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1945年、あの日のそよかぜ  作者: 乃土雨


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15/33

13 どんぐり

 10月13日土曜日


 平太は14時頃帰宅した。本日の仕事は午前中で済んだ。


 「ただいまー」

 小屋の入り口付近に自転車を停める。

 いつもならミカの声が聞こえるはずだが、小屋にミカはいなかった。

 

「あれ?どこ行ったのかな?さっき田代さんの家の前を通った時には、田代さんのところには来てないって言っていたし・・・山菜取りに行ってるのかな」


 ミカを探しに山を目指した。最近山歩きをしていなかったため、山道の開拓、整備も兼ねてショベルを持って出た。

 10分程山道を登ると、ガサッと低木が揺れる音がした。音の方を向くと


 「あ、おかえり平太」

 ミカが竹網のカゴを腰に巻いて現れた。


 「ただいま。やっぱり山菜を取ってたんだね」


 「ふふーん」

 ミカが得意げにカゴを腰から外して中身を見せる。


 「あ、これ」


 「そう。どんぐりよ」


 超がつくほどポピュラーな木の実。どんぐり。

 現在ではどんぐりを食材として考えている人は少ないだろう。

 だが、どんぐりも立派な食材であり縄文時代には食されていたという文献やネット記事などを見かける。

 縄文時代・・・かなり昔・・・


 縄文時代は農耕を行っていなかったためにどんぐりは貴重な食材だったであろう。

 その他にどんぐりを食す例として岩手県の郷土菓子にしだみ団子があり、その原料はどんぐりだ。

 また縄文文化を体験するレクリエーションの一環でどんぐり団子やクッキーを作って食べる例はある。

 現代では豊富に食材もあり、どんぐりを食べずとも生きていけるようになった。

 

 1945年当時もどんぐりを食材にしていたという記録はない。


 「平太、どんぐり食べれるの知ってる?」


 「聞いたことはあるけど、食べたことはないな」


 「そうやっちゃ。私はね。あるよ食べたこと」

 得意げにミカが言う。

 ミカ(小夜)の母はミカが幼い頃、野掛け(ピクニック)の際にはお菓子を持参した。

 そのお菓子の中にどんぐりの焼き菓子があった。

 当時は砂糖等も配給制ではなかったので、焼き菓子も甘くて美味しかった。


 「お母さんが作ってくれたことがあって」

 ミカが自分の過去を話したあの日以来、肉親の話をするのは初めてだった。


 「そっか。よし、じゃあ僕もどんぐり集めるの手伝うよ。それで、どんぐりの焼き菓子を作ろう」

 平太が笑ってミカに言った。


 「うん、ありがとう。でも焼き菓子は砂糖がないと美味しくないから、今回は作らん」

 残念と平太が言って肩を落とした。


 「あはは。平太にはどんぐりのみそ汁作っちゃるわ」

 とミカが笑って平太をからかった。


 「おー、美味しいかもね」

 とまんざらでもない態度の平太なのであった。


◇◇◇


 「あ、この辺たくさんあるね」

 ミカと平太は小一時間ほどどんぐりを集めている。先ほど、ようやくどんぐりの群生地を見つけたところだ。


 「どんぐりの幼木もあちこち生えちょるね」


 「ほんとだ。どんぐりの大家族だ」


 「よし、だいぶ集まったしこの辺でちょっと休憩しようか」

 ミカと平太は木の根元に腰を下ろした。


 秋の夕方。


 そよぐ風。


 なびく草木。


 遠くで聞こえる鳥のさえずり。


 平太は目を閉じて鼻から大きく息を吸い込んだ。

 そしてゆっくり吐きながら目を開けた。


 「山の香りがする」

 と平太が言った。


 「土の匂いやろうかね。私好きや。この匂い」


 「うん、僕も。時々思うんだ。以前のことを思い出せないから、僕がどんな生活をしてたのかわからないけど、僕はここでの生活が性に合ってる。森に入って山菜を取って、毎日毎日食事に感謝して。夜はミカと笑って過ごして。ぐっすり眠って朝を迎える。充実してるよ、すごく」


 平太の声からも、いかに今の生活に満足しているかが伺える。


 「そうね。よかったよかった」


 ミカは日々、平太の記憶が戻るかもしれないと思いながら生活していた。

 戻ればもちろん喜ばしいことなのだが、この頃ミカは平太に記憶が戻ることを不安に思っていたのだ。

 平太の言うとおり、それほどまでにミカの生活にも平太はなくてはならない存在になっているのだった。


 今しがた、平太の言葉を聞いて、ミカは将来に不安を感じるのはよそうと思った。


 ──いつまでこの生活が続くかわからんけど、神様が許してくれてる間は今の生活をしっかり楽しもう。


 バキッ


 「ん?平太何しよると?」

 平太は落ちていた石を使って、どんぐりの殻を割った。


 「どんぐり、食べてみようと思って」

 綺麗に割ったどんぐりの実を平太は口に入れた。


 「あ・・・それは・・・」


 「うん、いや生でも結構いけゔぇえぇぇえええ」

 たまらず吐き出した。


 「平太ぁ、それはナラのどんぐりよ」


 どんぐりはブナの木の仲間でたくさんの種類があるが、大きくナラ類とシイ類に分けられる。

 シイ類のどんぐりは細長いものが多く、アクがなく生でも食べられる。

 が、ナラのどんぐりは丸いものが多くアクが強いためとても生では食べられない。


 「ほらほら、全部吐き出した?家に帰って口濯ぎない」


 「ゔぇえぇぇぇ、し・・・舌が・・・」

 二人が急いで小屋に帰った。


◇◇◇


 「はああ、渋すぎてどうなるかと思ったよ・・・」

 口を濯いで、水を飲み平太は安堵の表情を見せた。

 

「もう、平太は仕方ないねぇ。ちょっと待っちょきない」

 ミカは鍋に選りすぐったどんぐりを入れ、煎り出した。


 しばらくすると、実が乾燥して皮が割れてきた。煎ったどんぐりを皿に移し冷まして皮を剥いた。


 「ほれ」

 と右手の平に剥いたどんぐりを乗せて平太に差し出した。


 「えぇ、これどんぐりでしょ?また渋いんでしょ?」

 平太は少しどんぐりがトラウマ気味だ。


 「これはシイの実。だから大丈夫」

 ミカは差し出したシイの実を自分が食べてみせた。

 その様子を見て平太も恐る恐るシイの実をミカの手の平から取って口に入れた。


 「ん!うまい!」

 煎ったことで香ばしさが増し、素焼きのナッツのような風味になる。


 「これなら食べられる。ありがたい」


 「いや、平太がなんでも口に入れるからよ。子供と変わらんが」


 「あはは。気をつけるよ」

 平太はシイの実のおかげですっかり笑顔になった。


◇◇◇


 二人とも入浴を済ませ、寝床の準備をする。


 「ん?ミカ、何してるの?」

 ミカは土間からショケを持って囲炉裏の横に置いた。中にはどんぐりが入っている。


 「寝るのはまだ早いかい、どんぐりの皮を剥いとこうと思って」


 「手伝うよ」


 「ありがと」

 秋の夜長、ミカは何か手仕事がしたくて昼間にどんぐりを拾ったのだった。


 「これはコナラ、で、これはカシワのどんぐり」

 ミカがどんぐりを手でつまんで、平太に一つ一つ種類を教える。


 「え、カシワ?カシワってあのカシワ?」


 「そう。柏。柏もブナの仲間で、葉っぱは柏もちを包むのに使う」


 「へえ、カシワもどんぐりなんだ」


 「もう一回言うけど、ナラのどんぐりはアクが強いから生で食べたらダメよ。こうやって皮を剥いて、重曹を入れた水に浸す。水を何度も入れ替えながらアクを抜いていく。それでようやく食べれるようになる。あとは細かく刻んだり、すりつぶしてどんぐり粉にする」


 「粉にしておくと、お菓子作りには重宝しそうだね」


 「うん、今度白玉粉が手に入ったら、混ぜて団子にして食べよう」


 「楽しみだなぁ。どんぐり団子」


 「きな粉も準備せんといかん」


 「え?だんごはみたらしだよ?」


 「いやいやきな粉やろ」


 「あははは。みたらしだよ」


 「あんこは粒あんよね?」


 「あははは。こしあんだよ」


 「目玉焼きには醤油よね?」


 「あはははは。塩胡椒だよ」


 「いちいち笑いを入れるな平太!」


 「あはははは」

 今夜も相変わらず賑やかな秋の夜となった。



参考文献

鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」

国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」

鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室 

社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事

廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像

みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか

NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌

Yahoo!JAPAN 宮崎県の空襲被害 -未来に残す戦争の記憶

永岡書店 今井國勝、今井万岐子著 よくわかる山菜大図鑑

渡邉一弘著 宮崎神宮「日誌」に見る昭和二十年


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