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1945年、あの日のそよかぜ  作者: 乃土雨


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(特別回)忘れてはならない日 1

 2025年8月1日金曜日11時30分


 高校2年生の夜羽よはねは、学校指定のジャージを着て美術室の窓から空を見上げていた。


 「夜羽、まだいたの?」

 美術室には夜羽しかいなかったが、それは午前中にここにいた美術部員が活動を終えて帰宅したからだ。同級生の凪結なゆから声をかけられ、夜羽は空から凪結の方に顔を向けた。凪結もジャージ姿だ。


 「やあ凪結。君もまだいたんだね」

 そういって再度顔を空の方に向け直した。


 「いや、筆洗ってくるって言って出たよね私。てかまだそのキャラ続けてんだ」

 筆を布で拭きながら夜羽の座っている席に近づいて凪結が言う。


 「夏の空に浸って何が悪い。うちら17歳よ?17歳の夏ってもう一生来んとよ?」


 「はいはい、夜羽は昔から突然夢みがちになるんやから。そう、うちら17歳、来年は受験やろ?夢見ちょらんで今しかできんことせんね」


 「なんそれ。凪結なんかお母さんみたいや」

 凪結が帰り支度を整えた。スポーツバッグを持ち上げて


 「あんたのお母さんやないわ。ほらしっかりせんね。帰るよ」

 と夜羽に帰宅を促した。


 「コンビニでアイス買おうよ凪結ぅ」


 「甘えて言っても奢らんかいね、自分の分は自分で買いないよ」


 「ちぇっ」


 「あそうや。アイス食べる前にちょっと図書館寄っていい?お母さんから本の返却頼まれてて」


 「ういー」 

 気だるそうに背中を丸めて夜羽は凪結について美術室を出た。


◇◇◇


 駐輪場に自転車を止めて、夜羽と凪結は県立図書館に入った。


 「ぶはー。涼しい」

 自動ドアが開いた途端、2人は心地よい冷気に包まれた。


 図書館のロビーは涼を求める市民でそれなりに賑わっている。

 が、ガヤガヤしていることはなく、それがかえって現実離れしてた空間を作っているように夜羽は感じた。


 「じゃちょっと行ってくるから」


 「あ、いいよ。私もちょっと本見たいし、一緒に行く」

 返却カウンターの方に歩き出した凪結について夜羽も進行方向を変えた時、図書館から出てきたであろう女子高生とぶつかった。


 ぶつかった学生はその拍子に持っていた数冊の本を大理石風のタイルが敷き詰められたフロアに落としてしまった。


 「あ、ごめんなさい」

 そう言って夜羽がしゃがんで本を拾った。ぶつかった学生もしゃがんで一緒に本を拾う。


 ”戦後日本の復興と発展”


 ”大東亜戦争の過ち”


 夜羽は嫌でも本のタイトルが目に入ってしまった。


 ──戦争の本や。この人私と一緒くらいの歳やのに。あ、なんかのクラス展示とかで使う資料かな


 二人とも立ち上がって、夜羽は拾った最後の本を女性に手渡した。

 夜羽は本に目をやっていたため学生の顔は見なかった。


 「すみません、ありがとうございました」

 そう言って学生は出口に向かって去って行った。

 

 ──ん?あんな古い感じの制服の学校ってあったっけ?それに、なんか私あの人知ってる気がする


 「夜羽、どうしたと?」


 「ん?ああ、今あの人とぶつかって」 


 凪結に先程の学生の説明をしようと、学生が去った方向を見たがすでに学生の姿はなかった。


 図書館の入り口の左側には毎年戦争に関する展示がある。

 夜羽はそれを一瞬見たが、特に何も思わず凪結について図書館に入って行った。

 凪結が返却の手続きをしている間、夜羽は推薦図書のコーナーを見ていた。この時期のオススメの本は、やはり戦争に関するものが多かった。


 夜羽は率直に


 ──なんかつまらん


 と思った。


 夏になると、至る所で戦争に関する情報を目にする機会が増える。

 だが、夜羽にとって戦争は遠い昔の話で、学校の授業で習った事をある程度覚えていればいいと思っている。過去の過ちから学び、日本は戦争を放棄した。

 それで良いのではないかと思う。

 戦争をしないと決めたのならこれから先も起こることはないのだから、いちいち辛い過去をほじくり返して何になるのだと、そう思っていた。

 

 「・・・夜羽、戦争の事知りたいと?」


 返却の手続きを終えて凪結が夜羽の背中に話しかけた。ぼーっと本を眺めていたせいで、興味があると思われてしまったと夜羽は思い


 「いやいや、戦争興味ないわ」

 と慌てて凪結からの質問を否定で返した。


 凪結は少し残念そうな表情になり


 「・・・そっか・・・」

 と推薦図書のうちの一冊"原爆〜ヒロシマ・ナガサキを忘れない"を手に取った。


 ──あれ?凪結は戦争に興味ある感じやと?凪結といい、さっきぶつかった人といい、今女子高生の間で戦争ブ

ームとかきてんの?


 と思った。


 「・・・アイス、買いに行こっか」

 どこか悲しげな表情のまま凪結は図書館を出た。


◇◇◇


 夜羽と凪結は近くのコンビニでアイスを買って、陰になっているコンビニの駐車場でアイスを食べている。


 茹だるような暑さと抜けるような青空。

 真っ白い入道雲がまるで何かのアニメのようにダイナミックに立ち昇っている。

 夜羽と凪結はコンビニの壁にもたれかかって座ったまま空を眺めている。


 凪結は明らかに図書館から元気がない。夜羽はその原因が自分の一言である事は分かっていた。


 「ごめんて凪結。凪結が戦争に興味持ってるって知らんで、カチンとくる事言ってしまった」


 夜羽は青空を眺めたまま言った。


 「・・・いや、そうやないよ」

 いつになく真剣な声色の凪結の表情が気になって、夜羽は凪結の方を見た。

 青空を眺める凪結の横顔は何か思い悩んでいるような表情になっていた。


 「この空さ」

 凪結が唐突に話し出す。


 「80年前とおんなじ色なんやないかな。当時の人も、こうやって空を見上げてたんやないかな」


 「ど・・・どうしたと凪結。空見て浸るのは私のキャラやし」


 「あのね夜羽。私の父方のひいじいちゃんさ。・・・その。

 原爆の被爆者やとよ」


 「へ?」

 凪結は真剣な表情で夜羽を見て言った。夜羽はあまりに予想外の言葉に理解が追いつかない。


 「げ・・・原爆ってあのヒロシマに落ちたってやつ?」


 「ひいじいちゃんは長崎で被爆した」


 「そうなんや・・・初めて知った」


 「初めて言った。友達にも、今まで誰にも話したことなかった。じいちゃんは被爆2世でお父さんは3世。2人ともその事は内緒にしよる。でも私は別に隠さんでも良いって言われちょって。それで・・・夜羽が初めて。ちゃんと話したの」

 凪結は駐車場のアスファルトを見て言った。


「だから8月6日には広島を、9日には長崎の方を見て黙祷するとよ。80年経ったけど、私はどうしてもあの戦争が他人事に思えんで」


 「そりゃ、親類にそんな人がいたら他人事やないからね。当然やと思う」


 「夜羽」


 凪結がまた、真剣な表情で夜羽を見た。


 「あんたもやとよ?夜羽が生まれたって事は、あの戦争を生き抜いた親類が必ずいるっちゃかいね」

 

 ◇◇◇


 「てことがあってさ」

 夜羽は食卓に着いて夕食を摂っている。今夜のメニューはハンバーグ。夜羽の父手作りだ。


 「そっかー。あんまり興味なかった戦争が突然近くに感じたんやね」

 もりもり食べる夜羽をカウンターキッチンから笑顔で眺めながら父が言った。母は遅番で今夜は22時まで仕事だ。


 「ハンバーグうま。うん。なんか他人事やないって言う凪結の言葉が引っかかったんやけど、現実的じゃないっていうか」


 「なるほど。第二次世界大戦だったらちょうど80年前が終戦。ひいばあちゃんは当時今の夜羽くらいの歳だよね」


 「17歳で終戦・・・」


 夜羽は戦時中の暮らしを想像してみた。考えたこともなかったが、言われてみれば80年前にも17歳の少女はたくさんいたはずだ。彼女たちは1945年をどう過ごしたのだろうか。


 ──あ、凪結が言ってた青空が同じってこういうことなのかな・・・


 夜羽は少しだけ戦争に対する受け止め方が変わった。その夜羽の表情を見て

 「この土日で、ひいばあちゃんのとこ行ってみようか」

 と提案した。


 「幸いひいばあちゃんはまだ元気だけど、残された時間はあまり多くないよ」


 「・・・そうやね。行ってみる」

 夜羽は曽祖母が少し苦手だった。

 家事をテキパキとこなしてはつらつとしているが、どこか難しい表情をしていて取っ付きづらいところがあった。顔にも皺に紛れて大きな傷があり、怒ると迫力がある。そのせいで小さい頃から苦手意識を持っていたのだ。

 そんな曽祖母の面倒を見るため、祖母も曽祖母の家に引っ越し、一年ほど前から2人で暮らしていたのだった。


8月3日

 夜羽と両親はお菓子の手土産を持って祖母、曽祖母の暮らす国富町木脇にやってきた。

 家には大きな納屋が2つあり、1つは昔牛舎として使われていたそうだが、夜羽はそこに牛が飼われていたところを見たことが無かった。

 

 「お母さん、来たよ」

 父が祖母を呼び、家の中に入った。

 奥の座敷から祖母が顔を出して玄関に向かって歩いて来る。


 「おお、鉄平。久しぶりやね。亜衣さんもお久しぶり。あら、よっちゃんこんげ大きくなって」

 夜羽はよっちゃんと呼ばれる。幼い頃は良かったが、今は少し恥ずかしい。


 「こんにちは」

 微妙な表情になって夜羽は挨拶した。


 「ばあちゃんは?」

 父鉄平が聞く。


 「ああ、あん人は裏の畑におるわ。まっこちこんげぬきいなかしごつせんでもいいごたるけどね(暑い中仕事しなくてもいいの意)」


 「相変わらず元気やね、ばあちゃんは」

 鉄平と亜衣が家に上がる。夜羽も後について靴を脱いで上がる。廊下を歩いて座敷に入ったところで畑にホースで水を撒いている曽祖母の背中を確認した。


◇◇◇


 夜羽は曽祖母が家に上がって来るまでの間、出された麦茶を飲み茶菓子も幾つかつまんだ。

 サッと勢いよく襖が開き、シャワーを浴びて小ざっぱりした曽祖母が現れた。首にはタオルを巻いていて貫禄がある。


 「鉄平久しぶりやね。亜衣さんも久しぶりやね。おお、よっちゃん大きゅうなったね」

 祖母と全く同じ事を言いながら曽祖母が座敷机の前に置かれた低い腰掛けに座った。


 「もう最近は立ち上がりができんでよ、腰掛けで許してくんない」

 曽祖母が膝を摩りながら言った。


 「全然大丈夫だよ。元気そうで安心したよ」 

 鉄平が答える。


 曽祖母は出されてた麦茶を一気に飲み干して


 「それで、今日はなんごつや(何の用かの意)」

 と空のグラスを座敷机に置きながら聞いた。母の亜衣がすかさずピッチャーから空のグラスに麦茶を注ぐ。


 「ああ、それは夜羽から・・・」


──うわお父さん言ってくれんちゃ。


 と夜羽は思ったが、勇気を振り絞って


 「あの・・・えっと・・・戦争の時の話を聞きたいなと思って」

 ともじもじしながら曽祖母に伝えた。


 「あんなもんの何が知りたいとや」

 こういう物言いが夜羽は苦手なのだ。

 耳が遠いからなのか、もともとの声質なのか曽祖母の声はよく通る。

 大声というわけではないのだが、少し威圧的に感じる。教えたくないならそう言えばいいのにと思ったが、せっかく来たのだ。

 何か聞くまで帰らないと覚悟を決めて

 

 「原爆の・・・事とか・・・戦時中の事とか、終戦の日の事。終戦の年はひいばあちゃん17歳やろ?今の私とおんなじや。どんなことして過ごしよったとか、なんでもいいから」


 「ええ、そうや・・・」

 曽祖母の声のトーンが低くなった。少し目線も下がっている。


 ──あれ、ひいばあちゃん元気なくなった?やっぱ話したくないんかな?


 曽祖母は曽祖父の霊璽を置いている神棚を見た。曽祖父は夜羽が2歳の時に他界した。呑気な人だったようで、飾られている写真も満面の笑みを浮かべていた。 


 「話してやんないよ」

 台所から祖母が現れた。昼食作りがひと段落したのだ。台所で夜羽の話を聞いていて、夜羽と一緒に曽祖母に頼んでくれた。


 「別に話したくない訳やないし、なんか隠したい訳でもないわ。なんちゅうか。わざわざ話すことでもないと思ちょったかい、どっから話せばいいとか分からんとよ」


 確かに、曽祖母からしたら人生の一幕であり、知らないうちに戦争が始まっていたのだろう。夜羽はどこから話せばいいのか分からない曽祖母の気持ちも理解できた。


 「ひ・・・ひいじいちゃんとは?どこで会ったと?」

 夜羽が質問をした。


 「ひいじいちゃんか・・・

 ああ、そうやね。じゃあそこから話すか。

 いいかよっちゃん。日本には忘れてはならない日が4日ある。知っちょるや?」


 「えっと・・・4日?んー・・・分からん。終戦の日だけやないと?」


 「6月23日の沖縄慰霊の日。8月6日の広島原爆投下の日。8月9日の長崎原爆投下の日。そして8月15日の終戦の日や。

 原爆んこつは、当時は原爆っちゅう言葉がなかったかい”特殊な焼夷弾”が落ちたって言いよったわ。まさか原子爆弾やったとは・・・広島、長崎の方々は大変ご苦労されたじゃろう」

 夜羽は曽祖母の話に聞き入った。普段とは違う穏やかな口調だった。


 「8月15日は晴天。玉音放送はこん家で聞いたわ。なんか私は悔しかった。もう一年戦争やめるのが早かったら、どれだけの命が失われんかったか・・・」


 曽祖母は少し涙声になった。曽祖母は空襲で家族を亡くしていると夜羽は聞いたことがあった。

 80年経っても、曽祖母の心の傷は癒えていないのだと夜羽は思った。

 曽祖母は大きく息を吐いて呼吸を整えた。


 「私の忘れてはならない日はひいじいちゃんと会った日や。

 1945年9月5日水曜日

 その日は昼から大雨が降ったとよ・・・・」



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