(特別回)忘れてはならない日 2
曽祖母が17歳だった頃の話を聞いた夜羽は少し放心状態だった。
曽祖母宅からの帰りの車の中、帰宅後の自室。そして今、夕食の時間になっても口数が少なく、食事もあまり進んでいない。
今日の夕食はカレー。夜羽も大好物だ。
「どうだった?ひいばあちゃんの話」
父の鉄平がカレーを食べながら食卓を挟んで座っている夜羽に聞いた。
「ん・・・なんか。凄かった。戦争を経験してるってああいうことなんだなって思った」
「僕もしっかりと聞いたのは初めてだったから。とんでもない体験だよね」
「うちの家系の、ずっと謎やったところも分かってよかった。なんでひいばあちゃんとばあちゃんの歳が異様に近いのかとか、なんで戸籍でひいばあちゃんより上の先祖に遡れないのかとか、ひいばあちゃんの家系に生まれた女の子にはキリスト教に関係してる名前をつけて、男の子は平の字をつけるのかとか」
「その全部が、1945年に繋がってたね。でも思うんだ。多分、ひいばあちゃんが特別な体験をしてるんやなくて、あの年に生きていた人たちは、みんなが同じような体験をしているんやないかな。ひいばあちゃんの話も、その中の一つに過ぎないと思う。
凪結ちゃんの家の話もそう。凪結ちゃんが特別なんじゃなくて、みんなが凪結ちゃんのように80年前の戦争を受け止めなきゃいけないんやないかな」
「ひいばあちゃんの話を聞いて、全然昔の話やって思えんかった。ひいばあちゃんも17歳の頃があって、将来のことに悩んだり、家族と喧嘩したり、好きな人のこと思ったり。80年前も17歳は変わらんちゃなって思った。次凪結に会ったら、ひいばあちゃんのこと話そうと思う」
「うん。今年は終戦80年。戦争を語れる人ももう少なくなった。語り継ぐ次の世代が必要だと思うよ」
◇◇◇
8月5日月曜日
夜羽は学校にいた。美術室に向かったが、凪結は登校していなかった。
夜羽はスマホをスカートのポケットから取り出し
”凪結部活は?サボり?”
と送った。すぐに既読がつき
”陸上部幽霊部員の夜羽と一緒にするな”
”今週はヒロシマ・ナガサキの日があるやろ?”
”今家族と長崎に向かってるとこ”
と立て続けに返信があった。
”私も、他人事やなかった”
夜羽はそうタイピングしたが、一旦消して
”こっち帰ってきたら、話がある”
と返信した。そして
「次は図書館や」
と言って学校を後にした。
◇◇◇
図書館の自動ドアが開き、空調の聞いたエントランスに入った。
今日もこの前と同じ。市民の姿が多く見られるが、むしろ静まり返ったエントランスはどこか現実離れした感覚がある。
図書館の入り口のカウンターに向かって歩き出した夜羽は数歩歩いて立ち止まった。
「あのさ・・・」
と言って振り返った。振り返った先にはあの日ぶつかった女子高生が立っていた。
「君、ひいばあちゃんよね?」
女子高生はニコッと笑った。
「その制服、高等女学校のやった」
「ふふ。調べたと?めんどくさがりのよっちゃんにしては珍しい」
「ひいばあちゃんちにあった昔の写真見てやっと分かった。ぶつかった日、私、君を知ってるって思ってずっと気になっっちょった。なんで現れたと?」
「私も分からん。死期が近いんかもしれんね。この格好からすると、私も17歳の歳の見た目やっちゃろ。そこ、座って話そ」
二人はエントランスに設置してあるベンチに座った。
「この前の話、ひいばあちゃんの昔の話聞いて、ちょっと戦争に対する考え方が変わった」
夜羽は市民が行き交っているエントランスを見つめて言った。広いエントランスで声を発しているが全く音が反響しない。
夜羽の声は隣の曽祖母にしか聞こえていないし、曽祖母の声も同じなのだろう。
おそらく、ここは現実の世界ではないのだろうと夜羽は思った。
「そう。受け止め方は人それぞれやから。私より辛い経験してる人はまだたくさんおったし。でもあの戦争がなかったら私はひいじいちゃんに会っちょらんかったって思っちょる。ひいじいちゃんにも昔そう言ったことがあった。そしたらひいじいちゃん
”僕は戦争がなくてもここに辿り着いてたよ”
って言いよったわ」
「素敵な人やったっちゃね、ひいじいちゃん」
夜羽がそう言うと、曽祖母は顔を赤らめて
「・・・し・・・知らん!あの人は・・・その・・・ただの同居人よ!大飯喰らいで大変やったわ。いつも私の名前を呼んで。私がおったら人ん家でもただいまって言って入ってくるとよ?変な人やったわ」
──ひいばあちゃんも動揺するっちゃ。しかもめっちゃ可愛いし
「あはは、めちゃくちゃ好きやん。ひいじいちゃんのこと」
「は?よっちゃん話聞いちょった?」
こうして話していると、凪結と話しているのと変わらない。
「ひいばあちゃん面白いね!友達になりたいわ」
「友達て・・・あんた私のひ孫やろ?」
「でも、ほら。厳密にはさ、私とひいばあちゃんは・・・」
「ああ・・・そうやね。そしたら・・・なろうか、友達」
ニコッと笑って曽祖母が言う。笑顔がよく似合う17歳だ。
「今度畑手伝いに行くわ。それから、私が今ハマっているアニメも教えるかい、一緒に観よう!あ、ひいばあちゃん家泊まりに行っていい?」
あれこれと楽しいことを考えているうちに曽祖母から目を離した。
再び曽祖母の方を向いたが、曽祖母の姿はなく、普段のエントランスに戻っていた。
「ひい・・・ばあちゃん?」
──夢やったのかな?めちゃくちゃ楽しかったのに・・・
曽祖母は自分の体験談の中で、空襲で家族を亡くした時、自分も死のうと思ったと言った。でも、自分が死んでしまっては家族との様々な思い出がなかったことになると思い、生きようと決心したと話していた。
──今のことも、私がこれから先残していかんと、全部無かったことになる
夜羽はそう思った時、カミナリに打たれたような衝撃が走った。
「あ!」
思わず大きな声が出てしまった。エントランスの人々がベンチに座っている夜羽を見る。
──そうやったっちゃ。そういうことか。やかいひいばあちゃんは図書館に現れたっちゃ
心の中に火が灯ったように何かが湧き上がる。
──うわあやばい!これはやばい!
夜羽はすぐに図書館を出た。駐輪場でスマホを取り出し、曽祖母宅に電話をかける。祖母が電話に出る。
「あ、ばあちゃん?ひいばあちゃんは?」
”え?あん人は今昼寝しよるわ”
──ひいばあちゃんの夢とリンクしちょったんか
「起きたら伝えちょって、制服似合っちょったよって!」
夜羽は一目散に自宅に向かった。
8月15日金曜日
宮崎護国神社に夜羽の姿があった。宮崎神宮の西隣にある神社だ。
終戦の日、夜羽はどうしてもこの神社に参拝したかった。戦没者の冥福を祈ることも目的だが、夜羽にはもう一つ目的があった。
本殿の参拝して最後の一礼を終えると
「夜羽」
後ろから呼ばれて振り返った。
「凪結。やっぱり。ここにくると思った」
夜羽同様学校の制服を着た凪結が参拝に訪れていた。
二人は揃って参拝して参道横の石作りのベンチに腰掛けた。
蝉がうるさいほど鳴いており、コンビニの駐車場で見上げた、あの日と同じような空を二人は見上げていた。
「私のひいばあちゃん。空襲にあってこの宮崎神宮に逃げてきたんやって。この辺の木にもたれかかったのかもしれん」
「夜羽、ありがとう。私があんな重い話してもこうやって会ってくれて」
二人とも空を見上げたまま話した。
「ううん。お礼を言わんといかんのは私やわ。私、決めたことがある」
夜羽はそう言ってスクールバッグからノートを取り出して凪結に渡した。
「何これ・・・え?小説?」
ノートの表紙をめくると
”1945年、あの日に吹いた風”
というタイトルが書かれていた。
「ひいばあちゃんの話を聞いて、ひいばあちゃんが必死で生きたことを語り継がんといかんって思った。次の世代にも戦争とか当時の暮らし方とか、そう言うのに触れてもらう活動をしようと思って。まず、小説から書いてみた。これから、もっといろんなこと調べて、いろんな人からたくさん話を聞いて、記録として残せるだけだけ残していきたいと思ってる」
「すごい!すごいよ夜羽。これ読んでもいいの?」
「もちろんよ。まだ途中やけど。何年かかるか分からんけど必ず書き上げるから」
夜羽の決意を聞いて、凪結も
「私も、夜羽がよかったら戦争を語り継ぐ活動手伝いたい」
と夜羽を見て言った。
「えいいの?やった!一人やと続けられんかもって不安やったとよ」
「夜羽飽きやすいからね」
「飽きやすいとかめんどくさがりとか、私どんなイメージなわけ?」
「いやめんどくさがりは言ってないし」
「ああ、めんどくさがりって言ったのは新しい友達やわ」
「え、男?」
「女子。超可愛いよ。今度家に泊まり行く」
「めっちゃ仲良しじゃん。紹介してよ」
「いいけど、かなり気難しいよ?」
二人の笑い声が、護国神社の木陰を作っている巨木に染み込んだ。
平和への祈りを込めて
乃土雨




