りで移動して振り返り、おぐらとんの棒で地面を一度叩いて


 「みかはへーたんとこいってもっくりかえせ」


 とニヤニヤと笑って言った。そしてすぐにいえに向かって走っていってしまった。

 残された二人は顔を見合わせた。


 「エルはなんて言ったの?」

 おぐらとんの言葉を聞き取れなかった平太が、ミカに聞いた。


 「さ・・・さあ」

 ミカは平太に表情を見られないように顔を背けながら言った。


 「みかー。へーたー。こけたー。いたいー」

 と遠くからエルの声。


 「もう!走るかいよ」

 と言いながらミカと平太はエルの声の方に走って向かった。


 1946年1月14日月曜日。


 快晴の青空と3人の笑顔が印象的な日であった。



参考文献

鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」

国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」

鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室 

社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事

廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像

みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか

NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌

Yahoo!JAPAN 宮崎県の空襲被害 -未来に残す戦争の記憶

永岡書店 今井國勝、今井万岐子著 よくわかる山菜大図鑑

渡邉一弘著 宮崎神宮「日誌」に見る昭和二十年

鉱脈者 うどん

宮崎市史編纂委員会 宮崎市制施行満三十年記念 宮崎市の回顧と展望

鉱脈社 みやざき文庫74 福田鉄文著 宮崎の戦争遺跡 旧陸・海軍の飛行場跡を歩く

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