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1945年、あの日のそよかぜ  作者: 乃土雨


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21 早すぎる

 今日の昼食

 麦ご飯

 みそ汁 (具はイモガラを干したもの)

 ハナグワイの天ぷら

 バイカモの酢の物


 「いただきます」

 ミカ、平太、田代夫人、久男の4人が揃い、ちゃぶ台を囲って昼食が始まった。

 久男の自宅もミカと平太の小屋と似た間取りで、4人が座って食事をするのは少々狭く感じるほどの広さの居間だ。

 

「ハナグワイ、初めて食べたけど美味しい。天ぷらにしたら塩がよく合うね」

 平太がミカに言った。ミカが


 「ハナグワイはオモダカとも言って、クワイの仲間。地下茎を伸ばしてその先に丸く膨らんだ球茎をつけるからそれを食す。天ぷらの他にも茹でてゴマ味噌和え、煮物にも使ったりする」

 と説明を付け加えた。


 「美味しいね久男くん」

 平太が久男にも話しかけた。


 「はい、美味しい。この酢の物も美味しいです」


 「バイカモ。漢字では梅花藻って書いて、夏につける花が梅の花に似てるからそう書くんやって。別名ミズヒジキって言って、川にはどこでも生えちょるわ。根元から房ごと収穫する」

 夫人が説明して


 「て、さっき私もミカちゃんに教えてもろた」

 と全ての野草の知識はミカのものであることを付け加えた。


 「はあ、みそ汁もうまい」

 久男がみそ汁を一口飲んで感想を言った。


 夫人が


 「今日は私が作ったかい、いつもと味が違うやろ平太くん」

 と平太に聞いた。


 それを聞いて、ミカは


 ──確かに平太はいつもみたいにうまいって言わんわ


 と思った。


 「そうですね、でもこのみそ汁も美味しいです」

 と平太は笑顔で答えた。

 

 「あの!お二人はご兄弟ですか?」


 突然、久男がミカと平太に聞いた。

 

 「初めて田代さんの家で会った時から気になっていたんですが・・・」

 初見でミカと平太の関係性を瞬時に理解できるものは少ないだろう。兄妹でもなければ恋人でもないその距離感は二人独特のものだ。


 ミカと平太は丁寧にことの経緯を説明した。


 「そういうことなのですね。それで一緒に暮らしていると。平太さんは・・・その・・・軍でのことは全く覚えていらっしゃらないのですか?」


 久男は真剣な表情で聞いた。平太も少し笑って


 「うん。覚えてない。最近は空いた時間クラさんのところに言って物置に置いてる過去の新聞に目を通してもいるけど、やっぱり何も思い出せない」

 と答えた。


 「そうですか・・・クラさんから平太さんは陸軍だったと聞いています。僕も終戦後しばらく船で引き揚げを手伝っていたのですが・・・その・・・」


 海軍所有の船は、終戦後は海外にいる兵士や日本国民の引き揚げ船として使用された。


 「どうしたの?久男くん」

 俯いてしまった久男に平太が聞いた。


 「その・・・引き揚げは現在も必死で行われています。

 上官に伺ったところ、引き揚げ完了には2年以上はかかるだろうと。

 今もまだ敵国だった土地に敗戦国となった日本国民がたくさん残留しています。いつ起こるかもしれないクーデターに怯えて日々を過ごしています。

 ミカさんと平太さんが初めてあった日は9月5日だったんですよね?」


 「そう、雨の日やった」

 ミカが答えた。


 「早すぎます。平太さんはおそらく北九州から宮崎に移動されたのでしょうが、ざっと逆算しても8月末には復員していたことになります。あまりに早すぎる」


 久男の話を聞いていた夫人が


 「早い復員は喜ばしいことやと思うけど、手続きやら乗船の順番やら大変って聞くもんね。冷静に考えると、終戦後半月で復員って異常に早いね」


 「引き上げ船で聞いたことがあります。終戦以前、すでに7月に撤退した部隊があると・・・もし、平太さんの所属していたのがその部隊であれば、平太さんの本名も分かるのでは」


 ミカの心臓は大きく脈打っていた。顔の傷も脈打っているのが分かる。


 ──平太の・・・本名?平太のことが分かるかもしれん・・・そうなったら・・・平太は・・・

 

 ミカは平太を見た。


 平太は口をへの字に曲げて、難しい問題を考えるような表情をしていた。


 「うーん・・・実はクラさんからも同じ話をされたんだけどね。直後に”今のは無し、忘れろ”って言われて。まあゆっくり思い出せってことなのかなと思って。僕もあんまり真剣に考えてなかったよ」

 と笑って久男に言った。


 久男は、クラの発した言葉の意図を理解した。


 「そうですね。結局どこに問い合わせたって、平太さんが思い出さなきゃ意味がないことですし。ごめんなさい、変なこと言ってしまって」

 と言って久男は食事を再開した。


 ミカも夫人も、久男が何かを隠そうとして話を切り上げたのだと気がついた。

 「そそそそれで。久男くんはクラさんと何話してきたと?」

 夫人が無理に話題を逸らした。


 「ああ、見合いをしろって言われました」

 久男はサラッと言ったが、夫人はその話がいかに無理難題であるかをすぐに理解した。


 「見合いて。まさか。もう12月やない。いくらなんでも無理やわ」

 夫人の言葉を聞いてミカが


 「田代さん、失礼ですよ!」

 と小声で夫人に言った。


 「え?ああ、違う違う。久男くんに見合いは無理って言ったんやなくてね・・・」


 現在でも行われている風習「初入り」


 しかし、当時の初入りは現在のものとは形式も考え方も違っていた。


 前年に結婚した夫婦は、初めての正月を迎えると、男方の親が夫婦を連れて仲人や親戚に挨拶回りをした。ここまでは概ね現在と変わりない。


 しかし当時は、夫は紋付き、妻は花嫁衣装を着て挨拶回りをした。

 早く結婚すると、初入りの際には嫁さんは妊娠しており、大きな腹での花嫁衣装は様にならず、移動も大変になる。それを戒める言葉として

 

 嫁と餅米は節季のむん(もの)

 

 というのがあり、結婚の多くは12月に行われていたのだ。


 「で、今12月やろ?やかい無理よ」

 見合いには仲人を立て、親戚一同の度重なる会議を持って話が進んでいく。流石にそれを1ヶ月で行うのは物理的に無理な話であった。


 「クラさんがお相手も目星をつけていて、仲人は田代さんにお願いするって言ってました。明日、牛を見てこいって言ってました」

 久男がみそ汁を飲み終わって、椀をちゃぶ台に置いて軽い口調でそう言った。


 「本気やクラさん・・・こうと決めたら決断が早いわ・・・早すぎる。

 わーもう無理やわー。師走は静かに過ごそうって決めちょったとに・・・」


 夫人は肩を落として、静かで厳かな師走に別れを告げ、騒々しい賑やかな師走を過ごす決意を固めた。



参考文献

鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」

国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」

鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室 

社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事

廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像

みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか

NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌

Yahoo!JAPAN 宮崎県の空襲被害 -未来に残す戦争の記憶

永岡書店 今井國勝、今井万岐子著 よくわかる山菜大図鑑

渡邉一弘著 宮崎神宮「日誌」に見る昭和二十年

鉱脈者 うどん

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