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1945年、あの日のそよかぜ  作者: 乃土雨


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10 三兄妹

 ミカは茶葉を入れた急須に熱湯を注ぎ、二人分の茶を淹れ、湯呑みを平太に渡した。


 「ありがとう、あのミカ」


 「いいから」

 ミカが平太の言葉を遮った。

 ミカは湯呑みの中の茶を見ている。


 「ちょっと前ね。久しぶりにお姉ちゃんの夢見たっちゃわ。

 その時なんとなく、平太に話さんといかんような気がしちょったとよ。

 お姉ちゃんがちゃんと話すように仕向けたんかもしれん。そういうとこきちっとした人やったかい」

 平太はまっすぐミカのことを見ている。

 

 「いいの?僕が聞いても」

 

 「ちゃんと話せるかわからんよ?でも、平太には聞いてほしい。私の・・・

 

 井戸川小夜のこと」



 1928年9月28日金曜日 夜更け

 井戸川家に女の子が産まれた。

 夜に生まれた子なので名は小夜とした。

 兄将吾11歳、姉朝子9歳の時だ。

 歳の離れた妹の誕生を姉の朝子は大いに喜んだ。余りの嬉しさに小学校では授業に身が入らず成績が下がってしまったほどだ。

 学校から帰るとすぐ

 

「さよー。ただいま」

 と大きな声で帰宅を告げ、その都度小夜は体をビクつかせて目を覚ましていた。

 だが、不思議と朝子の声で起こされて泣くことはなかった。


 朝子は野原が好きだった。

 わがままを言って、やっと話せるようになった頃の小夜を連れて野掛け(ピクニック)に行きたいと母にせがんで休日の度に野原へ出かけた。

 そして母から教わった野草の知識を自慢気に小夜に言って聞かすのだった。


 母は山育ちで、山野草のことをよく知っていた。

 優しく3兄妹を見守る良き母だった。

 

 野掛けの際には決まってお茶菓子のバスケットを持って出かけ様々な山菜野草のお菓子や漬物を野原で食べた。

 よく食べたものは小麦粉と卵を練ったものを焼いたヤキダゴにキイチゴのジャムを塗って食べるお菓子。朝子はこれが大好物だった。

 

 小夜が3歳になった年、朝子は母や家政婦に内緒で小夜を野原へ連れ出した。

 朝子12歳。尋常小学校でも最高学年であり、いつも母と行っている野原であったため大概なことには対処できると自信があった。

 

 「ねえ小夜。これ見える?」

 次々に野草を見せては、その名を小夜に伝える。

 小夜の前を歩き、時には早足になったり駆け回ったり。朝子は楽しくて仕方がなかった。


 小夜の呼吸はどんどん荒くなっていった。


 「お・・・おねえちゃ・・・」


 「小夜、これはねー」

 朝子が振り返ると、小夜が野原に倒れ込むところだった。

 「小夜!」


 「くるしい・・・」

 朝子が近寄ると、小夜はぜえぜえと変な呼吸をしており、唇は真っ青になっていた。


 「大変じゃ!」

 朝子は小夜を抱き抱えて急いで家に帰った。


 家は大騒ぎとなり、急ぎ呼ばれた医者から小夜は心臓に疾患があり過剰な運動はしないよう告げられた。

 父親から厳しく叱責を受け、憔悴した朝子はそれでも小夜の寝ている枕元に行き、小夜に泣いて謝った。

 まだ苦しそうな呼吸で小夜が


 「おねえちゃん、またのはらにつれていってね」

 と話しかけたが、朝子は答えずにただ泣いているだけだった。


 それから、朝子は小夜と遊ぶ時は決して家から出なかった。

 

 「おはなのはなしがききたい」

 と小夜から言われれば、小夜を自室に連れていって植物図鑑を見せて説明をした。


 小夜は幼いながらに、自分の体が弱いことで朝子が大好きな野原に行かずに家にこもっているのだと感じていた。 朝子と一緒に遊んでいられるのは良かったが、以前のように笑わなくなった朝子のことを気にかけていた。


 それから2年経ったある夏の夜


 「朝子、小夜。さあ出かけるよ。準備をしなさい」

 夕飯もそこそこに、兄の将吾が席を立ってそう言った。

 井戸川家の食卓はテーブルに椅子の洋式スタイルだった。

 朝子も小夜も顔を見合わせた。


 「まあ将吾さん。どこに行くのです、こんな刻限に」


 「今日は縁日でしょう。大丈夫です母様。二人は僕が見ますから」

 浴衣の裾を直しながら将吾が母に言った。


 「ダメだ将吾。子供だけで外を出歩くなんて危ない。それに小夜は」

 父が将吾の行動を止めようと話しかけた。

 小夜は、また自分の体調のせいで兄姉の行動に制限がかかるのかと気が重くなった。


 「大丈夫です父様」

 将吾は父の言葉を遮った。


 「僕も16。井戸川を継ぐためにこの春から働かせてもらっています。一人前とは言いませんが、子供ではありません。それに、実は今夜取引先の社員が神輿を担ぐそうです。是非見にきてほしいと言われておりまして」

 将吾のあまりにまっすぐな視線に父も折れ、3人は近くの神社に向かった。


 小夜は嬉しかった。

 右手を兄に、左手を姉に握ってもらい神社まで向かう夜道は、二人の笑顔が溢れており小夜も幸せな気持ちになった。


 「朝子、あれ買わないか」

 将吾が朝子に聞いた。将吾の目線の先にあったのはいもあめの出店だった。


 「兄さんもう子供じゃないっちゃないと?」

 朝子が怪訝な表情で将吾を見る。

 将吾は慌てて


 「ば・・・ばか。小夜にだよ」

 と言い訳をした。


 将吾から手渡されたいもあめを朝子が受け取る。そして将吾は小夜にもいもあめを手渡す。

 3人で同時に口に入れた。


 「あまーい!」

 小夜は初めて食べたいもあめのおいしさに仰天した。

 小夜の様子を見て、兄姉も笑っていもあめを頬張り、交互に味の感想を言って、また笑った。

 神社の参道の外れにある低い石垣に座って、出店のものを食べた。


 「兄さん、もうとっくに神輿は終わっちょるわ」

 朝子が将吾に聞く。


 「ああ、あれは嘘だよ。取引先の神輿なんてあるのかどうかも知らないよ」

 将吾は笑って朝子と小夜を見る。


 「やっぱり。なんか怪しかったとよね。ねえ小夜」


 「わかんなかった。しょうごにいちゃんうそがうまいわ」


 「ははは。小夜。それ褒めてくれてるのか?」


 「褒めてる訳ないわ。・・・どうしたと?急に出かけるなんて」


 「ずっと二人のことが気にかかっててさ。小夜が倒れた日から朝子は表情暗かったし、そんな朝子に小夜が気を遣っているのも、見ていてずっと胸が苦しくて。子供だけで出かけられたら、少しはお互いに気兼ねなく過ごせるんじゃないかと思って」


 「兄さん・・・ありがと・・・」

 兄の優しい気遣いが嬉しくて素直に礼を言った。が、言ってみて恥ずかしくなり


 「家に帰ったら父様からやけらるる(怒られる)わ。そんな嘘までついて」

 照れ隠しに怒ったような表情で将吾に言った。


 「大丈夫だよ。こう言っちゃなんだけど、僕はあの人の望むとおりの長男だ。

 口答えもしないし、井戸川を継ぐためと言われれば勉強もスポーツもなんでも一番になった。一番になるまで頑張った。

 それにほら。

 商売には必要だからと言われて、宮崎弁も使わずに標準語で話せるようにもなった。

 小学校に入学してからは一度だって両親に敬語で話さなかったことはない。

 父だってその努力は知っているはずさ」

 

 「それで父様が兄さんに一目置いてくださってるって思っちょっと?」


 「そうだよ朝子。だからお前も、そろそろ家では標準語で話しなさい」


 「肩凝るわ。そんな生き方」


 「僕は、妹達のためならなんでもできるよ」

 朝子は将吾の曇りのない眼差しをみていられず


 「芝居くさいこと言わんじょって」

 と言ってそっぽを向いた。

 将吾は


 「素直じゃないなぁ。お姉ちゃんは」

 と言って小夜を自分の膝の上に座らせた。

 小夜は兄と姉が何を話しているのかはわからなかったが、二人が話している雰囲気が好きで、ずっとこんな時間が続けばいいと思っていた。

 将吾16歳、朝子14歳、小夜5歳の夏の夜だった。



参考文献

鉱脈社 阿万鯱人作品集第2分冊第四巻「戦争と人間」

国富町、国富町老人クラブ連合会、国富町農業改良普及所 土とともに生きた人々の生活誌「いろりばた」

鉱脈社 滝一郎著 宮崎の山菜 滝一郎の山野草教室 

社団法人 農山漁村文化協会 日本の食生活全集45 聞き書宮崎の食事

廣瀬嘉昭写真集 昭和の残像

みやざき文庫146 木城町教育委員会編 高城合戦 二度にわたる合戦はどのように戦われたか

NHK宮崎放送局 NHK宮崎WEB特集 平和を祈る夏 宮崎市は空襲で焼け野原に 証言と神社の日誌

Yahoo!JAPAN 宮崎県の空襲被害 -未来に残す戦争の記憶

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