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1945年、あの日のそよかぜ  作者: 乃土雨


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29 1946年元日 火曜日 

 1946年、終戦の年は終わり新たな年を迎えた。


 元日のこの日、天皇の詔書いわゆる人間宣言が出された。


 天皇は人間であるという、現代の世ではごく当たり前の感覚は、1946年の人々にとって大きな衝撃となった。 天皇を神として全ての政が執り行われていたために、明日から何を信じて良いか分からず、人々は途方に暮れた。

 

 事実、この年以降新たな神を求めて新興宗教が次々と発足することとなる。

 それほど、当時の人々にとって天皇の存在は大きなものであったのだ。



 宮崎県国富町木脇 午前6時を回った頃

 ミカは土間に立ち、正月の雑煮を作っている。


 元日の朝の雑煮は今も昔も変わらない。しかし、餅の他に里芋と昆布は必ず入れるものであった。餅は粘り強く健康であるように。里芋は里芋の小芋のようにたくさんの子供が増え、家が繁盛するように。昆布は喜びがあるようにと言う意味で使われたものであった。


 「おはようミカ」

 平太が目を覚ました。

 寝癖のついた髪を撫で付けながら布団を片付け、居間に正座した。

 ミカも作業の手を止めて平太の方を向き


 「今年もよろしくお願いいたします」

 とお互い一礼した。

 互いに謹賀新年という挨拶は避けた。旧年の惨劇を思えば、この年は日本中が喪に伏しているようなものであったであろう。


 「じゃあ薪でも取ってこようか」

 平太が草履を履いて外に出ようとすると


 「あ、ダメダメ」

 とミカが止めた。


 元日の朝は雑煮を食べるまでは外にでないことが決まりなのだ。


 「え、そうなの?知らなかった」

 危ない危ないと言いながら平太は居間に戻った。


 「もうできるかいね。そこで待っちょって」

 ミカがまた雑煮作りに戻った。


 むくっとミカが寝ていた布団の掛け布団が動いた。エルが起きたのだ。


 「エル、おはよう。今年もよろしくね」

 平太がエルに近づいた。


 エルは眠い目を擦りながら辺りを見回し、平太を確認して土間にいるミカを見た。


 「ふ・・・ふうぅ・・・」

 とみるみるエルの表情は崩れていき

 大きな声で泣き始めた。


 「どうしたとねエル。突然やね。平太、ごめん雑煮を注ぎ分けて、もうできたかい」


 そう言ってミカはエルに近づいて抱き抱えてあやした。


 「寝起きはぐずる子やっちゃろうか、ほらほら一先ず便所いこう」

 と言ってミカとエルは便所に姿を消した。

 しばらくして二人が出てくる頃にはエルは泣き止んでおり、食卓にも雑煮が3人分並んでいた。

 

 元日の朝食

 雑煮(具は餅、里芋、昆布)


 「いただきます」

 ミカと平太が一緒に言い、エルは手を合わせてこくりと頭を下げてから雑煮を口に運んだ。


 「うまい!」

 と平太が言ったあと、エルも瞳を輝かせた。


 「良かった良かった。エル、おかわりあるかいね・・・じゃかい一気に口に具を入れんて!ちょっとずつ食べるとよ」

 エルはどうも食べ物を口に詰め込む癖のある子のようだ。


 「あはは。エルは食いしん坊だなぁ」

 平太が笑ってそう言うと


 「じゃかい笑い事やないが平太!餅を喉に詰めたらどんげするとね。ほらほらゆっくり、一回餅は口から出しない」

 いつにも増して賑やかな元日の朝となった。


◇◇◇


 昼は田代家に新年の挨拶に行き、そのまま昼食を摂ることになっていた。


 ここでは、下園家の初入りも行われることになっており、近所の住民も多く集まった。


 ミカと平太は事前に話し合い、エルのことは隠さずに田代家に連れて行くことにした。3日間ではあるが、育児は何かあってからでは遅いため、色々とアドバイスももらおうという計画であった。


 「で、あん子がエルちゃんね?」

 田代家でもエルは座敷の隅に膝を抱えて座り、いつもの表情のまま動かなかった。


 「はい、さすがにまだうちでもあんな感じで・・・すみません、エルが挨拶もせんで・・・」

 ミカが申し訳なさそうに田代に言った。


 「いやいや、ワシらにもようやく孫が・・・」

 田代が少し涙声になる。


 「気が早いがあんた!」

 と田代夫人がお茶を運んできた。


 この辺りは朝祝いと言って、近所のもの同士が新年の挨拶を兼ねて、朝から焼酎を飲み交わす風習があり、すでに田代は酔っていた。昼食前の時間が最も一息つける時間であり、田代もリラックスしており涙腺がもろくなっていた。


 「引き取り手が見つかればいいけんどん。一緒に暮らすとなれば何かと大変になるが」

 夫人がエルに聞こえないようにミカと平太に言った。


 「一緒に暮らせ!あんげ可愛い子が遊びに来てくれたら、こんな幸せなことはないわ」

 いつでも田代はどこか無責任なのだ。


 「親方にも事情を話して、あちこち当たってみます」

 平太も夫人に小声で答えた。


 ミカは座敷の隅で小さくなっているエルを見た。朝の大泣きがどうも気になるミカだった。


 元日の昼食

 煮しめ(芋、大根、にんじん、ごぼう、昆布、あげ、つきあげ、かまぼこ)

 うずら豆

 酢物(いわし、大根おろし)

 煮こみ(かしわ、にんじん、ごぼう、こんにゃく)

 盛り合わせ(酢にんじん、かずのこ)

 刺身

 吸物(餅、さといも、切り昆布)


 下園夫妻の初入り祝いも兼ねて、豪勢なメニューとなった。


 田代家は広い座敷があるため、何かと村の行事で使用されることが多かったが、ミカ、平太の参入、久男の結婚、エルの追加等メンバーが1年前と全く異なる元日となり、家長の田代は終始涙を流しながら酒を飲んでいた。


 「ねえエルちゃん、こっち向いて!てげ可愛い」

 スミ子は花嫁衣装を着ているが、今日は祝言ではないため、久男の隣にずっと座っていなくても良いので、もっぱらミカと話に花を咲かせている。


 エルはミカに呼ばれ、食事の際はミカの隣から離れずに座っている。スミ子はずっとエルとの距離を縮めようとあれこれ画策しているのだ。


 「エルちゃんうずら豆食べる?いらない?ほら、かずのこは?プチプチして美味しいよ?食べない?」

 エルはスミ子の勧めるものには一切見向きもせずに、ひたすらミカの膳の隣に用意された自分の分の膳のものを黙々と食べていた。


 「ごめんねスミちゃん。正直私も、これが人見知りなのか性格なのかまだ分からんで・・・こらエル。にんじんも食べんね」


 「そうやねぇ、私の弟妹たちもここまでじゃなかったからなぁ。でも、やからこそ私が一番にエルちゃんの笑顔を見てみたい!」


 「そう思ってくれたらありがたいけど・・・こらエル。そんなに口に詰め込まん。ちょっとずつ口に入れないて」


 「あはは。ミカちゃんいいお母さんになるわ」


 スミ子の言葉が少し嬉しいような、気恥ずかしいような。

 ミカも、できればもう少しエルと過ごせればいいと思っているのだった。



参考文献

鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」

国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」

鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室 

社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事

廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像

みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか

NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌

Yahoo!JAPAN 宮崎県の空襲被害 -未来に残す戦争の記憶

永岡書店 今井國勝、今井万岐子著 よくわかる山菜大図鑑

渡邉一弘著 宮崎神宮「日誌」に見る昭和二十年

鉱脈者 うどん

宮崎市史編纂委員会 宮崎市制施行満三十年記念 宮崎市の回顧と展望

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