1話 プロローグ
「報酬は10万ゴールドですが……正直、貴方に達成の見込みはありませんよ。」
「いいから受領させてくれ。 とにかく失せ物を見つけて持ってくりゃいいんだろう! なんとかなる。」
町の一角にある冒険者ギルドで二人の男が話をしていた。 一方は受付で、もう一方の男の態度に困っているようだった。 彼は冒険者のようであるが、腰に吊っているのは剣ではなく山刀であり、鎧や兜は身に着けず、外套とブーツは安物で古ぼけていた。 冒険者と言っても勇敢な冒険譚とは無縁な、労働力を売り物にするほかないその日暮らしの手合である事が外観から見て取れた。
「ロッド……物じゃなくて人ですよ。 行方不明になった宮廷魔術師のロッド=ウチュウさんを探して貰いたいんです。でもね、既に人探しのプロに依頼が行って未だに解決されてないんですよ。」
「もう殺されたか、闇から闇の政治トラブルなのかもしれない。 受領は構いませんが、一攫千金を追い掛けるより地道に実績を積むのが貴方のためですよ。」
「そこを一介の冒険者が割り込んでバシッと解決するのが面白いんだよ。 まあ楽しみに待っててな!」
男は威勢よく証書を奪い取ると返事も聞かずその場を去った。
「あーあ……あいつ碌な事にならんな。 せいぜい他の冒険者に面倒掛ける前に戦いで死んでくれればいいが。」
実力の低い冒険者が地味な肉体労働を嫌って高額依頼に飛びつくのは珍しい事ではない。 大抵そういう怠け者は食うに困ってケチな盗みなどやらかし、お尋ね者になって山賊の一味にでもなるのがオチだ。
もっとも、簡単なクエストをこなし続けても貧困から脱出するのは難しい。 勤労と倹約に励んでなお毎日を凌ぐのが精一杯で、基本的な装備や旅道具を揃える資金を貯める事も困難だ。 もっともそれは冒険者では無くとも多くの町民がそうだ。 大きな違いは、彼らは家族や友人と支え合い、時には国の福祉の恩恵に預かる事も出来るという点だ。
世間一般に想像されるような冒険者とは、一人前のスタートラインに立てる程度の才能と資本を併せ持ち、かつそれを命がけの仕事に投じる事が出来る好事家たちだ。 学力も人脈も無くとも、己の筋肉と剣技によって未開を切り拓き大金を稼ぐ戦士……その様な偶像に憧れ、多くのはぐれもの達が冒険者を志す。
しかしその実態は、勤め人がやりたがらない低賃金で時間の掛かる仕事の請負人に過ぎない。 冒険者を名乗るのに資格は必要無いから、ギルドの斡旋した仕事を請け負う者はその日から誰でも冒険者となる。
つまり冒険者というのは資本も寄る辺も無い浮浪者、乞食、ヤクザ、脱獄囚、兵隊崩れ、ヤクザ、泥棒、詐欺師といった、都市に吸い寄せられたが居場所を作れずにいる浮草の様な連中という訳だ。
彼らがいっぱしの仕事をこなすには経験を積みまともな装備を揃えたメンバー数人からなるパーティを結成をする必要がある。
それが可能な大金があるなら恐らく彼らが仕事をする動機もなくなるだろう。 つくづくこの世はカラ手の人間が成り上がれる様には出来ていない。 抜け道の様な上手い仕事は、存在しない。
少なからぬ冒険者がそれを理解出来ないか、或いは現実と向き合うことが出来ず分不相応な仕事に手を出してはかがり火に突っ込む虫の様に死ぬ。 もしくは今よりも辛い身分に転がり落ちていく。
現実を認めある程度経験を積んで長生きした冒険者は心が鈍重になっていき、目つきや表情が特有の物に変化していく。
「おい、依頼聞いてきたぞ。 オラーネまで行って迷子をめっければ良いんだと。 これで10万なんて最高だろ?」
「……人探しで10万か……なあ、それってよっぽど難しいって事じゃないか? オラーネなんて私は行った事も無ければどんな場所かも知らないし……やっぱりこの街で地道にやっていく方が……」
「心配するな。 お前の鼻を利かせれば多分一発だから。 これ以上ここでドブ浚いを続けるようなら俺は腹切って果てる。」
「あてにされても……」
件の男がギルドを飛び出すと、入口のそばで待機していた獣人の冒険者に声を掛ける。 この二人も見て取れるように、この街のどこにでもいる根無し草の寄り添いだ。 獣人の方はやはり特有の弱気を見せているが、一方の男はどこまでも能天気で、自分の成功と明るい未来をまるで疑わない様子だ。
「宿代はどうするんだ? 私はその、特に持ち合わせてはいないのだが……」
「俺も無いよ。 とにかく歩いて行けばいいんだから食糧と水だけあれば、後は着いてから考えればなんとでもなる。」
「しかしな、オラーネがここより良いって保証は無いだろう……ようやく私達もギルドに顔が覚えられる様になってきた訳だし……」
「顔を覚えられるって本当に覚えられる様になっただけじゃねーか! 俺達はオラーネに日雇い労働者としてお引越しする訳じゃないんだぞ、10万ゴールドの仕事をしに行くんだよ!」
「……」
「日銭稼ぎなんてどこででも出来るし、もし今回が駄目でも別のデカい仕事を狙えばいいじゃんか。 とにかく腹減る前に出発しよう、飯は背嚢にしこたま詰めてあるから。」
「あっ、待っておくれよ……行くから置いていかないでくれ。」
獣人は意志薄弱で、行動の決定権を男に委ねてそれに振り回されていた。 自分の考えが無い訳ではないが、主体的に発言する気は無い様だった。 男のある種の正論に対して彼女が素直に同意出来ないのは、多くの人間に通底する亜人差別ゆえだ。
亜人に偏見を持たない男との交流は気楽で心が和らいでいったが、そういった立場の違いには無理解だった。
これでも、男と組む様になってようやく仕事がやりやすくなり生計が軌道に乗ったという実感があった。
生まれてこの方この街の事しか知らない獣人は外の土地に希望を持った事も無く、せっかく出来上がり掛けた基盤を捨てての冒険に乗り気で無いのは当然の事だった。
さて、この男の楽観主義と種族偏見の無い素直な人柄は、特有の背景による。
男は転移者だった。