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◇4

パレイスティ王国の第一王子である、ユーステス・ミハイル・パレイスティ殿下と婚約をして3年が経った。

お茶会の半年後から始まった王太子妃教育も、歴代類を見ないスピードで終わらせていく私の噂は、王国中に知れわたっていた。

マニエッタ夫人の転生者である私には、当然のことだったのだが、流石に8歳の少女が厳しい王太子妃教育を簡単にこなしていくことは、あり得ないことにも思われた。

『以前より王太子妃教育の質が落ちたのではないか?』

そんな噂も流れ始めている今日この頃、月に一度の婚約者とのお茶会の席で、まさかの婚約者から疑いの目を向けられることとなった。


「ふん。ハロイエッド侯爵家に配慮して簡単なものになっているらしいが、そんなんで国母と言われる王妃の座を狙えると思っているのか?私が思っていた以上にハロイエッド侯爵家は小賢しい血筋のようだな。」

話題の出所は貴族たちの噂話だということが容易に想像つくが、そんな噂話を真に受けて本人に嫌味を言う王子こそ、国王の器だとお思いでしょうか?

そんな言葉を飲み込み、私は小さく息を吐く。


マナー教育で身に着けた所作と、王太子妃教育で身に着けた受け流しを実践しつつ、どう答えようかとふと考える。


そういえば、王子教育にて第一王子は第二王子にギリギリ勝っている状態ではなかったかしら。

剣術は才能があるので置いといて、他の座学や魔法学については第二王子の忖度が働いているとのことだった。

以前、兄もラカーシュ殿下は『わざと平均点を取っている』と言っていたっけ。

そんな弟に気を使われている事実すら、この人は気付いていないのでしょうね。


「そんなにお疑いでしたら、一度王子教育に同席させてください。流石に何年も勉強されている殿下たちには敵いませんが、一つ二つでも理解することができましたら、認めてくださいますでしょう?」

あくまで王子たちを立てつつの提案に、第一王子は何を思ったのかニヤリと笑って答えた。

「それはいい案だ。お前がラカーシュより賢ければ、あいつの悔しがる顔が拝める。」


ラカーシュ殿下の悔しがる顔ねえ・・・。

そんなものは、多分見れないわ。


単純に、王子教育の内容が気になっての提案だったのだが、こうも簡単に了承を得られるとは。

当日は気を引き締めよう。

王子たちより’’ちょっと劣る’’くらいの立ち位置を狙わなきゃいけない。


「ところで、殿下に質問があるのですが。」

私の質問というワードを、さも興味なさげに王子は返事をする。

「なんだ?」

どうせくだらない質問なのだろうと決めてかかっている。

確かに、本来の私からしたらくだらない質問なのだが、敢えて口にするのだ。

それもこれも、『第一王子に気に入られる努力』の為に。

「殿下の…好きな女性のタイプをお教え願えますか?」

メイドのモアから特訓を受けた上目遣いを駆使して、自分で言っていても吐き気がする言葉を発する。

その質問はどうやら上手くいったようで、つまらなそうにしていた目の前の彼の目が大きく見開かれた。


『いいですか?お嬢様。男っていうのはですね、可愛く上目遣いで貴方の事を知りたいと言えば、大抵は靡くものなのです。男は単純なのです。』

鼻息荒く教えてくれたモアの言葉を信じてはいなかったが、どうやら本当だったのかもしれないと今、実感した。


第一王子は13歳。

確かに思春期と呼ばれる年頃の男の子は、女性に興味を抱きだす頃だと本にもあったっけ。


「・・・殿下?」

「ああ、好きなタイプだったか?・・・そうだな・・・。」

第一王子は考えるように空を見たかと思うと、次に私のことをじろじろと見つめてきた。


「胸が大きい女だ。」


・・・やっぱり、馬鹿は嫌いだ。



❀-----------❀



8歳の子供に『胸が大きい女性が好きだ』と言ってのけた婚約者ってどうなの?

子供体形の私にはない凹凸を求める発言に呆れを覚える。


婚約破棄まであと2年。

これなら、すんなりと破棄にこぎつけそうだ。


この3年間。

私は彼に気に入られるように振舞ってきた。

馬鹿でプライドだけは高く、暴力的で短絡的な第一王子を満足させるのは、どう足掻いても無理だが、彼の『暇つぶし』程度の立ち位置にはなったと思う。


兄には真面目に王太子妃教育を受ける必要がないのではないかと何度も言われたが、真面目に受けているつもりはなく、ただ、王城にある図書室の利用権が得られることに喜びを感じて今がある…それだけだった。


ある程度の書籍は前世の記憶もう含め、読みきった。

マリエッタ夫人の趣味が読書だったことが功を奏したというべきか、彼女が生きていた時点までの本は読んでいた為、その後の最近の物を中心に読んでいたのだが…それももうゴールが目の前だ。

あと、読んでいない物と言えば・・・苦手な分野の物だけだ。


そんなことを考えながら、城の従者に連れられて到着した部屋の前で、従者にお礼を述べて別れる。

今日は王子教育に参加させてもらう日だ。


授業が始まる随分前に到着したため、きっと誰もいないと思って開けたドアの先には、見慣れない黒髪の男の子がいた。


彼はこちらを見るなり、ペコリと頭を下げ、また手元の本に視線を移した。


黒髪に青い目・・・。

「ラ・・・ラカーシュ殿下!?こ・ここ・・・この度は、お邪魔致します。」

予想外の人物の予想外の登場で(…あ、登場したのは私か?)気が動転してしまった。


どもったし…恥かしいわ。


「ぷっ」


へ?


熱くなった顔を隠すように下を向いた私の耳に届いた、彼の吹き出す声に顔を上げる。


え?笑ってる?


下を向いたまま肩を震わせ、声を殺して笑う彼に呆然としていると

「悪い、聞いていたより8歳児らしかったから・・・ふふ。」


なんと、笑わないと有名な第二王子の笑顔を見てしまった。


私は生まれて初めて第一王子の存在に感謝した。


とりあえず、空いている席に腰を下ろし、読みかけだった本を取り出す。

その様子を見ていたらしい第二王子がふいに口を開いた。


「魔術による戦略の歴史・・・戦争をしたいのか?」

「まさか!私は根っからの平和主義者です。」

「ふーん…。」


確かに最近読んでいるのは戦略や戦争に関する物ばかりだ。

それは、もう読んでいない本がないことと、ある一つの不安が拭えないからだった。


戦争時代の英雄ユリウス侯爵と、隣国との小競り合いを解決した女傑マリエッタ夫人。

2人に共通するのは『争い』の解決。


この平和な時代に戦争が起きるとは思っていないが…私たち兄妹が転生した理由があるのなら…。

そんな不安がどうしても脳裏を掠めるのだった。


私に声を掛けた第二王子は既に、自分の手元の本の世界に入り込んでいる様子で、もうこちらの様子には一切興味がないようだった。

私は小さく息を吐くと、文字列に目を落とすことにした。


どのくらいの時間が経ったのだろう。

「おい!俺様が来たことにも気づかないとは、良いご身分だな!?」

そんな横柄な言葉に我に返る。


うわ。いつの間にか第一王子登場していたわ。


「あ、ユーステス殿下!失礼いたしました!…実は、緊張のあまり昨夜は…あまり眠れず…。」

「言い訳はいい!お前は私の婚約者という立場をわきまえる必要があるんじゃないか?!」

「はい・・・仰る通りです・・・大変失礼を致しました。」


第一王子は大して怒ってはいない。

ただ、第二王子に見せびらかしたいだけなんだ。

『自分の思い通りになる婚約者』を。


そんな本心に気付いているが、敢えてビクビクしているフリをして見せる。


もはや、彼が望んでいるのは『婚約者』ではなく『奴隷』なのではないだろうか?

本当に…もう…馬鹿すぎる王子って嫌になる!


そんな自分の感情が昂ったのがいけなかったのか…無意識に温かいものが零れ落ちた。

瞬間

「ユーステス!言い過ぎだ!」

「はあ?ラカーシュ。お前、こんなチビ庇うのか?あ、もしかしてお前ってこういう子供が趣味だったのか?」

「うるさい!!そういうことではないだろう!?」

「うるさいはお前だ!生意気なんだよ!」

突然声を荒げた第二王子に、第一王子が飛び掛かる。


あ・・・これ、兄が殴られた時と同じ・・・?


記憶のせいで私は目を瞑る。

しかし、殴られる音も、倒れる音もしないため、恐る恐る目を開けると、まさかの光景がそこにあった。


「くっ!!」

苦しみに顔が歪む第一王子の拳は、軽々と第二王子の掌に掴まれていた。

「え?」

これはどういう状況なのか、全く理解できないまま立ち尽くす私。

「お前!」

「ユーステス、忘れているようだから、もう一度教えてやる。私の加護は『無力化』だ。」


無力化?!

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