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1945年、あの日のそよかぜ  作者: 乃土雨


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24 婿まげ嫁まげ

 夜明けの宴は盛大に執り行われお開きとなった。

 田代は非常に酔っ払っていたが、仲人の仕事はまだ終わってはいない。

 結婚式の日取りを決めなければならないのだ。本来は別の日に仲人2人が集まって決めるのだが、何せ日がない。へべれけになっていたが、解散の間際に三木家の仲人を捕まえて日程を確認した。


 12月17日月曜日


 が祝言の日と決まった。


 帰りの道中で下園家にもそのことが伝えられた。


 ちなみに、結納について。

 この頃結納の行事はなく、もちろん結納金も無かった。

 嫁側は結納金を受け取ることは恥とされていたようである。

 が、これも地域によって様々で、スミ子の住んでいる八代地方(重ねて熊本県八代とは無関係)には結納金の文化があったし、嵐田地区ではお金ではなく反物を納めていたとの記録がある。

 よって、今回の見合いの件では下園家は三木家に結納金を納めた。


 12月16日日曜日


 いよいよ祝言を明日に控えた久男は、いつにも増して青白い顔をしていた。


 様々な祝言の打ち合わせのため、本日は久男宅に久男の両親、仲人の田代、親方、そして平太が揃っている。


 「これが口上の原稿や。よう覚えちょきないよ」

 居間であぐらをかいて座っている田代が同じくあぐらをかいて座っている久男の父に、茶封筒を渡した。


 「ん。確かに。久男お前も覚えちょけよ」

 久男の父が久男の方を叩いてそう言った。


 明日17日は祝言の一大イベント「嫁迎え」が行われる。

 嫁迎えは午前中、婿側が嫁側の家に行き集まった嫁側の親類に口上を述べる決まりなのだ。

 

 この口上、婿側の父親から始まり、婿側の付き添いの親類全員が順番に嫁側の親類に述べていくのだが、その際口上を一言一句間違ってはいけないというしきたりがあった。

 もし間違えた者があれば、結婚式はそこで中止にする家もある程厳格なものであった。

 久男の顔面蒼白はその緊張からきていた。

 

 「久男くん、大丈夫だよ」

 笑顔で平太が久男を励ます。


 「そうやが。クラさんの時代ならまだしも、間違っても切腹沙汰にはならんが」

 田代も久男を慰めたつもりであったが、久男は余計緊張してしまった。


 「それで、平太くん。明日は平太くんにもお願いせんといかん役目があるとよ」

 田代が背筋を伸ばして平太に言った。平太も背筋を伸ばした。


 「婿まげをお願いしたい」

 婿まげとは”婿まがい”の意で、当時の結婚式には新郎新婦がそれぞれ婿まげと嫁まげを立てた。

 新郎新婦と背格好や年齢が概ね一緒で独身の男女が選ばれる。あまり大きい声では言えないが、新郎新婦よりも少し劣る程度の見た目のものが選ばれたそうだ。婿まげのほうがいい男だと新郎の格好がつかなかったからなのだろう。


 久男の顔面蒼白はそのプレッシャーからもきていた。

 婿まげが平太なんて久男と釣り合いが全く取れていないからだ。


 「具体的に何をするんですか?」

 平太が田代に聞く。


 婿まげの出番は嫁迎えの時が大半で、あとは座っているだけで良い。


 役割でいうと、婿まげよりも嫁まげの方が多くの役割があった。


 「嫁まげはミカちゃんにお願いしちょるかいよ」

 田代が変なニヤけ方で平太に伝えた。その理由を平太が結婚式当日に知ることになる。


◇◇◇


 17日早朝。

 

 夜も明けきらぬうちに久男一行は三木家のある八代に向かって出発した。嫁迎えが始まった。


 今回は以前の訪問と比べると人数が多い。


 樽抱えと言われる役割の者も加わっているためで、樽抱えの役割は嫁の嫁入り道具の運搬であった。


 八代の着いた時には、夜はすっかり明けていた。


 三木家の座敷の上座にスミ子とその親類が座り、向かい合うように下座に久男の親類が座った。これから、最も大事とされる口上が始まる。


 平太は別の座敷に通されていた。婿まげは口上には参加しないのだ。


 紋付袴を着て、手持ち無沙汰な平太は庭でも見ようと座敷を出た。


 樽抱えの若い衆(親方の声掛けで集まった者達)も別の座敷に通されており、そこでは既に酒宴が催されていた。声の調子からもうだいぶ酔っ払っているようで、女性の声で歌も聞こえる。

ここでは「ながもち歌」という歌が歌われた。


 「平太」

 酒宴の音が聞こえる座敷の方を見ていた平太の背中に、ミカの声が聞こえた。平太が振り向くとそこには、白無垢を着た花嫁姿のミカが立っていた。


 「暇やっちゃろ平太。私もよ」

 笑顔でミカが言う。平太はミカの姿に見惚れてしまっていた。


 「口上は長いかいね。昼までかかるやろ・・・平太聞いちょる?」

 ミカから聞かれて平太はようやく我に帰り


 「あ・・・ミカ・・・なんで花嫁姿?」


 「ん?私嫁まげやし。婿まげと嫁まげは新郎新婦とおんなじ格好するとよ?田代さんが言いよったやろ?」


 ──あ、田代さんが変な笑い方してたのはこれでか


 と平太は思った。


 「な・・・なんね。なんでジロジロみよると?どうせ似合わんって思っちょっとやろ」

 少し怒ったような表情でミカが平太に聞く。


 「い・・・いや・・・そんなことないよ、ごめん。

 すごく似合ってるよ。それにとても、とても綺麗だ」


 平太からさらっと綺麗だと言われたミカは顔を伏せた。


 「あ・・・あ・・・当たり前やろ!着付けの人に立派にしてもらったちゃかい。そ・・・その・・・平太も似合っちょる。紋付袴」


 じれったい。


 そう思って軒先の二人を、奥の座敷から見つめていたのは、ミカの着付けをした近所のおばさま方。

 ミカは着付けが終わると開口一番に平太に見せに行くと言って座敷を抜けたのだった。


 「若いねぇ」


 「まこち若いねぇ」

 とおばさま方は口々に言いながらミカと平太の様子を心ゆくまで見ていたのであった。



参考文献

鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」

国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」

鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室 

社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事

廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像

みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか

NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌

Yahoo!JAPAN 宮崎県の空襲被害 -未来に残す戦争の記憶

永岡書店 今井國勝、今井万岐子著 よくわかる山菜大図鑑

渡邉一弘著 宮崎神宮「日誌」に見る昭和二十年

鉱脈者 うどん

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