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1945年、あの日のそよかぜ  作者: 乃土雨


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23 夜明けの宴

 久男がスミ子に叩き飛ばされた日の夜

 

 今日の夕食

 麦ご飯(朝炊いたもの)

 みそ汁(具は芋がらを干したもの)

 卵焼き

 漬物


 「いただきます!」

 二人が声を揃えた。


 「んん!みそ汁うまい!」

 平太がいつものようにみそ汁を飲んで感想を言う。


 「この芋がらを干したやつ、僕はどうも椎茸の味がするんだよね」

 平太が言うと


 「あ、私もそれ思っちょった。芋がらの収穫は夏場やけど干して保存食にしとけば、冬場野菜がなくなる時期も食べれるから助かるわ」

 ミカとミカがみそ汁を一口飲んで言った。


 「しかし、スミ子さんに叩かれた久男さんは傑作やね!牛まで鳴いて」


 ミカは昼間の様子を平太から聞き、先ほどまで腹が捩れるほど笑った。今も思い出して笑いが込み上げている。


 「スミ子さんは5人姉弟の第一子だって。家の畑仕事と子守りも引き受けてて、意外と力があるってお母さんが言ってたよ」


 「スミ子さん、年は17歳やっちゃろ?私と同い年や。結婚決まるといいね」


 実は二人が住んでいる地域にはミカと同年代の女性はいなかった。同い年の女性が嫁いでくるのをミカは密かに楽しみにしているのだった。


 「ね、決まるといいな。今日12月5日が大安だったから、次は11日が大安。その日にもう一回三木家に行って改めて挨拶するって。なぜかその日は親方も同行するって言っていたよ」


 「人数は多い方がいいわ。長丁場やし、持ってく荷物も多いかいね」


 「え?そうなの?結婚の許可を貰いにいくだけだよね?手土産程度でいいんじゃないの?」


 「はん!平太、甘いわ」


◇◇◇


 12月11日火曜日 14時

 三木家

 表座敷に通されたのは田代。隣には三木家の仲人が座っている。

 上座にスミ子の両親が座り、仲人両人と向かい合った。


 「それじゃあ、始めますかいね」

 三木家の仲人がそう言って居住まいを正した。田代も共に正座になり、背筋を伸ばす。


 「まず今日こんにちはこれぎり・・・」

 そう言って三木家仲人が口上を述べた。


 次に田代。二人の仲人から下園家、三木家の縁談の申し入れを行うのだ。


 スミ子の母は背筋を伸ばして座っているのに対して、父親は背を丸めて胡座のまま座っている。


 「と言うわけで、この縁談進めてもいいじゃろか」

 三木家の仲人がそう締めると


 「よろしく、お願い致します」

 と言ってスミ子の母親が頭を下げた。

 父は特に姿勢も変えずに黙っている。


 「それでは、私は失礼して・・・」

 というと母は座敷から出ていった。

 そして、しばらくすると3人分の茶を盆に乗せて現れた。


 その様子を三木家の正門の外から、久男、久男の両親、平太、親方、ミカ、田代夫人が見つめている。


 「お茶を持って入って行ったよ?あ、お母さんはまたお座敷から出てきた」

 平太がミカに聞いた。


 「そう。口上が終わったんや。あとはひたすら待ちになるかいね」 


 スミ子の父親の無礼な態度には訳があった。

 実はこの見合いの許可取りの際に、最も返事を長引かせるのが父親なのだ。

 それは、今まで手塩にかけて育てた娘への愛の大きさの裏返しとも言うべきもので、とにかく首を縦に振らない。我々だけでは決められない、ここに親戚の誰それが居ないので勝手には決められないと言って返事を引き延ばす。


 「私らの時は、お父さんが了承したのはもう明け方やったわ」

 田代夫人がしみじみと昔を思い出すような表情でそう言った。本当は23時頃の決心であったが、夫人は少し話を盛った。


 「お前どん!」

 どこからともなく声がした。声の正体は三木家のお隣のおじいさん。垣根から顔を出してこちらに話しかけている。


 「なんか、見合いの許可取りか?寒いじゃろうが。こっちん来て火に当たっちょけ」

 と久男一行に向かって手招きをしている。


 本来、見合いの許可取りの際に、婿となる側は近所に家を借りて、相手の父親の返事を待った。


 ありがたいと言って久男の父がお隣に入っていった。それに続いて久男の母と久男、ミカと平太、親方と田代夫人がお隣のお宅に向かって歩いた。


◇◇◇


 久男一行はお隣のお宅の囲炉裏の火に当たりながらお茶を飲んでいる。時刻は20時30分を過ぎた頃。家主のおじいさんはもう囲炉裏の火に当たりながらうとうとしていた。


 「本当に長いね。こりゃ僕寝ちゃうかもしれないよ・・・」

 平太が潰れそうになる目を思いっきり開けながら言った。


 「スミ子さんのお父さんの気合いを感じるわ。こりゃ本当に日を跨ぐかもしれんね」

 ミカがそう言った時、玄関の引き戸が開いた。開けたのはスミ子の母。


 「皆さん、すみません・・・もう少しかかりそうですわ」

 と中間報告に訪れたのだ。

 一同が肩を落とす。久男だけは真剣な表情で囲炉裏の火を見つめていた。

 


◇◇◇


 深夜2時

 囲炉裏を挟んで平太と久男が向かいあって座っている。その他のメンバーは横になって寝息を立てている。


 「久男くん。あの日の話なんだけどね・・・」


 「・・・所属部隊の話ですか?」


 「うん。久男くんはさ。何か知ってるんだよね?クラさんもなんだけど、何か隠してるのが態度から伝わってきて」


 「平太さん。記憶は戻られましたか?」


 「ううん、戻ってない」


 「消えてしまっている過去を、思い出したいと思いますか?過去の自分を知りたいと思いますか?」


 「・・・・正直、よく分かんなくて・・・」


 「そうですか。無理に思い出さなくて良いです。過去が変わることはありませんから。思い出した時には、きちんと受け入れて平太さんの果たすべき役割を果たしてください。それが、生き残った僕らに科せられた責任です」

 囲炉裏の炭の火を見つめて、久男が言った。

 平太も炭の火を見つめて、そうだねと答えた。


 その刹那


 引き戸が開いて、田代が家に飛び込んできた。


 「ひ・・・ひ・・・久男くん!」

 田代の息が上がっている。ここまで走って移動してきたのだろう。久男は緊張した面持ちで田代の次の一声を待った。


 「見合い、しても良いと!」

 平太は立ち上がって両手の拳を突き上げてやったーと大きな声で言った。久男は静かに拳を握って喜びを表現した。


 平太の声で寝ていたメンバーも起きて、平太の喜びようで見合いの許可が下りたことを知った。


 「よし、ミカちゃんやるど!」

 そう言うと田代夫人が家の外に出て行った。ミカも夫人に続く。


 田代夫人とミカは三木家の土間に入っていき、おめでとうございますと挨拶して田代宅から捕まえてきた鶏(生きたもの)を捌き始めた。


 「え?何が始まるの?」

 平太がミカ達の様子を垣根越しに見ながら久男に聞いた。


 「これから宴会です」


 「ああ、宴会・・・え?」


 これも当時の見合いの儀式の一つで、嫁方の父の了承を得ると待機していた婿方の一行が嫁方の土間を借りて調理をする。

 その料理を食べお酒を飲んで祝うのだ。

 その際鶏肉は欠かせず、婿方は生きた鶏を捕まえて待機しておき、見合いの了承をもらうと鶏を潰す。場合によっては鶏を調理するための人を2〜3人連れてきていたのだった。ミカと夫人は調理員としてのメンバリングなのだ。


 調理が済み、宴が始まる時にはもう東の空はうっすらと明るくなっていた。


 みんな眠い目を擦りながら、久男、スミ子の見合いを祝ったのだった。




参考文献

鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」

国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」

鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室 

社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事

廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像

みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか

NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌

Yahoo!JAPAN 宮崎県の空襲被害 -未来に残す戦争の記憶

永岡書店 今井國勝、今井万岐子著 よくわかる山菜大図鑑

渡邉一弘著 宮崎神宮「日誌」に見る昭和二十年

鉱脈者 うどん

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