25 初夜
見つめ合うミカと平太
「ミカ・・・」
「平太・・・あんまり見らんじょって・・・恥ずかしいて」
「・・・・」
珍しく言葉に詰まる平太。その沈黙を破ったのは
「いよおおおおおっしゃあああああ!」
と勢いよく座敷から飛び出してきた「樽抱え衆」だった。
樽抱えは口上には参加せずに別室に通されて、焼酎、肴が振る舞われる。
歌い手もついて一足先にどんちゃん騒ぎをするのだが、歌い手の「ながもち歌」という歌が終わると、花嫁の嫁入り道具を運び出し、先に婿側の家に帰っていくのだ。
帰る際は酒の力も手伝って、大きな声で掛け声をあげるので、婿側の村では花嫁が来る合図にもなっていた。
そんな樽抱え衆が勢いよく荷車に嫁入り道具を積み込み、大声を上げながら帰っていく様をミカと平太は呆気に取られて見ていた。
「・・・帰って行ったね」
「うん。なんか・・・すごっ」
ミカがそう言うと、二人は一緒に笑い出した。
◇◇◇
久男は嫁迎えの口上を最後まで言い切った。
続く親類も、皆一言一句間違わずに口上を終えた。
時刻は既に11時を回っていた。実に3時間に及ぶ長丁場であった。
口上を言い終わり、下園家が下座に戻ったタイミングで障子戸が開き、膳が運ばれてきた。そして、ミカと平太、婿まげと嫁まげも一緒に座敷に入った。
一同は二人の花婿花嫁衣装姿を見て少しどよめいた。
ミカの後に続いて、スミ子が座敷に入った。同じく白無垢を着たすスミ子は美しく、その姿を見たスミ子の父親は、思わず涙を流してしまった。
膳が運び込まれ、座敷の中央には鯛のお造りが運び込まれた。お造りが運び込まれたということは、婿まげ平太の出番となる。
平太は鯛のお造りの前に出た。
このお造り、平太が参加者全員に一切れずつ分配するのだが、箸が準備されていないのだ。
箸はお造りの盛り皿のどこかに隠してあって、婿まげはそれを探す役割があった。そして、かなりの緊張状態であった両家の雰囲気が、婿まげの箸を探す姿を見て和むという余興の要素も含まれていた。
「ない・・・ここか・・・いや、ない・・・あれ?」
と平太は盛り皿をくまなく探して見た。平太は徐々に慌て始めた。もちろんその様子を見て周囲は大いに笑った。が、様子がおかしい。平太が固まってしまった。
「どうしたと?平太・・・」
少々心配になったミカが平太に聞く。
「ないんだよ。箸。本当にない」
平太が青ざめた顔でミカにそう言うと、会場もザワザワし始めた。すると、土間から走って来る足音が聞こえ、勢いよく障子戸が開いた。土間で料理の準備をしている近所の娘が立っていた。
「箸!隠すの忘れちょりました!」
と右手に持った箸を平太に渡して、また急いで障子戸を閉めて土間に戻っていった。
中腰で箸を受け取った平太は、そのまま動けなくなった。その様子を見ていたスミ子が
「ぷっ、あはははは」
と笑い出したのをきっかけに、一同が一斉に笑い始めた。
平太も安心した表情で膝を曲げて座り、気が抜けたように笑い始めた。
その後、平太は無事にお造りを全員に分配し、婿まげの役割を終えた。
嫁迎えの酒宴は大いに盛り上がり、15時になろうかという頃、ようやくスミ子がこの家を出る時が来た。白無垢での移動となるため、今日は流石に馬車を用意しており、各々荷車に乗り込む。
久男は訳あって先に家に戻っていた。
スミ子の乗る馬車にはミカも一緒に乗り込むところであったが、スミ子が乗り込む前に止まって家の方を振り返った。
17年間過ごした家ともお別れの時だ。
本音を言えば、まだこの家の娘でいたかった。もう少し父と母に甘えてみたり、幼い弟妹の世話をしていたかった。
そう思うと、涙が溢れそうになった。
「スミちゃんがこの家の娘じゃなくなるわけやないよ。久男さんの奥さんって肩書きが増えるだけ」
ミカがスミ子に優しく話しかけた。ミカの言葉を聞いて、スミ子は鼻から大きく息を吸った。そして口から短く息を吐いて
「そうやね、ありがとうミカちゃん」
と言って馬車に乗り込んだ。
木脇に到着したのは17時を過ぎていた。
12月の時分、すでに日は落ちかかっていた。
なんと、結婚式はここからが本番。次は婿側の家での酒宴が催される。
結婚式の座では、正面中央、右側に花婿、婿まげ、婿方の仲人、左側に花嫁、嫁まげ、嫁方の仲人が並び、両家の親戚がそれに続いて座る。忘れてならないのは、その会場は久男宅であると言うこと。とても全員は入りきらず、親戚陣は土間に立っている者もいた。
先に運ばれていた嫁入り道具は家の外に置かれている。本来であれば、家の中に運び込まれ、全ての障子戸を開け、村人に見せるのが嫁側への礼儀とされた。
今回は戸を開けるまでもなく、しっかりと村人は嫁入り道具を拝見することができた。
ここからは、嫁まげの出番。
この酒宴での酌は嫁に変わって嫁まげが行うのだ。
◇◇◇
「ふう。平太、お猪口出しない。酌しちゃる」
ミカが不機嫌そうな表情で平太の前に座った。
「ありがとう、どうしたのミカ。なんか嫌なこと言われた?」
お猪口を差し出してあぐらをかいて座っている平太がミカに聞いた。
「いや単純に疲れた。みんな飲み過ぎやし。焼酎がみるみるなくなっていく・・・酌をする時は笑顔でせんといかんし、ずっと姿勢良くしちょくのももう限界や」
「あはは、白無垢は重いだろうし、大変だね」
「他人事やと思って平太は。腹立つわ」
「僕の前では肩の力を抜いててよ」
「ふう。なんかいつもなら小っ恥ずかしいんやろうけど、今は素直にありがたいわ」
「ところでミカ。このお膳のお吸い物なんだけどさ。4つあるんだよね。流石に多くない?作り過ぎたの?」
「ああ、違う違う。これはそういう決まりよ。三木家で出たお膳覚えちょる?あのお膳のお吸い物は2つやったやろ?婿側は嫁側で出たお吸い物の倍出さんといかんとよ」
「え?そうなの?倍?じゃあもし三木家が3つだったら6つ出すの?」
祝言の座で準備する肴にも「しきたり」があった。
久男が嫁迎えの座を先に発った理由はこれで、お膳で出た吸い物の数、出された料理の内容を婿側の家に伝えるのは花婿の大事な役目であった。
吸い物は倍出さねばならないし、料理も嫁側以上のものが要求された。
「あ、そう言えば随分豪華なお膳だと思ってたんだよ。そういうことか」
「このかまぼこなんかも大変よ。今日は田代のおばさんを中心に婦人会総出で支度したんやから」
「非常に美味しいですとお伝えください」
「自分で言いない!」
そうミカが膨れていると、遠くから酌で呼ばれた。
重い腰を上げて、ミカはまた笑顔で酌に回った。
こうして、盛大に久男とスミ子の祝言が執り行われ、二人は夫婦となった。
夫婦となった若人二人は初夜を迎えた。
読者諸君は甘い初夜を思い浮かべるのであろうが、ここにも当時のしきたりがあった。
「静かやね」
暗くなった居間に敷かれた布団に入って久男宅の天井を見つめてスミ子が言う。
「冬やかいね。春にはカエルの大合唱やわ」
同じくスミ子の横に敷かれた布団にいるのはミカだ。花嫁と初夜を一緒に過ごすのは嫁まげで、これも役割の一つだった。
久男は流石に自分の家で眠るわけにはいかず、今夜はミカと平太の小屋に泊まることになっていた。
「ミカちゃん、今日はありがと」
スミ子がミカの方に顔を向けて言った。
「いやいや、ちゃんとできちょったやろうか嫁まげ。酌の時なんか、多分私顔ひきつっちょったわ」
ミカは笑顔を作り過ぎてほおの筋肉が痛くなっていた。
「あはは。みんな面白い人たちで安心したわ」
「うん、面白い村よ。私、同い年のスミちゃんが嫁いでくるの楽しみやったとよ」
「不安やったけど、ミカちゃんがおったら楽しく暮らせそうやわ」
「今度いもあめ持ってくるわ。一緒に食べよ」
ミカもスミ子を見た。
「いもあめ?」
「うん、うちにいっぱいあるとよ。平太がなんかあればいもあめ買ってくるかい」
「平太さんって婿まげしちょったってことは、ミカちゃんのお兄さんやないんやろ?付き合ってる人?」
「いや、よく聞かれるけど違う。ほんとただの同居人やから」
「そっか。今はただの同居人ってことね」
「い・・・いやいや!これまでもこれからもずっと同居人よ平太なんか!も・・・もう寝らんね、明日も大変なんやから!」
「そうやね、おやすみミカちゃん」
「おやすみスミちゃん」
二人はその後すぐに寝息を立て始めた。
久男スミ子夫妻の家は親方の計らいで、半年後には廃材を集めて立派な一軒家となった。その建設には久男もスミ子も加わり、平太にとって初めての家屋建設となった。
スミ子は5年後、長女を授かり、続いて次女、最後に長男の一男二女の5人家族となり、家族のために一生懸命に働く。そのお話はまた別の機会に。
参考文献
鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」
国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」
鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室
社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事
廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像
みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか
NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌
Yahoo!JAPAN 宮崎県の空襲被害 -未来に残す戦争の記憶
永岡書店 今井國勝、今井万岐子著 よくわかる山菜大図鑑
渡邉一弘著 宮崎神宮「日誌」に見る昭和二十年
鉱脈者 うどん
※参考文献ではありませんが、久男お見合い編におきまして当時のことを取材させていただきました。ご協力いただきました方々、ありがとうございました。




