31 寝起き
1月6日日曜日
1月4日金曜日が平太の仕事始めとなった。エルは3日の朝も4日の朝も大泣きした。
4日からは通常の日課となり、エルは日中は居間の隅に座って過ごした。
平太も4日は仕事の合間を縫ってエルの引き取り手、またはエルの事を知っている人を探して方々当たった。が、特に有力な情報は無く、6日になってしまった。
5日の朝も大泣きし、日中は居間の隅で座って過ごしたそうだ。
エルのためにも、なんとか安心できる里親を探してあげたいと平太は気ばかり焦っていた。
そんな最中、親方から
「そう言えばこの前ちょっと耳に挟んだんやけんどん、小戸の辺りにある神社が浮浪児達の根城になってるようやわ。そこに行けばなんか分かるかもしれん」
との情報を受けた。
仕事を午後から休みにしてもらい平太は親方から聞いた神社を尋ねた。
しかし、神社には誰もいなかった。
諦めかけて帰ろうとした時
「あら、あんた誰の父親?それとも自分の子を捨てに来たんね?」
50代と思われる女性から皮肉を込めた声色で声を掛けられた。
平太はその女性に事情を説明し、エルに繋がる情報はないか尋ねた。
すると女性は、その子の見た目ならおそらく・・・と言って平太にある女の子の話を始めた。
女の子の名前は近藤文子4歳
母親から文子が寝ている間にこの神社に捨てられたのだそうだ。
父親は戦死。母親は生活苦に耐えられず、男を作って文子を捨てて蒸発した。それ以降母の行方は誰も知らないのだそうだ。
この神社は終戦後から浮浪児が棲みつき、その噂を聞いて子を捨てにくる親が、多くはないがやはり一定数いたそうだ。文子もその中の1人だった。
浮浪児をまとめている哲夫と言う少年がおり、文子の面倒をよく見ていた。だが、年末に浮浪児の集団保護があり、この神社にも市の職員が入り今は誰もいない
との事だった。
「で、噂だとどうも集団保護の時に哲夫くんは文子ちゃんを連れて逃げたんだけど、保護されたのは哲夫くんだけやったとと・・・私心配しちょったとよ、文子ちゃんのこと」
女性は近藤家の近所に住んでいたそうで、近藤家の内情もある程度把握している様子であった。文子は第一子で兄弟はおらず、母親が蒸発した事で天涯孤独なのだと話していた。浮浪児達はやはり主な収入源は窃盗や盗難だったようであまり治安の良い場所ではなく、文子の事を気にかけていたとのことであった。
平太は女性から話を聞いている時にはもちろん泣いてしまったのだが、エルも朝大泣きするのだと話した。
すると女性から
「じゃあ、多分文子ちゃんで間違いないわ。2歳くらいまで寝起きに大泣きする子で、よく母親が背負って道をあるいちょったもん。朝ごはんが作れんって困った顔しちょったわ。3歳頃からは泣かんなって、もうぐずるのは治ったと思っちょったんやけど。その、ミカさん?が朝ごはん作ってる姿に母親を重ねちょっとやないか」
少し涙声になりながら女性が話してくれた。
そして
「これは私からの相談やっちゃけど。あんたあの子と暮らしてくれんね。簡単やないのはわかるっちゃけど、この辺りも、この街も、いやもっと言えばこの国が、まだ混乱しちょるわ。どの家庭もよその子の面倒見れる余裕はないとよ。あんた悪い人やなさそうやし、まだ子どもおらんで奥さんも若いっちゃろ?それなら・・・なんとかお願いできんやろうか」
と話してきた。
即答するような軽い話でもなく、平太はその場をやり過ごしてその日は家に帰った。
◇◇◇
平太が帰ると、ミカが土間で夕飯の支度をしていた。エルは居間の隅で膝を抱えて座り、口を一文字に閉じていた。
「おかえり平太」
ミカが平太に声をかけると、エルも平太の姿を確認しに、今からひょこっと顔を出した。
「ただいま、ミカ、エル」
平太は笑顔を作って二人に帰宅の挨拶をした。
「平太ごめん、先にお風呂入って。ご飯もう少しかかるかい。あ、今日はエルが薪運んでくれたかいね」
と言ってミカが平太に目配せした。目配せを確認して
「へえ、えらいなぁエルは。薪は重かった?」
と言って右手の拳を
「重くなかった?」
と言って左手の拳をエルの前に差し出した。
するとエルは少し考えて左手の拳を指差した。
「すごいなぁ、エルは力持ちだね」
と平太はエルに微笑んだ。
「え?なんやと今の。私もしたい」
ミカが二人のやりとりを見て興味を持った。
「じゃあ夕食の時に教えるよ」
と言って平太は風呂に向かった。平太は風呂の湯加減がちょうどいい、エルが薪を運んだからだと風呂場からひとしきりエルを褒めた。
その後ミカとエルが風呂に入った。そして3人揃っての夕食。
本日の夕食
麦ご飯
みそ汁(具は干したいもがら)
卵焼き
煮しめ(大根、にんじん、ごぼう、昆布、かまぼこ)
※正月用の食材がまだ残っているため、普段より豪華
「いただきます」
ミカと平太が手を合わせて言った。
エルは手を合わせてこくりと頭を下げる。
「うまい!はあ、やっぱりミカのみそ汁は最高だよ」
平太がみそ汁を飲んで斜め上を見ながら言った。
エルもみそ汁を飲んでぱっと表情が明るくなる。
「で、さっきのはなんやと?」
ミカが平太に聞く。
「ああ、エルの気持ちを知りたくて。質問の答えを選んでもらうようにしたんだよ。例えば、エル、みそ汁おいしい?」
と言って平太は右手の拳を
「おいしくない?」
と言いて左手の拳をエルに差し出す。エルはすぐに右手の拳を指さす。
「ほお。なるほど。でもみそ汁がおいしいかはエルの表情見ればわかるけど。んー。じゃあ」
ミカが茶碗と箸をちゃぶ台に置いた。
「猫は好き?」
と言って右手の拳を
「それとも嫌い?」
と言って左手の拳を差し出した。
エルは右手の拳を指差した。
「好きなんや、猫」
ミカが笑顔になる。
「ね、嬉しいよね。細かいことを聞くのは難しいけど、ある程度はエルの気持ちもわかるし、エルも無理してない感じがして」
平太がエルを見て言った。
美味しそうにご飯を食べるエルを見て、平太の決心はついた。
平太はミカとエルが寝たあと、そっと灯油ランプをつけた。
そして今日聞いたエル、文子のことを紙に書いた。エルのいるところでは話せいない内容だと思ったからだ。
何度も書き直し、ようやくまとまった内容のものが出来上がった。
翌朝、平太が目を覚ますとミカが鼻を啜る音が聞こえた。
──ミカ、読んでくれたんだな。
と思い布団から出ると、案の定平太の手紙を読んだミカが土間で涙を流しているところだった。エルを起こさないように声を出すまいと右手の平で口を押さえている。
「おはよう、読んでくれたんだね」
小さい声で言う平太に、ミカは泣きながら2回頷いた。
「それでね、ミカ」
と平太が土間に降りてミカに近づいた時、ミカの布団がむくっと膨れ、掛け布団が折り畳まれてエルが顔を出した。
エルが上体を起こしたのだ。
エルが周りを見渡す。
飯が炊き上がり、湯気を吹き出す釜
鍋では汁が湯気を立て
まな板の上には、みそ汁の具になる切りかけの大根
エルを見るミカと平太
少しだけ外が明るい
「おはよう。みか、へーた」
エルは泣かずに、ミカと平太にそう挨拶した。
参考文献
鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」
国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」
鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室
社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事
廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像
みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか
NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌
Yahoo!JAPAN 宮崎県の空襲被害 -未来に残す戦争の記憶
永岡書店 今井國勝、今井万岐子著 よくわかる山菜大図鑑
渡邉一弘著 宮崎神宮「日誌」に見る昭和二十年
鉱脈者 うどん
宮崎市史編纂委員会 宮崎市制施行満三十年記念 宮崎市の回顧と展望




