33 七草ずしと帳祝い
エルの初めての言葉を聞いて号泣したミカと平太はなんとか落ち着き、朝食の準備に取り掛かった。
本日の朝食
七草ずし
「今日は一月七日やかい、七草ずしにした」
ミカがちゃぶ台に3人分のお椀を準備しながら行った。
「寿司?お粥じゃなくて?」
平太が疑問に思って聞いた。平太の記憶にもなんとなく「七草粥」というワードが残っていたのだ。
「全国的にはお粥みたいやけど、この辺は七草ずしにする。具材は一緒。春の七草、せり、なずな、ごぎょう、はこべ、ほとけのざ、すずな、すずしろを入れた餅入りのご飯をいりこ出汁と醤油で味付けする。このご飯が酢飯で雑炊みたいに柔らかく炊くから、七草ずしっていうとよ」
ミカの説明を聞いている間に、エルが七草ずしを食べてしまいそうになっていたため
「ほらほら、ご挨拶して食べるよ」
とミカがエルに声を掛け、3人が声を揃えていただきますと挨拶をした。
「んー!んまい!」
エルが驚いて声を出した。
「うん、美味しい!お米と餅で結構食べ応えあるかなと思ったけど、出汁と醤油が効いてていくらでも食べれる」
平太も目を輝かせた。
「ふふ。良かった。年始から正月料理の余りをやりくりして、ちょっと豪華な食事が続いてたけど、今日からはいつもの料理に戻るかいね。やっぱり7日までは正月気分やとよね」
「豪華な料理もいいけど、僕はやっぱりミカのみそ汁が一番好きだよ」
平太が七草ずしを頬張りながらミカに言うと
「ふん。私がたじろぐと思ってそんなこと言いよるんやろうけど、流石に新しい年を迎えて私も大人になったんやかいね。その程度じゃたじろがん」
と強気な発言をしたミカを見てエルが
「みか、なんでかおあかいと?」
と聞いた。
「あ・・・ああ赤くないが!」
「なんでニヤニヤしちょると?」
「ししししちょらんが!エル!口に詰め込み過ぎやが!」
「もうたべおわったが」
ミカとエルのそんな会話を聞いて
──うん、今日も平和だなぁ
としみじみ思う平太なのだった。
◇◇◇
1月11日金曜日
この日は帳祝いとされた。
「ちょういわい?ちょうちょ?」
エルが平太に肩車をされながら、隣を歩くミカに聞いた。
「ちょうちょやないが。帳祝い。今日が農作業始めの日でそれを祝う日のことよ。とは言っても、もう農作業は始めてるところが大半やけどね。今日は苗代田の鋤き起こしをする決まりよ。やかい今、こうやって3人で田代さんとこに向かっちょるとよ」
帳祝いの日に稲の種を蒔く田(苗代田)を耕した。終われば帳祝い。祝いといっても、両隣りが集まり焼酎を飲む程度のものだった。五穀豊穣を祈る行事と農作業のポイントを合わせて年中行事にすることで、作業の遅れがなくなるため、理にかなったやり方であった。
「今日はエルの初顔見せも兼ねちょるから、夕飯を田代さんところでご馳走になることになっちょる。平太ごめんね、仕事早く切り上げてもらって」
「いやいや、エルの顔見せって言ったら親方も来るって言ってたよ。結局お得意さんの帳祝いに呼ばれて、そっちに行っちゃったけど」
既にエルは元旦に田代家に行ってはいるが、山中家の住人としては初めて田代家にいく。
「今度親方さんにも会いに行かんと。あ、平太焼酎重くない?」
平太は肩にエル、左手に一升瓶を2本結えた焼酎を持っていた。
「・・・うん、流石にちょっと重くなってきたよ・・・」
平太が少し苦しそうな表情になったのを見てミカが
「はい、エル。ここからは歩きない」
と言って平太の肩からエルを抱えて下ろした。
「えー。やだー。へーたー」
エルが立ち止まって両手を上げて平太に抱き抱えられるのを待っている。
「ほら、ダメやがエル。平太も大変やから。もうすぐやかい歩くよ」
と言って左手を差し出す。
渋々エルはミカの左を握る。エルは左手を平太に差し出し、平太がエルの左手を握る。
3人は並んで田代家に向かった。
◇◇◇
田代家に着くと、早速平太は野良着に着替え畑に入った。田代と一緒になって苗代田の鍬を入れた。が、大体は田代が終わらせており、平太はほんの少しだけ鍬を振っただけであった。
「さあさあ、平太くん。もう終わりにして家に上がらんね」
田代は宴会がしたい気持ちと早くエルと話したい気持ちで浮き足立っている。平太が畑から出るのを待たずに早足で家に帰った。
平太が野良着から普段着に着替えて、床の間に上がると、田代は既に少し焼酎を飲んでいた。
「お、平太くんごめんごめん。もう我慢ができんでよ」
田代がニコニコ笑って平太に言った。
すると台所と繋がっている襖が開いて、夫人とミカが料理を運び込んできた。ミカの裾を掴んでエルも一緒に歩いてくる。
「おお、エルちゃん!ほら、じいちゃんのここに座らんか」
田代はあぐらをかいている自分の右膝のあたりをポンポン叩きながらエルに言った。無論、まだ田代に馴染んでいないエルは明から様に嫌な顔をして見せた。
「あんたの膝には私が座るわ。ごめんねエルちゃん。じいさんのことは無視していいかね」
と田代夫人が言う。
「あ、なんかお前。もうエルちゃんと仲良くなったとか!こりゃ負けちょられんど」
田代夫妻は終始笑顔だ。
「さっきたまごやきもらった。おいしかった」
とエルは夫人の方を見て言った。
「じゃあワシの分の卵焼きもやるわい、じゃかいここん座らんか」
となおも引き下がる田代を無視して台所に消えた夫人とミカを追ってエルも台所に向かった。
エルに無視された田代だったが
「かぁー!かわいいが!」
と上機嫌だ。
汁物も運ばれて夕食が始まった。
エルはミカの隣で卵焼きとかずのこを交互に食べ、口に詰め込み過ぎだとミカに叱られた。その間も田代の目線を感じてはいたが、できるだけ田代の方を見ないように務めた。
しかし。
夕食も中盤に差し掛かると、田代が酔った勢いで得意のひょっとこ踊りを披露すると、エルに大ウケ。田代とエルはすぐに仲良くなった。
エルは田代の膝に座って時折、田代の膳の卵焼きを食べた。もちろんミカに気づかれて叱られた。
「すみません、エルが失礼なことを」
流石のミカも平謝りするしかない。
田代はいいがいいがと言って笑ったいた。
夕食もひと段落し、ミカと夫人は洗い物のため土間に行き、床の間には田代と平太とエルだけになった。と言っても、エルは既に田代の膝で眠っていた。
「かわいいが。エルちゃんは」
とお茶を飲みながら田代が言う。
「今日はお騒がせして、本当にすみませんでした」
平太もお茶を飲みながら、エルが夕食の時にやたらと田代の周りをキャッキャと飛び跳ねたことを詫びた。
「いいとじゃが」
田代の声が僅かに震えた。
「ワシらには3人息子がおる。長男は福岡で医者をしちょる。軍医として戦地にもいったけんどん、無事に帰ってきた。次男は結婚しちょったけんどん戦死して、それを機に離縁になってしもた。三男は久男くんと一緒に戦地に行って・・・」
「繁春さんですね?」
「・・・そう。繁春も戦死してしもた。長男は仕事が忙しして帰ってこん。・・・もうこっちには帰ってこんとじゃないか。
寂しいもんよ。孫はおるこたおるけんどん(いるにはいるがの意)顔は見たことないとよ」
「そうだったんですか・・・」
平太は少し涙声で語る、あまり見たことがない田代の様子を見て、そう答えるしかなかった。
「じゃかい、ミカちゃんがあの小屋に来てくれて、実の子のように面倒見てやろうち思うた。したら平太くんも来てくれて、エルちゃんも来てくれた。こりゃあ神様が”お前にもう一回娘夫婦を授けるかい、命が尽きるまでよく面倒みるとぞ”て言うてくれた気がしちょるとよ。
じゃかい。
じゃかいありがとう平太くん。
今日ほど幸せな日はない」
この言葉を聞いて、いつもなら平太が大号泣する。
が、さっと襖が開いた先に立っていたのは既に号泣しているミカだった。
「おじさん・・・そんなふうに見てくれてたっちゃね・・・・」
田代の話は土間にも聞こえていて、ミカはそっと聞き耳を立てていたのだ。
「おじさん、おばさん。・・・ありがと」
ミカは隣に立っていた田代夫人に抱きついて泣いた。
平太も涙を堪えられずに手拭いで目を押さえた。
◇◇◇
「じゃ、ごちそうさまでした」
そう言ってミカは草履を履いて田代家の玄関を出た。外では平太と平太に負われて眠っているエルがいる。
「いつでも来ない。ご馳走食わしちゃるかい」
と言って見送りに出てきた田代が言った。夫人も隣に立っている。
「はい、ありがとうございます」
と平太が頭を下げた。その拍子にエルがふと目を覚ました。
平太はエルの顔が田代夫妻に見えるように振り向いた。
「じいじ、ばあば。またくるね」
エルは眠そうな表情で、田代夫妻にそう伝えた。
山中家の3人が見えなくなるまで見送った後、田代夫妻は互いに肩を抱いて泣いたのだった。
参考文献
鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」
国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」
鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室
社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事
廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像
みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか
NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌
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永岡書店 今井國勝、今井万岐子著 よくわかる山菜大図鑑
渡邉一弘著 宮崎神宮「日誌」に見る昭和二十年
鉱脈者 うどん
宮崎市史編纂委員会 宮崎市制施行満三十年記念 宮崎市の回顧と展望




