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「ユーステス殿下、お目にかかれて光栄です。」
王城庭園のお茶会。
衆目を浴びるのは予想していたこと。
今日は私たちの初顔合わせ。
婚約が決まって既に3か月が過ぎていることに焦りを覚えたのは、大人たちだったが。
家庭教師から習っている貴族らしいカーテシーを取り、淑女らしく微笑めば、10歳の第一王子でも流石に’’いちゃもん’’を付けることは出来ないだろう。
こちらの思惑通り、小さく息を吐いた彼は王族らしく微笑みを浮かべた。
「ああ、リリーシュア嬢。君に会えたことに感謝する。」
・・・うん。
全く感情が籠っていない感謝をありがとうございます。
「殿下、宜しければ庭園を案内して頂けませんか?」
興味本位の視線が痛いこの場から離れようと提案してみるも、彼は眉間に皺を寄せ
「いや、初対面の君に指図されるいわれはない。」
ああ・・・。
思っていた以上に面倒くさい子供だったか。
さて、どうしたものか。
これでは二人で仲を深めたように思わせる作戦は機能しない。
こちらが歩み寄っても相手が拒否を示す以上、今日はどうにもできないわよね。
チラリと父がいる方を見れば、やはりこちらが気になるようでオロオロと落ち着きがない様子が見て取れた。
「では、挨拶もできましたし、私は失礼します。」
私の努力だけではどうにもならないこともある。
さっさと引き下がって次の作戦を立てた方がいいだろう。
第一王子の後ろに控えている護衛たちにも軽く会釈をし、その場を離れた。
とは言っても、お茶会とか華々しい場所は好きにはなれない。
噂話や腹の探り合いがあちこちから聞こえてきては、吐き気すら覚える。
どうしようかと悩みつつ、両親の姿を探せば、父は国王の側で苦笑いをしているのが見えた。
第一王妃に全力で気を使っているのだろう。
母は顔なじみの夫人たちと談笑中だ。
元々、社交性の高い伯爵家育ちの母親だから、友達も多いのだろう。
兄は・・・
「ユーステス殿下、王子殿下であれ私の妹を蔑ろにすることは無礼と存じます。」
突然、背後から聞きなれた声に振り返れば、兄が第一王子に詰め寄っている所だった。
「セイドリック兄様?!」
「リリー、5歳の君がこれ以上我慢する必要はない。王子として以前に紳士としての常識もない男の為に君が犠牲になることはないんだ。」
「セイドリック!貴様!」
兄の台詞が第一王子の怒りの引き金を引いた瞬間だった。
目の前で兄は宙を舞った。
銀色に近い金髪をキラキラと靡かせて・・・
「お兄様?!」
「殿下!いけません!!」
兄に駆け寄る私と、第一王子を引き留める護衛。
見ていた令嬢の悲鳴と泣き叫ぶ声。
お茶会の雰囲気は一気に騒然とした。
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王城のお茶会から数日が過ぎた。
第一王子と私の婚約は未だ続行中だ。
あの日の夜、父親から私は『よく我慢した』と褒められた一方で、兄はこっぴどく説教を受けたようだ。
母親の加護で兄の頬の腫れは無くなったが、その時の罰として反省文を毎日書かされている。
今日も長閑な昼下がりのラウンジで、お茶を飲みながら読書をする私の側で、兄は反省文を仕上げていた。
「あー!もう、書く台詞が思いつかない!」
「お兄様が無茶をなさるからです。加護も使わず殴られるなんて。」
兄の加護は『移動』だ。
本来の彼なら、わざわざ殴られずに咄嗟に避けることが可能なのだ。
それなのにシッカリ殴られたのは、彼なりの『不敬』に対する覚悟だったのだろう。
「リリーはまだ第一王子との婚約を続けるのか?」
兄の不安は最もだ。
しかし、私も侯爵家に生まれた誇りはある。
女に生まれたので、爵位を継ぐ兄を直接助けることは難しいかもしれないが、将来、この侯爵家の味方を増やす一助は出来るのではないだろうか。
「そうですね…。まあ、5年の試用期間ですから。」
「ユーステス殿下に気に入られるのは、多分、不可能だろう。」
「…そうでしょうね。」
国内でも歴史のある侯爵家、ハロイエッド侯爵家には秘密がある。
私たち兄妹は、先祖の転生者なのだ。
このことを知っているのは国王とこの邸の主である父、それからその血を受け継ぐ私たちのみ。
代々、ハロイエッド侯爵家の子供は子供らしくないと言われる所以はここにあった。
私の前世は父の叔母に当たるマニエッタ侯爵夫人だった。
マニエッタ夫人は現国王の家庭教師も務めた、博識な女性だ。
当時、隣国との小競り合いが多発した際に、国王に助言したことでも名を知られている。
そんな彼女の記憶の一部をそのまま引き継いで今世に転生したのだから…そりゃあ大人びた子供にもなる。
そして、兄の前世は歴史上最強との伝説も残る魔術師『ユリウス侯爵』。
まだ乱世だった時代に、この国に平和をもたらした英雄の一人だ。
転生者といっても、前世の記憶全てを引き継いではいないので、せいぜい性格や所作などが出てしまう程度なのだが。それでも、普通の子供とは大いに違うのだろう。
「父上も転生者だったら、こんな馬鹿げた話を持ってこなかっただろうに。」
溜息を漏らす兄が子供らしく見え、笑いが漏れる。
「先祖の転生者が生まれる確率の方が低いのですよ。」
「そりゃあ、そうだけどさ~。」
そう、転生者が生まれるのは稀なことなのだ。
それなのに、今世では2人も生まれてしまった。
両親が気味悪く思うのも無理はないだろう。
特に、母親から声を掛けられた記憶は数えるほどしかない。
「そういえば…あのお茶会で、お兄様のファンが増えたらしいですわよ。」
私が話を逸らすべく、話題を振ると、あからさまに嫌そうに顔を顰めた兄と視線が交差した。
「勘弁してくれ。」
古い歴史書にも記述があるが、兄の前世であるユリウス侯爵は貴族嫌いだ。
特に婦人方の相手をするのが苦手で、貴族の集まりは何かと理由をつけて欠席していたらしい。
兄にもその性格は引き継がれているのだろう。
「そのうち、お兄様にも運命の出会いがございますわ。」
ユリウス侯爵にもあったように。