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1945年、あの日のそよかぜ  作者: 乃土雨


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14 月見うどん

 10月18日木曜日

 平太は18時頃帰宅した。自転車を小屋の横に停める時、玄関の横に小さな台が置かれていることに気がついた。

 

 「ただいまー」

 小屋に入って、平太はミカに


 「ねえミカ。外に置いてる台は片付けないの?」

 と聞いた。


 ミカは土間でショケ(竹編みのカゴ)に蒸したからいもを乗せている。


 「よし。あ、おかえり平太。台はこれから使うとよ」

 と言うとからいもを綺麗に積み上げたショケを持ち上げてゆっくり外に出た。からいもが崩れないようにカゴを台に載せる。


 「平太ぁ、ごめん。土間に置いてる花瓶取って」

 ミカから言われ、平太は土間を見渡す。すると先ほどミカが作業をしていた辺りにそれらしいものを見つけた。


 「ああ、これは」

 そう言うと平太は花瓶をミカに渡した。

 花瓶には1本のススキが飾られていた。


 「今日は十五夜なんだね」


 「うん、今日は旧暦の9月13日、中秋の名月よ」


 本来は、萩、のぎ(これはススキのこと)、しば栗、おみなえし等をいけ、一升枡にからいも、里芋、柿などを盛り他に焼米、豆腐、焼酎等をセキムン(箕のこと)に乗せて月に供えた。


 「平太、今日はお月見どろぼうが来るかいね」

 ミカがニコニコして平太に言った。


 「え⁉︎泥棒⁉︎どどどどうしよう」

 平太が慌ててキョロキョロと辺りを見回した。


 「あはは。ほんとの泥棒じゃないが」


 お月見どろぼうとは、子供が十五夜のお供物をもらいに各家庭を回る風習のことだ。子供は月の遣いとみなされて、月の遣いからお供物を盗まれると豊作になると考えられていた。全国的に見られる風習で、この辺りの子供たちも、3〜4日も前から竹ひごで槍や弓を作ってお供物の芋を突き刺して盗む練習に明け暮れていた。


 「この前もらい風呂で来た沢口さんとこの信良くんが来るって言いよった」


 「なんだ、子供たちがお供物をもらいに来るってことだったのかぁ」


 「うん。私も今日信良くんの弓の練習に付き合ったけど、まあ刺さらん刺さらん。ありゃ芋盗むのも一苦労やわ」


 「豊作のために、頑張って盗んでもらわないとね!」


 「なんか変な感覚やけど、今日はしっかり盗んでもらわんと。さ、お風呂沸いちょるから先にはいってしもて」


 「はーい」

 平太は家に子供たちが来ることが楽しみで、ニコニコしながら風呂に向かった。


 ◇◇◇

 

 平太が風呂から上がり、居間に上がる踏み台に腰掛けた。


 「もう来るかな」

 平太が土間で夕飯の準備をしているミカに聞く。


 「なんで平太がソワソワしちょるとね。んーそうやね・・・あと30分くらいやろか。ここは集落からちょっと離れちょるかい、来るまでに時間がかかるやろうし」

 ミカが丼に出汁を入れながら言った。


 「はい、夕飯にしよ」

 ミカが丼を両手に持って振り返った。


 今日の夕食

 月見うどん


 「おー、うどん」

 平太がミカから丼を受け取ってちゃぶ台に並べた。


 「生卵をのせて月見にした」


 「十五夜にピッタリの夕食だね」

 二人は手を合わせた。

 「いただきます!」


 平太が出汁を飲む。

 「うまい!この前のそばの時も思ったけど、いりこ出汁がかなり効いてるよね」


 「この辺の出汁の特徴やと思う。私はこれで育ったかい、この味が当たり前やけど、よそでは昆布と鰹節、あとドンコの出汁やったりして、いりこの魚臭さが苦手って人もおるみたいやね」


 「魚味をかなり感じるよ。そして麺。柔らかいんだね」


 「ああ、そやね。それもこの辺のうどんの特徴か。ほんと私はこれが普通のうどんやけど、よその人からしたら箸で麺を持ち上げて切れるくらいやわい麺は違和感あるみたいやね。井戸川におった頃は県外のお客さんもよく家に来よって、だいぶその話は聞かされたわ。うどんがやわいって」


 宮崎市周辺のうどんは麺が柔らかい。

 これについて起源は諸説あるが、1913年創業のうどん店は創業当時すでに麺は柔らかかったという。

 1932年創業のうどん店はより明確に起源があり、農作業のかたわらうどんを提供していた創業者が、市場で働いていた客から、急いで食べたいとの要望を受け、それまで強力粉で作っていた麺を中力粉で作り柔くしたというものだ。

 いずれにしても、これは宮崎市周辺の話で、鹿児島に近い都城や、大分、熊本に隣接している県北地域ではまた違ったうどんのスタイルになる。


 「途中で生卵を解くと、また風味が変わって美味しい。優しい味になるなぁ」

 ミカはそう言う平太を怪訝そうな表情で見つめる。


 「お月様を解いてどんげするとね。黄身は解かんで残して最後に飲み込まんと」

 卵を解く解かないも人によって流派ががあるのだ。


 「絶対解いたほうが美味しいって」


 「いや、解かん」


 何かと息の合っている二人だが、こういったところの好みはとことん合わない二人なのだった。


◇◇◇


 「こんばんはー」

 うどんを食べ終わり、囲炉裏の前で二人が一息着いた頃その声は聞こえた。


 「わ!来た!来たよミカ!」

 慌てる平太。


 「じゃかいなんで平太が慌てるとね。ほら、戸を開けんね」

 ミカに言われて、平太は嬉々として戸を開けた。


 「はーい、いらっしゃい!」

 戸を開けた先には3人の子供が立っており、5歳の信良が最年少で10〜12歳頃の男の子が二人いた。


 「おそなえものください」

 信良が平太に言う。


 「うん、どうぞどうぞ」

 平太を見上げて一生懸命に話す信良のことが平太は可愛くて仕方がない。


 「こんばんは、信良くん」

 平太の後ろからミカがひょこっと顔を出した。


 「あ、みかねえちゃんこんばんは」

 知った顔を見て信良が笑顔になる。


 「ねえ信良くん、せっかくやし竹ひごの弓矢で刺して取ってよ」

 ミカがニコニコ笑って信良に提案する。


 「だめよミカさん、信良はよそでも挑戦したけど全然刺さらんかったもん」

 一番年上と思しき少年がミカに言う。


 「わからんわ。うちじゃ刺さるかもしれんし。ささ、やってみよ」

 と言ってミカがお供物から1メートルほど離れたところに信良を立たせた。


 信良は竹ひごで作った弓と矢を構えた。狙いを定め矢を放つが、矢を持つ右手も少し前に出す癖があり矢に力が加わらずお供物手前で矢が落ちる。

 諦めムードの信良にミカが近づき


 「矢を飛ばすんやなくて、弓を弾いて音を鳴らす感覚よ」

 とアドバイスした。


 「オレもずっと言いよるとよ」

 と少年二人も口々にミカに伝える。


 ミカは17歳。


 平太よりも少年たちとの方が年の近いミカは、子供たちと一緒になってはしゃいでいる姿が似合う。

 その様子をみて、平太はなんだか嬉しさが込み上げてきた。


 それは、先の大戦で大敗を喫したこの国における逞しさだったり、未来への希望だったりそういったものの象徴としてミカや少年たちの笑顔があるのではないかと思ったからだ。


 信良が矢を放つ。

 放たれた矢は力強く的であるからいもに向かって飛んでいき、見事に突き刺さった。


 「やったー!」

 平太が大きな声で喜んだ。

 良い歳の大人が両手をあげてはしゃいでいる姿を見て、少年たちや信良も一緒になって大きな声を出して喜ぶ。


 「はしゃぎすぎやが平太」

 ミカが呆れて平太を見る。


 「なんか。なんかすごく嬉しくてさ」

 両手をあげて喜ぶ当たり前のことが人目を気にせずにできることがこの上なく幸せに感じる平太なのだった。


 秋の空には大きな満月が輝いていた。




参考文献

鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」

国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」

鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室 

社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事

廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像

みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか

NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌

Yahoo!JAPAN 宮崎県の空襲被害 -未来に残す戦争の記憶

永岡書店 今井國勝、今井万岐子著 よくわかる山菜大図鑑

渡邉一弘著 宮崎神宮「日誌」に見る昭和二十年

鉱脈者 うどん

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