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1945年、あの日のそよかぜ  作者: 乃土雨


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32 文子

 季節は9月が終わりかけた秋の頃

 文子が目を開けた。


 ──ん?ここどこやろ?


 布団で寝ていたはずだが、いつの間にか板の間で寝ている。家に板の間はないため、すぐにここは家ではないとわかった。


 ──おかあさんどこやろ。もうひなんはせんでいいっていいよったのに


 「目、覚めたか」


 文子は驚いて声の方を見た。

 12歳くらいの歳と思われる少年がエルを見ている。そこで気づいたが、ここは古い神社の社殿内で少年は一段高くなった神座に座っていた。


 「来い。ここの案内しちゃるわ」

 少年は文子を連れて社殿を出た。外では数人の少年少女がおり、思いおもいに過ごしていた。


 「ここが便所、そこの水道が一応洗面所じゃ。どこも好きに使っていいかい」

 そう言うと、少年が他の少年少女に向かって集合するよう声を掛けた。

 少年少女が社殿前に集まる。その前に少年が立ち、横にエルを立たせる。


 「今日かい、こん子が仲間になるかい。皆よろしく頼むわ」

 そう言われ、少年少女が各々頷く。


 「オレは哲夫。名前は?」

 と聞かれ文子は


 「あ・・・あ・・・」

 と言葉に詰まる。


 「文子ちゃんやが」

 と一人の少女が哲夫に言った。


 「そん子なら前うちの近所に住んじょったかい知っちょる」

 とその少女が言うと哲夫が


 「文子か。よろしく文子」

 と挨拶した。


 「よーし、朝飯かっぱらいに行こうや」

 と声をかけると、少年少女たちは方々に散った。


 「文子はまだ小さいかい、オレが文子の分の朝飯をかっぱらってくるわ。それまで社殿の中ん掃除でもしちょって」

 と言うと、境内を出た。


 しばらくすると、パンや缶詰を手に持った少年少女が境内に集まり出した。そこでも思い思いの場所で食べ始めた。


 「文子、戻ったど」

 社殿の中に哲夫が入ってきた。

 手にはパンが二つ握られていた。手渡されたパンは哲夫の手形がはっきり残っていて強く握っていたのであろうことが伺い知れた。


 「あ・・・あ・・・あり・・・」


 「礼はいいが。次はお前がオレの分をかっぱらってくることもあるかもしれん。お互い様やかい」

 そう言うと哲夫はパンを齧った。


 「ちょっと固えわ。牛乳でもあったらいいんやけど。明日はもっと早起きして、配達された牛乳をかっぱらってくるわ」

 と言って哲夫が笑った。


 文子も少し笑ってパンを齧った。

 

 その日の夜、文子は板の間に寝転んだ時、ふと母親のことを思い出した。

 するとみるみる目に涙が溢れてきた。鼻を啜ると


 「泣くなよ文子」

 哲夫の声が聴こえた。

 哲夫はまだ起きていて、神座に座っていた。他の子達はもう眠っているようで、社殿の中で起きているのは哲夫と文子だけだった。


 「ここにいる皆親はおらん。でも誰も泣かんやろうが。死んだ親や自分を捨てた親のために流す涙は無駄よ。それより明日も生きれるように踏ん張らんと」


 「わ・・・わたしがわりいこやったかい?いうこときかんかったかいすてられたと?」


 「知らん。でもお前の母親はここにお前を寝かしてすぐおらんなったわ。ちょっと笑っちょった」


 嘘だった。


 明け方4時頃、文子を抱き抱えた母はずっと泣いていた。社殿に文子を寝かしたがなかなかそこを離れなかった。


 物音で起きた哲夫はその様子を見ていて


 「ここに置いていったら飢えて死なすことはさせん。じゃかいもう行け。そして、二度と戻ってくんな」

 と文子の母に声を掛けた。


 文子を起こすまいと声を殺して泣いていたが、ようやく社殿から出た。が、参道にうずくまり、またしばらく泣いていた。


 ──そんなに泣くなら一緒におればいいのに。


 ──ま、そうもいかん事情があるかい、ここに来るんやろうけど。


 哲夫は母に何か話しかけようかと思ったが、そこまでする義理はないかと思い結局声はかけずに境内から母が出ていくまで見ていた。


 結局母が境内から出たのはもうぼんやりと空が明るくなりかけていた頃だった。

 

 あえて、母親を悪者のように文子に伝えた。


 文子はそれから一度も泣くことはなく、哲夫について食料の調達に回った。時折その悪事が見つかり大人からお叱りを受けたが、その際は


 「お前は口を結んでだまっちょけ。なんも話すなよ。オレを何度か殴れば、あいつら気が済んで逃してくれるかい」

 と哲夫から言い聞かされていたので、その通りに口を一文字に閉じて、表情ひとつ変えないことに徹した。



 季節は過ぎて冬。今日は大晦日。

 いつものよう朝食の調達のため、境内を出た哲夫と文子は手分けしてパンを売る露店と配達される牛乳をくすねるため住宅のエリアに別れた。文子が牛乳の担当だった。しかし、今日は少し違和感があった。何度か牛乳をくすねているエリアであったため、普段から各家庭牛乳を盗られまいと警戒している雰囲気があるのだが、今日は盗ってくださいと言わんばかりに玄関の前に分かりやすく置かれていた。


 文子は嫌な予感がして、牛乳は盗らずに哲夫と合流しようと露店の方に向かった。


 途中で境内も通ったが、まだ誰も戻っていなかった。文子はやはりみんなに何かあったのだと思った。


 露店の方に向かうと、何やら騒がしく人だかりの隙間から、哲夫がスーツ姿の男達に連れられている場面を見た。


 哲夫は口を一文字に閉じており、スーツの男達が何を聞いても口を開かない。


 その姿を見て文子もいずれ捕まると確信した。


 スーツの男達に見つからないように隠れながら移動し、ちょうど良いリアカーを発見した。様々な物資が積まれていたが、文子一人が紛れて乗り込める程のスペースがあり、そこに身を隠したのだった。どこかでリアカーの持ち主の目を盗んで降りるつもりだったが、出発する前にスーツの男に見つかった。


 リアカーの持ち主は、咄嗟に文子を自分の子だと言って誤魔化した。

 何度か話しかけられたが、哲夫からの言いつけを守り口を開かなかった。


 リアカーの持ち主は”やまなかみか、へいた”であることは理解した。二人が自分を”エル”と呼ぶこともなんとなく理解できた。


 家についてからもご飯を食べさせてくれたり、お風呂に入れてくれたり、口にたくさん食べ物を詰め込むと怒られたり。

 まるで本物の家族のような感覚になった。

 夜には、ミカの布団で一緒に寝るように言われ、戸惑った。


 こんなに良くしてもらっては、いずれ自分が良い子ではないことがバレた時、またどこかに捨てられるのではないかと怖くなった。


 次捨てられた時、そこに哲夫はもういないと分かっていた。

 

 ミカの布団に入ると、震えるほど怖くなった。

 ミカの体温で母を思い出すと余計に捨てられたと言う事実が覆い被さってきた。


 エルが目を覚ますと、そこはミカの布団の中だった。家にうっすらと朝の光が差し込んでおり、土間には美味しそうな匂いと湯気の中に母がいた。


 ミカであることは頭では分かっている。しかし、どう見ても。紛れもなくそれは母だった。


 何が悪かったのか。どうして置いて行ったのか。なぜ迎えに来ないのか。母に会ったら聞きたいことがたくさんあった。

 だが、そんなことはどうでも良くなり、ただ母の腕に抱かれて大泣きしたかった。


 それだけで。


 自分が近藤文子ではなく、ちゃんと山中エルになれるような。そんな感覚があったのだった。


 ある朝、ミカの布団の中で目を覚ますと、土間で朝食の支度をしていたのはちゃんと。

 ちゃんとミカであった。


 「おはよう。みか、へーた」


 挨拶をしてみたが、ミカと平太が泣き崩れてしまった。


 「なんでなきよると?」

 ミカはエルを抱き抱え


 「ごめん、おはよう!エル!」

 ぐずぐずの顔でミカがエルに挨拶する。


 ミカとエルの肩に平太が手を置いて、二人に抱きつく格好になる。


 「よかった・・・よかった・・・」

 と平太は垂れる鼻も気にせずに何度も言った。


 ミカと平太は、エルを山中家で育てていくことを決意した。



参考文献

鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」

国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」

鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室 

社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事

廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像

みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか

NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌

Yahoo!JAPAN 宮崎県の空襲被害 -未来に残す戦争の記憶

永岡書店 今井國勝、今井万岐子著 よくわかる山菜大図鑑

渡邉一弘著 宮崎神宮「日誌」に見る昭和二十年

鉱脈者 うどん

宮崎市史編纂委員会 宮崎市制施行満三十年記念 宮崎市の回顧と展望

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