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1945年、あの日のそよかぜ  作者: 乃土雨


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28 年太郎

 ミカ、平太、エルが家に辿り着いたのは18時を過ぎた頃で、辺りはすっかり暗くなっていた。


 「遅くなってしもた!平太、私食事と風呂の準備するかい、荷下ろしよろしく」

 そう言うとミカは自転車の荷台から飛び降りて家の中に小走りで入っていった。


 「はーい」

 平太は一応返事をしたが、その声がミカには届いていないことは承知の上だった。


 「よし、じゃあ買ってきた物を家の中に運ぶか」

 荷物を縛っていたロープを緩めようとリアカーに近づくと、エルは荷物にもたれて寝入っていた。

 平太はエルを起こさないようにそっと抱き抱えて家に入った。布団を敷こうとエルを畳に寝かせると、エルはぱちっと目を開けた。

 

 「あ、ごめん。起こしちゃった・・・」

 平太がエルにそう言うと、エルはぐるっと周りを見渡して居間の隅に自ら移動した。そして、リアカーに乗っているエルをはじめて見た時と同じように膝を抱えて座り、口を一文字に閉じて目線はまっすぐ前に向けた。

 とりあえず大丈夫そうだと思った平太は、リアカーに戻り荷下ろしを開始した。

 

 ◇◇◇


 「よし、できた」

 ミカの食事の準備がひと段落ついた。


 「こっちもいい感じだよー」

 外で風呂の薪を見ている平太の声がした。


 「平太ぁ、先にお風呂もらっていい?」

 土間の換気窓から外の平太に聞く。平太のどうぞという声を聞いて、ミカは前掛けを取りながら居間のエルに近づいて


 「さ、エル。お風呂入ろ」

 ミカの声を聞いて、エルは驚いてミカを見た。口は一文字に閉じたままだ。


 「何にもしないから。ほら、一緒に入ろ」

 ミカに言われるまま、エルは入浴を行った。


 エルの体は4歳児にしてはやはり小柄で痩せているように感じた。

 体に傷はないものの、十分に食べられていないことは明らかで、その様子からもやはり戦災孤児、この当時でいう浮浪児なのだろうとミカは確信した。


 風呂から上がり、エルは濡れ髪に手拭いを巻かれ、ミカのジュバンの裾を腰のあたりで折り返して着せられた。


 ミカも続いて風呂から上がって、最後に平太が入浴した。


 平太が風呂から上がると、今夜の夕食が食卓に並んでいた。


 今夜の夕食

 年越しそば


 「ほら、エルもこっち座って」

 エルは入浴前に座っていた居間の隅にいたが、しぶしぶ食卓に移動した。


 「では、みなさん。今年も一年お世話になりました」

 とミカが言うと平太は手を合わせた。


 「いただきます」

 とミカと平太が声を揃えて言ってそばを食べ始めた。


 その様子を見ていたエルは一応手を合わせて、軽く一礼してそばを食べた。エルがそばを口に含むと目が輝いた。


 「うまいやろエル」

 とミカがエルに笑顔で話しかける。

 エルはミカを見ずに黙々とそばを食べた。


 ◇◇◇


 「さ、今年もいよいよ仕舞いやね」

 そばを食べ終わり、ミカは丼を洗って囲炉裏の前に座った。平太も一足先に囲炉裏の前に座って灰をならしている。


 「それじゃあここからはこいつの出番です」

 と言ってミカは土間から持ってきた太い薪を平太に差し出した。


 「ん?薪?にしてはかなり太いね。何に使うの?」

 平太がミカから太い薪を受け取りながら聞いた。


 「これは年太郎っていう特別な薪よ」


 年太郎とは、年のきり、つまり大晦日の借金返済などの用事を全て済ませた後で囲炉裏に焚べられる薪のことで、大きな生の樫の木が使われた。

 大晦日の夜に火をつけ、正月三ヶ日の間燃え続け、なお、燃え尽きない必要があった。3日間燃え続け、燃え残った年太郎を一年床の下に置くと泥棒よけになると考えられていた。


 「この年太郎は田代さんから譲ってもらったとよ。まだうちはここにきて一年経っちょらんからこれが初めての年太郎や」


 「大事な薪なんだね。どうか、年太郎さん、燃え尽きないでおくれ」

 と言って平太が年太郎を囲炉裏に入れた。


 「よし、これできっちり年のきりじゃ。来年は良い年になりますように」

 ミカが年太郎にてを合わせた。


 「じゃあ寝よっか」

 ミカが素早く布団を広げ、エルを手招きした。


 「ごめんね、まだエルの布団なくて。私と同じ布団やけど・・・」

 ミカが先に布団に入り、エルの入るところの掛け布団をめくってエルが来るのを待った。

 エルはミカと平太を交互に見て、布団に入ろうか戸惑っている様子だった。


 「ほら、早よ入らんね。そこは寒いじゃろ」


 「いいんだよエル。遠慮しないで」


 ミカも平太も優しくエルに話しかけた。


 恐る恐るエルはミカの布団に入った。それを確認して平太が灯油ランプの灯りを消した。


 するとすぐにエルの寝息が聞こえ始めた。


 「平太」

 ミカが小声で平太を呼ぶ。


 「この子、どうしようか」


 「そうだね・・・とりあえず三ヶ日はうちで過ごすしかないだろうけど。仕事が始まったら親方に相談してみるよ」


 「うん。お風呂の時にね、この子の体見たんやけど、やっぱり浮浪児なんやと思うわ。親を探してあげたいけど・・・」


 「その辺も併せて聞いてみるね」


 「なんか、勝手に連れてきて誘拐とかにならんやろうか心配で・・・ん」


 ミカの声が少し上擦った。


 「どうしたの?ミカ」


 「平太、見てん」

 というとミカがそっと掛け布団をめくった。平太もそっとミカの布団の方を見ると、エルがミカの寝巻きの裾をぎゅっと握りしめてミカの胸の辺りに顔を埋めて眠っていた。

 ミカの声が上擦ったのはこのせいで、胸の辺りにすこし痛みを感じるほどエルはミカに抱きつく格好になっていた。

 「少し震えちょるとよ。怖い思いしたんやろかね」


 「ミカ、まだどうなるかはわかんないけどさ。この子を預かる3日間だけはこの子が安心して過ごせる環境を与えてあげようね」


 「うん、そうやね」

 ミカはまるで我が子を見るように柔和な表情を浮かべた。


 年太郎にゆっくりと火が付き揺れる炎の灯りが3人を暖かく包んだ。



参考文献

鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」

国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」

鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室 

社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事

廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像

みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか

NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌

Yahoo!JAPAN 宮崎県の空襲被害 -未来に残す戦争の記憶

永岡書店 今井國勝、今井万岐子著 よくわかる山菜大図鑑

渡邉一弘著 宮崎神宮「日誌」に見る昭和二十年

鉱脈者 うどん

宮崎市史編纂委員会 宮崎市制施行満三十年記念 宮崎市の回顧と展望

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