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1945年、あの日のそよかぜ  作者: 乃土雨


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20/33

18 30円

「だははは」


 11月30日金曜日 昼


 ミカは田代宅の居間で昼食を摂っていた。

 今日は田代の農作業の手伝いと、年末の行事等の打ち合わせに来ていた。

 先日、沢口家で開かれた名付け祝いの儀「弓の音」の際にミカはクラに捕まり、延々とクラの恋愛観についてを語られた。

 田代はその話が大好きで、何度聞いても爆笑するのだ。


 「もう、田代さんこの話何回目ですか」

 ミカが分かりやすく頬を膨らませて怒りの気持ちを示して言った。


 「ごめんごめん。やー、クラさんがミカちゃんに語ったかー」

 田代は食事を終え、昼食で使っていた箸をひっくり返し、簡易の取り箸にしてちゃぶ台に乗っている漬物の皿からたくあんをひょいと摘んで口に入れた。


 「あれじゃろ?田原坂ん話をしたんやろ?」


 「はい、当時私と同じ歳で、顔に傷を負ったのもその田原坂だったって言ってました」

 ミカも田代の真似をしてたくあんを2〜3枚取り、左手のひらに乗せた。


 「あー、あれ嘘ど」


 「は?」

 ミカは飛び上がるほど驚いた。

 そこに台所から田代夫人が現れ


 「嘘てあんた。そんな言い方ないわ」

 と言って田代、ミカが食べ終えた茶碗を盆に乗せ台所に運んだ。


 「え嘘なんですか?あの話」


 「そうやなぁ、嘘かもしれんし本当かもしれん。とにかく、クラさんは気分が良いとその話をするとよ。うちんとに話したときは15歳ん時じゃて話したらしいわ。あん人、慶応元年生まれじゃろ?田原坂ん戦いは明治10年じゃかい、クラさん12歳っちゅうことになるがね。12歳で田原坂までは行けんじゃろ。

 じゃかいミカちゃん、クラさんかいからかわれたとよ」


 「ええ、あんなに話聞いたのに・・・」

 ミカはガッカリしながらたくあんを口に入れた。


 「いやいや、私ゃ本当やと思っちょるよ」

 夫人が台布巾を持って台所から現れた。ちゃぶ台を拭きながら


 「女は好きな人ができたら歳は関係ないとよ。素敵な話やわ」

 と言って台を拭き終わるとそのまま正座して座り、下げずに残しておいた漬物の皿からたくあんを指で摘んで口に入れた。そして田代を睨みつけるように見た。その視線に気がついた田代は


 「んー。茶でも飲もうかいね。わしが淹れるわい」

 と言ってゆっくり立ち上がって台所に姿を消した。


 「ふう。さてミカちゃん」

 夫人が背筋を伸ばしてミカに話しかける。

 ミカも居住まいを正した。


 「明日から12月。もう師走じゃ。年末の準備に入らんといかん」

 そういうと、夫人は立ち上がって箪笥の一番上の引き出しから茶封筒を取り出しミカの前に再度正座をすると、その封筒をミカの前に差し出した。


 「・・・なんですか?これ」

 ミカは封筒を手に取り、中身を確認した。中には10円札が3枚入っていた。


 「さ、30円!」

 現在の価値でおよそ45,000円程。


 「それで年を迎える準備をしない」


 「いいいいやいや!これはいかんです!」

 ミカは封筒を夫人に戻そうとした。そのミカの手を夫人が止め、二人でちゃぶ台の上の封筒を右手で押さえている図ができた。そこに台所から茶器を盆に乗せた田代が登場し


 「お?封筒相撲か?」

 と茶化した。


 「黙っちょきない!」

 「黙っててください!」


 夫人とミカが同時に田代に言った。

 まあまあと田代が二人を宥め、茶を差し出したことで一旦休戦となった。

 


 「私ら老夫婦は新しい年を迎えても大したことないけど、ミカちゃんと平太くんはここで迎える初めての年やがね。きちんと迎えてほしいとよ」

 茶を飲みながら夫人がミカに言う。


 「そうそう。色々揃えるもんもあるかい、それに使うて」

 田代も笑顔でミカに言った。


 「いいんですか・・・」

 胸に現金の入った封筒を抱きしめてミカが二人に伺った。

 二人とも笑顔で頷いている。


 「ありがとうございます。大事に使わせてもらいます」

 ミカの笑顔を見て田代夫妻は安心したような表情になった。そして田代はさらに続けた。


 「それから」

 

◇◇◇


 「で、30円もろた」(もらったの意味)


 「大金じゃん!」

 ミカは自宅の風呂に入っている。

 山中家の風呂は大きな風呂釜の下から直接火を焚き五右衛門風呂スタイル。

 11月末、外気もかなり冷え込むこの季節は風呂の湯もすぐに冷める。

 仕事から帰ってきた平太が1番風呂をもらい食事の後ミカが風呂に入るが、その頃には追い焚きしなければほぼ水の温度に戻る。

 平太は風呂の外側から薪をくべて火を焚いている。換気のための隙間からは湯気が立ち昇っていて湯の温度も上昇している様子だ。


 「湯加減どう?」

 平太がミカに聞く。


 「ちょうどいいわ。それでね平太。田代さんが平太を借りたいって言いよった」


 「僕を?何か作業があるのかな?」


 「うん、牛舎を建て直したいんやって。それで、平太がお世話になっている親方に頼んでくれんやろうかって」

 平太はそれを聞いて涙が出始めた。


 「平太?」

 声が聞こえなくなった平太が気になり、ミカは風呂釜から外の平太に声を掛けた。


 「う・・・」


 「え?平太泣きよると?」


 「う・・・うう・・・うれしいんだよ・・・親方喜ぶだろうなと思って。親方は大工だから。今は瓦礫の撤去作業が多くて壊してばかりだから。すごく喜ぶと思う」

 涙ながらにそう話す平太をミカは


 ──そうやってすぐに人の優しさがわかる平太も、とんでもなく優しいわ


 と思った。すると胸が暖かくなった。


 「今度田代さんにきちんとお礼しにいこ」

 平太もうんと答え、涙を拭いて鼻をすすった。



参考文献

鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」

国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」

鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室 

社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事

廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像

みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか

NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌

Yahoo!JAPAN 宮崎県の空襲被害 -未来に残す戦争の記憶

永岡書店 今井國勝、今井万岐子著 よくわかる山菜大図鑑

渡邉一弘著 宮崎神宮「日誌」に見る昭和二十年

鉱脈者 うどん

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