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◇8

大量の本を公爵家の馬車に積み込んでもらっている間、私とモアは庶民派スイーツなる物を堪能していた。

この季節の果物であるマスカットに櫛が刺されていて、飴でコーティングされたそれは、歩きながら食べることに特化したスイーツだ。

「これは最近、庶民の間で流行しているスイーツなんですよ。なんでも貿易の盛んな港町から来た商人が売り出したらしくて、この可愛らしい見た目と味で人気になったのです。」

ニコニコと嬉しそうに教えてくれるモアも、22歳。

貴族だったら既に結婚して子供がいてもおかしくない年齢だけど、庶民は違うのかしら?

「モアは結婚はしないの?」

純粋な興味で聞いたつもりだったのだが、モアの目が潤みだす。


え?私、何か聞いちゃいけないこと聞いちゃった?

なんで泣きそうになってるのよ!?


「お嬢様は、私をクビにしたいのですか?」

思わぬ返しに、目が点になる。

「いや、全く、そんな気は、ございませんが?」

「そうですか!でしたら、私はずっとお嬢様にお仕えさせて頂きます。」


えええ?!

これ以上、この話はするなというモアの無言の圧力を察し、私は次の句を飲み込んだ。


「それにしても、今回は随分沢山の本を買われましたね?」

「ずっと古本市場に来られなかったからね。5年分まとめ買いよ。」

「…簡単に制覇していくように見える王太子妃教育でしたが、お嬢様が陰で努力されていたこと、私は知っていました。夜中に一人でダンスの練習をされていた時には、何度相手役を買って出ようかと思ったことか…。」

私の王太子妃教育は実際、簡単だったのだ。

それは座学に関してのみ…というべきだが。

元々、国王陛下の家庭教師だったマリエッタ夫人の知識の影響もあるが、『読解』の加護の影響も多分にあったと実感している。

なにせ、外国語に関しては一度聞けば覚え、通訳なしでも会話が出来るレベルにすぐに到達できた。

それでも、どうしても苦手な分野はあったのだ。

これは、きっとマリエッタ夫人も生前苦手だったのだろうと推察できるのだが。

『私は運動オンチだった。』

その上、音楽などの芸術の才もなかった。

だから、ダンスを覚えるのには特に苦労したのは言うまでもない。

自分の手足の動きもままならないのに、音に合わせるという高度なテクニックを、どう身につけたらいいのか…本気で悩んでいた。

しかし、周囲から見た私は『一度聞いたことはすぐに覚える才女』だったこともあり、どんなに苦手なダンスであれ、『出来ない』とは言い出せなかった。

「見られていたの?…恥ずかしい。」

「恥ずかしくなんてありません。私は、お嬢様もやっぱり人間だったんだって安心したくらいです。」

「え?」

「確かにお嬢様は賢く、聡明で、一度聴いたら100理解するくらい凄いのですけれど」

モアが切なそうな表情で私を見下ろす。

「お嬢様はきちんと努力が出来る人なんだと思ったら、努力した後に疲れを癒す役目を私がしようと、決めたのです。」

なんて温かい人なのだろう。

モアは没落した子爵家の長女だった女性だ。

望めば貴族子息との縁談だって叶う身なのに、馬鹿王子との婚約破棄を目論む私の癒しになろうとしてくれているなんて…。

「モアは天使ですの?」

「正真正銘’’人間’’です。」


❀-----------❀


部屋に運び込まれた大量の本を一冊一冊分類しながら本棚に収めていく。

この作業、結構好き。

学者や研究員の仕事に就けなかったら、司書とかもいいわね。


思わず鼻歌交じりで作業を進めている私に、自動的に次の本が手渡されることにふと気づく。

「あれ?」

「ん?違ったか?こっちか?」

聞き覚えのある声に振り向けば、案の定というべき第二王子の姿があった。

作業をするために令嬢らしからぬ床に座った状態の私の横で、次の本を差し出す彼に、私は固まった。

「まさか古代語の歴史録が市場で売っているとはな。」

固まっている私には気にも留めず、手元の本をパラパラと確認している。

「ラ・・・ラカーシュ殿下?!なぜ?!」

ここに居るのでしょうか?という私の言葉は宙を舞い、後ろで笑いを堪えている兄に一蹴された。


「最強の協力者を連れてきた。」

「協力者?ですと?」

「まあ、私が悔しがる顔を出来る自信はないが、協力せざるを得まい。」


兄は第一王子と私のことを第二王子に話したことが、一気に理解できた。

あ!朝のお兄様の台詞!!

「お忙しいラカーシュ殿下にご足労頂くなんて・・・」

「今、王城で一番忙しいのはユーステス殿下だから大丈夫だろう?」

あっけらかんと答える兄を睨みつける。


確かに学園入学前の第一王子はその準備やら何やらで忙しいことは確かだろう。

とはいえ、この国の王子には変わらない第二王子が忙しくないとは誰が言えよう。


「兄の目を欺く為にも、私は遊んでばかりいる風にした方がいいらしい。」

淡々と話す第二王子の後ろで、彼の従者らしき人物が苦笑いをする。


ああ…なるほど。

やっと王子教育を終えた第一王子のやる気を阻害するわけにいかないという、王城内の忖度が働いたということね。

確かに、馬鹿王子のことだから、第二王子は遊び惚けているように見えた方が、王太子の座を狙っていないように見える。

『ラカーシュは私に恐れをなして逃げてばかりいる』

声高らかに言う第一王子の姿を思い出して、何ともいえぬ苦いものが漏れた。


「ラカーシュ殿下は次期国王になりたいのですか?」

「いや、全く。」

私の質問に、間髪入れず答える彼の言葉に嘘はない。

嘘はないが…

「だが、今のユーステスでは国を任せられないのも事実だろうな。」

事と次第によっては、次期国王になる覚悟があるということね。


「お茶を淹れます。あちらにお掛けになってくださいませ。」

流石に第二王子をいつまでも床に膝をつかせておくべきではないと、私は声をかける。

立ち上がった第二王子が、私の目の前に手を差し出してきた。

「え?」

「お茶を淹れてくれるんだろう?」

こういう所は、やはり王子様なのよね。

綺麗な所作でスマートに私をエスコートしようとしてくれる。

彼の手に、自分の手を乗せれば、ぐいっと引き上げられ、あっという間に立たされてしまった。

「王都で月二回開かれる古本市場には、毎回掘り出し物が出回ります。機会がありましたら、一度足を運んでみるべきかと思いますわよ。」

「ああ、そうしてみるよ。」


❀-----------❀


「この国が戦争になると?」

「決定事項ではございませんが。」

「理由は兄弟喧嘩だと?」

「決定事項ではございませんが。」

「私が隣国の男爵令嬢と結婚すると?」

「決定事項ではございませんが。」

無表情の第二王子とのこのやり取り、既に3回目だ。


あくまで物語の内容であって、決定事項では決してないのだ。

それでも、何度も聞いて来る第二王子には、何か考えがあるのだろうか。


「なんだろうな・・・この感情は。」

「へ?」

「ラカーシュ殿下、こういう時に一番しっくりくる言葉は『ムカつく』ですよ。」

無表情に呟く彼に、何てことを言っているんだ、私の兄は!

「ああ、そうか。これがムカつくか。…うん、そうだ。ムカつく。」

いや、納得するんかーい?


前から思っていたが、ラカーシュ第二王子は素直な性格なのだろう。

その上、感情に疎いとも言える。

普段、こうして接していると、相手の本心が手に取るように分かる私でも、彼の本心は掴めない。

それは、彼には裏がない証拠とも言えるのだろう。

5年前私に嘘を吐かないと言ってのけた兄とはまた違う、安心感が彼にはある。

「あくまで物語ですから、色々似ている状況等があったとしても、実際に起こるとは限らないわけで。」

私は再度’’決定事項ではない’’と強調する。


「隣国、ガーネシア共和国のとある令嬢は魔術に長けた異彩だと聞く。齢は13、セイドリックも聞いたことがあるのではないか?」

突如話を振られた兄が、頭を掻き、仕方なさそうに答えた。

「数年前、婚約打診があった令嬢だ。国王陛下から隣国との和平を保つためにも婚約をしてくれないかと言われた。」

「魔術に関してはガーネシア共和国より、我がパレイスティ王国の方が研究が進んでいるからな。ガーネシア共和国からしたら、我が国の知識と技術が欲しいのだろう。」

知らなかった。

婚約に全く興味がない兄に、そんな話があったなんて。

「あれ?リリーは大好きな兄様の婚約話にショックを受けちゃった?」

黙り込んでいた私に隣に座る兄が、ふざけた調子でちょっかいをかけてきた。

「まあ、ショックと言えばショックでした。まさかお兄様の婚約者候補が他国にもいたとは…私も第一王子と婚約関係になければ、他国の貴族子息との婚約話が浮上していたのですね?そしたら、馬鹿王子のいない国で穏やかに過ごせる未来があったのかと思うと…悔しいですね。」

「君は他国には渡せないだろう。」

第二王子から至極ごもっともな返しを頂いた。

ええ、そうですね。

この国の女傑マリエッタ夫人の転生者である私が、この国の国家機密的存在の私が、他国に嫁ぐなんて未来はあり得ないのです。

「夢を語っただけです。」

ぶうたれた顔で睨みつければ、彼は少しだけ口元を緩ませた。


「で、お兄様との婚約はされなかったということは、そのご令嬢は今は誰と婚約されたのでしょうか?」

私の疑問に、第二王子は小さく息を吐くと

「ガーネシア共和国第二王子であられるシューリッツ王子殿下だ。」

んんん?

本の中で、主人公の男爵令嬢に婚約者はなかったように思う。

「じゃあ、やっぱり私たちとは無関係な物語ですね!」

「シューリッツ王子殿下は余命幾ばくもない病床の王子だ。」

・・・。


なんてこと?

そういえば、聞いたことがあるわ。

隣国ガーネシア共和国には100年に一度流行する大病があるという話を。

もしや、その病気が原因?

というか、そんな死にそうな王子に婚約者なんてつける?

どうなっているの?ガーネシア共和国!?

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