27 夕暮れ
「リアカーに乗ってるお子さんはおたくの子ですか?」
スーツを着た市役所の職員にそう聞かれ、ミカと平太はリアカーに乗っている見知らぬ女児を確認した。
4〜5歳くらいの背格好で、着ている服は汚れていて見てすぐに浮浪児あろうことは想像できた。
誰かとかくれんぼして遊んでいるのかとも思ったが、口を一文字に結んで、ずっとリアカーの進行方向を見て動かない。遊んでいるわけではなさそうだ。
何も返答しないミカと平太を見て、スーツの男は
「私は市の職員でね。浮浪児の保護を担当しております。最近、浮浪児達に犯罪行為を斡旋している輩もいると聞きますが・・・もしかして、君たちは・・・」
と疑いの目を向けた。
するとミカは咄嗟に
「う・・・うちの子です!」
とスーツの男に向かって返答した。
「・・・妙な間でしたな」
なおも疑っているスーツの男。
「この子は・・・その・・・うちの子です。本当に」
ミカは咄嗟にそう言ったものの、もちろん具体的な言い訳を考えているわけでもなく、言葉に詰まってしまった。
「うちの子ですよ」
と平太が笑顔でスーツの男に話しかけた。
「新年を迎える準備で買い物に来たのですが、途中でこの子の友達に会ったので、そこの広場で遊んでいるように言ったんです。買い物を済ませて帰ってくると、服も顔もこの有様。妻も怒り心頭で、今しがたこんなに服を汚す子はうちの子じゃないときつく言って聞かせたところで。あなたの質問に、少々混乱してしまったのですよ。申し訳ない」
ミカは平太の饒舌な嘘を聞いて呆気に取られた。
「それじゃ、一応お名前を伺っておきます」
スーツの男が内ポケットからメモ帳を取りだす。
「山中平太です。妻のミカ。それから、この子はエル。山中エルです」
あまりにスラスラとはったりをかます平太に、開いた口が塞がらないミカ。
「わかりました。それでは、お気をつけて。良いお年をお迎えください」
スーツの男が一歩下がって一礼した。
平太も
「そちら様も。良いお年をお迎えください」
と会釈して自転車を押し始めた。
◇◇◇
スーツの男はミカと平太、エルと別れ、その様子を見ていたヨレたトレンチコートを着た、くわえタバコの男のもとまで歩いた。
「中村さん。やはり人違いではないですか?彼、山中平太と名乗っておりました」
中村はタバコを吸い込んだ。煙を吐き出しながら
「俺があいつを見間違えるかよ。うまく隠れてるつもりなんだろ」
というとタバコを右手親指と人差し指でつまんで足元に捨て、革靴で踏み潰してタバコの火を消した。もともと覇気のない口調だが、無精髭が中村の不健康さをより際立たせている。
「女の方は?なんて名前だ」
「妻が山中ミカ。子はエルと名乗っておりました」
「ははは。あの子を子供って言ったのか?随分若えかあちゃんだな。それにミカとエル」
そこまで言うと、コートのポケットからタバコの紙箱を取り出し、そこから1本抜き取り口にくわえた。
「間違いねえな。やっと見つけたぜ」
そう言うとマッチを擦ってタバコに火をつけた。
◇◇◇
繁華街だった場所を抜け、大淀川沿いの道に出た。
あとは川に沿ってひたすら北上すればミカと平太の村に着く。
16時を過ぎて、日が西の山にかかり始めた。
大淀川は水面がキラキラと輝いていていた。
平太が自転車を押し、ミカがリアカーを後ろから押して歩いた。
「わあ、大淀川がきれいやね」
ミカが水面を見て言った。
「ほんとだ。キラキラしてるね」
平太が顔を川の方に向けて答えた。
「ねえ、お名前は?お父さんとお母さんは?」
ミカがリアカーの子に聞くが、相変わらず口を一文字に結んで進行方向しか見ない。同じ質問をもう5回はしている。が、リアカーの子は姿勢一つ崩さない。
「ふう。平太、ちょっと休憩しよ」
ミカはリアカーに積んだ荷物の中から瓶の容器を取り出した。その容器から中身を取り出して平太に手渡した。
「いもあめ!」
「うん、疲れたやろ?」
「ありがとう」
平太がいもあめを口に含んで甘いと言うのを見て、ミカはもう一つをリアカーの子に差し出してみた。案の定顔を背けていもあめを受け取らなかった。
「甘いよ?いらない?」
ミカが優しく話しかけると目線はいもあめに向けたが、ギュッと目を閉じた。
「じゃあここ。置いとくから」
いもあめを3つ懐紙に包んで手を伸ばせばすぐに取れる位置に置いた。
ミカは平太の隣に移動して、平太とキラキラ輝く大淀川の水面を眺めた。
ミカは先程平太がついた嘘を聞いて、少し懐かしい気持ちになった。土壇場で咄嗟に出た言葉だったろうに、どこか真実味があってその場を上手く切り抜けられる。
ミカの兄将吾も同じような性格であり、平太の言葉を聞いていて兄が隣にいるような感覚になったのだった。
「さっきはありがと」
ミカは水面を見たまま平太に言った。
「いや、大丈夫だった?やっぱり流石に夫婦って設定は無理あったかなと思って」
「うん、兄妹でも良かったんやない?あの子は平太の子って設定にして」
「そうだよね・・・、でもなんとなく兄妹だと余計に追求されちゃう気がしてさ」
「突然妻って言われて焦ったわ」
「ははは、ごめんね」
「いい」
「え?」
「その・・・謝らんでいい。兄妹のほうが都合がいい時には兄妹で、夫婦のほうが都合いい時には夫婦にもなる。偽名で生活してる良い点ってそこやない?」
平太は水面を見つめるミカの横顔を見た。そしてまた水面に目を移して
「そうだね。そうかもしれないね」
と答えた。今度はミカが平太を見て
「偽名と言えば、この子の名前」
「ああ、エル?大天使様だよ。ミカエル様からミカをいただいたし、ミカの子供って設定だったから、この子にはエルをいただいた。二人で大天使」
ミカはもちろん赤面した。
「あ・・・・あんた!何であんな場面でもそんな恥ずかしいことが言えると?」
「え?恥ずかしい?いい名前だと思ったんだけど」
「エルは可愛いけど!その・・・二人で大天使とか!そういう・・・」
ミカがそう言いながらエルの方を見ると、何だか夕日の中でイチャイチャしている二人を少々呆れた顔で見ていた。
ミカはその時エルと初めて目があった。エルはまた咄嗟に進行方向を見直した。
そして、先程エルのそばに置いた懐紙が丸められていることに気がついたミカが
「あ!こらエル!いもあめ全部口に入れたやろ!1個ずつ食べんね!」
とエルを叱った。
「あはは。エルお腹空いてたんだなぁ」
「笑い事やないが平太!慌てて食べて喉に詰まらせたら大変やが」
「よーし、じゃあここからは急ぐからね!ミカも荷台に乗って!」
「話を聞けて平太!」
夕日を浴びて、賑やかに大晦日は暮れていくのだった。
参考文献
鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」
国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」
鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室
社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事
廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像
みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか
NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌
Yahoo!JAPAN 宮崎県の空襲被害 -未来に残す戦争の記憶
永岡書店 今井國勝、今井万岐子著 よくわかる山菜大図鑑
渡邉一弘著 宮崎神宮「日誌」に見る昭和二十年
鉱脈者 うどん
宮崎市史編纂委員会 宮崎市制施行満三十年記念 宮崎市の回顧と展望




