表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1945年、あの日のそよかぜ  作者: 乃土雨


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

30/33

26 大晦日

 12月30日 日曜日 

 時刻は20時を過ぎた。

 灯油ランプの灯りを消して、平太は布団に入った。ミカは先に自分の布団に入っている。


 「平太、明日仕事は?」

 ミカが平太に聞く。平太も布団に入りながら


 「明日は大晦日だから、ミカちゃんを手伝えって親方から言われたよ。だから休み」


 「そっか。じゃあ今日が仕事納めやったんやね」


 「うん。年明けは4日からの仕事だって。田代さんの牛舎と久男くんの家を同時に進めてるから、なかなか忙しくて。年を迎える準備手伝えなくてごめんね」


 「いやいや。平太が仕事してくれて暮らしもだいぶ楽になったし。こちらこそありがとう。今日までお仕事お疲れ様でした」


 ミカは丁寧な口調で平太の労働を労った。そして


 「まあ大掃除も、食材の調達も平太の休みに合わせようと思って、まだなんもしちょらんちゃけどね。やかい、明日は朝からこき使うよー」

 と笑顔で言った。


◇◇◇

 

 翌日は大晦日

 昨夜の宣言通り、平太は早朝から大掃除を命じられ、家中の掃除に取り組んでいる。ミカは洗濯に精を出しているところだ。


 「ミカちゃん」

 と声が聞こえ、ミカは洗濯の手を止めて声の方を見た。

 声の主は


 「スミちゃん」


 下園スミ子だ。隣には主人である下園久男が立っている。ミカはスミ子に駆け寄って笑顔で話し始めた。久男は家から顔を出した平太に一礼した。平太がスミ子と久男に小走りで駆け寄ると


 「今年もお世話になりました」

 とスミ子が言い、久男が持っていた風呂敷の細長い包みを解いた。中身は一升瓶に入った焼酎で久男はそれを平太に手渡した。


 「スミちゃんいいのに、気を使わんで」

 ミカがスミ子に言う。


 「いえ、お二人には本当にお世話になりましたし、これからも何かとお世話になると思いますので」

 と久男が笑顔で返答した。


 「じゃあありがたく頂戴します。お二人とも明日から大変やとにわざわざありがとうございます」

 ミカが丁寧に頭を下げて、平太もそれに続けて頭を下げる。頭をあげてミカがスミ子に


 「来年も暮れのご挨拶だけで済むようにお互いがんばろ」

 と声をかける。


 「ん?暮れの挨拶だけってどういうこと?」

 と同じく頭を上げた平太がミカに聞いた。

 ミカ、スミ子、久男が若干の苦笑いを浮かべ、ミカが

 「まあ・・・じゃかい、借金とか作らんようにってことよ」


 「年の晩のしまい」と言って、年の晩とは大晦日のこと。

 その年に作った借金返済や上納米(田畑を借りて稲作をしている農家が地主に収める米)の受け渡し等は大晦日までに終わらせることを言った。

 もちろん現代でも旧年と新年の区切りは大切にされているが、この頃は現代より厳格に区切りを重んじていた。年の晩のしまいが悪いと、来年も年中しまいが悪いと考えられていたため、日付の変わるぎりぎりまで借金返済などに回ったという。


 「田代さんのところは畑も多く貸してるし、困っている人がいたらお金も貸すから今日は大忙しな様子でした」

 久男がそう呟くと、平太も


 「来年も、一生懸命頑張ります」

 とミカに向かって一礼した。


 ◇◇◇


 久男夫妻が帰り、ミカと平太は出かける準備を始めた。

 「さあ、準備万端!」

 ミカが着替えを済ませて家から出てきた。

 表ではリアカーを連結させた自転車に平太がまたがっている。ミカも平太も冬物の上着を持っていなかったため、田代夫妻から借りた。

 自転車に連結させたリアカーにミカが乗り込み

 「いざ!宮崎市へ!」

 と気合を入れて言い放った。


 ◇◇◇


 1945年12月の宮崎市は、街全体としては空襲の被害は大きくなかったものの、宮崎駅周辺の繁華街は壊滅的な被害を受け、ほとんどの商店は焼けており街として機能はしていなかった。


 正規の仕入れルートで仕入れられていない商品が並ぶ露店が点在する、いわゆる闇市があちこちに見られていた。


 どこか気の抜けたような商人や客の顔を見ながら、平太の漕ぎ進めるリアカーに揺られながらミカはその縁をぎゅっと握りしめた。

 ミカがこの街に来たのは3月の空襲で焼け出されて以来のことだった。宮崎駅の線路を越えた先で、姉との別れとなった。思い出したくなかったが、この街に来るとどうしても考えざるをえなくなり、顔の傷はとっくに塞がっているのに今にも赤い血が吹き出しそうな、疼きとも痒みともちがう感覚になるのだった。


 「ミカ」

 平太の声がした。


 「ん、なに?」

 自転車を漕いでいる平太の背中に返答した。


 「大丈夫だからね。僕がついてるから。辛くなったら言って」


 ミカの心中を察したような平太の言葉にミカは、平太のくせに生意気だと思って、それからとてつもない安心を感じ、涙が溢れそうなほどの嬉しさが込み上げてきた。


 ──平気でそんな恥ずかしいこと言うな


 と心で思いながら


 「ありがと」


 と声に出した。


 街では正月を迎えるための物資の調達にきている人々でそれなりに賑わっていたが、やはりどこか活気のない雰囲気が漂っていた。

 ミカと平太も食料や調味料、衣類等を買い込みリアカーはみるみる物で溢れた。


 「帰りは自転車の荷台に乗らなきゃいけないね」

 と平太がミカに言った。


 「荷台かー。お尻痛くなりそうやな。あ、さっき買った毛布丸めて荷台に敷くわ」

 とリアカーに積んだ毛布を引っ張り出そうとした時腰に何かぶつかったような衝撃を感じた。


 「わ」


 と驚いて咄嗟に声を発して衝撃を感じたあたりを見ると、5〜6歳くらいの男の子がミカを見上げていた。走っている最中に前方にいるミカに気づかずにぶつかってしまったようであった。


 「あ、ごめんね。怪我は・・・」

 とミカが話しかけると男の子はすぐにまた走り出してどこかへ行ってしまった。


 するとその男の子を追ってきたと思しきスーツ姿の男が走ってミカに近づき


 「おい、どうして逃すんだ。あの浮浪児は窃盗を繰り返していてだな・・・あ、待て!」


 と言って先程の男の子の姿を見つけたようで、またすぐに走り去った。


 「浮浪児・・・」


 ミカは男が去っていった方を見て言った。

 「最近、浮浪児は社会問題になりつつあって、役所の職員はその保護に駆り出されてるって話を聞いたよ」

 

 戦災孤児

 戦争で親を亡くした、または育児放棄された児童のことをさす。当時は浮浪児という言葉が一般的で、一人では生きていけない少年少女たちが群れを作って非行を繰り返しており、社会問題になりつつある状態であった。


 実際に翌年からは、旧生活保護法が施行され宮崎市阿波岐原に擁護施設が設置されることとなる。


 1945年の大晦日も、市役所の職員は様々な社会の問題の対応に追われており、休まず働いていていたとの記録も残っている。


 「保護しても施設や里親なんかの受け皿はないから、結局市の職員さんたちが協力して食事の世話なんかをしているみたいで、子供たちの生活が必ずしも良くなるわけじゃなさそうなんだよね。それを知ってか知らずか、ああやって保護の手を免れようと、子供たちは必死で逃げ回るんだって」


 平太も、仕事の時何度かこう言った場面を見ていた。そんな時


 「何とかしてやれんかねぇ」


 と親方が決まってそう言うのだった。


 「そうなんやね・・・」


 ミカは悲しい気持ちになった。


 「さあ、残りの買い物を済ませて帰ろうか」

 平太はミカの表情を見て、ミカの心情を察し早くこの街を去ろうと思った。


 ◇◇◇


 「よし、これで全部だね」

 あらかじめ家で必要なものを記しておいたメモ用紙を見ながら、リアカーに積まれた物とを照らし合わせながら平太が言った。


 「平太、流石にこんなに買い込んでその上私まで自転車の荷台に乗っかったら自転車前に進まんやろ?私、歩いてリアカー後ろから押すわ」

 とミカが平太に提案した。


 「え?大丈夫だよ。それに、ここから歩いて帰るとかなり時間が遅くなるし」


 「今まだ15時30分くらいやろ?18時には帰り着くて」


 「いやいや乗ってよ。ほんとに大丈夫だから」

 と自転車を押しながら、ミカが自転車に乗る乗らない論争を繰り広げていると


 「あの、すみません」


 とスーツ姿の男性がミカと平太に話しかけてきた。

 どうも先程の浮浪児を追いかけていった男の同僚である様子だった。


 「そのお子さんは、おたくの子ですか?」

 と男が二人に聞く。


 何と聞かれたか、ミカも平太も耳が追いつかずわからなかった。


 「あ、ですので。その、リアカーに乗ってるお子さんはおたくの子ですか?」


 ミカと平太が慌ててリアカーを見る。


 リアカーには荷物と荷物の間に膝を抱えて隠れるように座っている4〜5歳ほどの女児の姿があった。



参考文献

鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」

国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」

鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室 

社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事

廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像

みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか

NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌

Yahoo!JAPAN 宮崎県の空襲被害 -未来に残す戦争の記憶

永岡書店 今井國勝、今井万岐子著 よくわかる山菜大図鑑

渡邉一弘著 宮崎神宮「日誌」に見る昭和二十年

鉱脈者 うどん

宮崎市史編纂委員会 宮崎市制施行満三十年記念 宮崎市の回顧と展望

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ