◇38
「其方とこんなに話したのは初めてだな。」
週一の第一王子との補修室も8回を越えた頃、小さい炎を出す事を覚えた第一王子と、歴史上の騎士が行った戦略を体験し学びなから過ごしていた。
第一王子は様々な体験が少ない為に、想像力が乏しい事に着目した私は、一つ一つの事象に近い体験をすることで、彼の記憶に残るようにしようと考えた手段だった。
どうやら、心が幼児の第一王子には向いていたようで、協力を要請された騎士たちから、風で飛ばされようが、大量の水を被ろうが、静電気で髪の毛が逆立とうが、楽しそうだった。
「そうですね…。私が幼い頃は『ガキと戯れる暇はない。』と殿下はお茶会以外では私と関わることを避けてましたしね?」
当たり前だろうと言わんばかりに、私が答えたのを第一王子は小さく息を吐いて呟いた。
「私は自分で勿体無い生き方を選んでいたのだな。」
自信満々、自己顕示欲の塊のような第一王子らしからぬ様子に、私だけではなく、協力していた騎士たちも動揺を隠せない。
「まあ!でも、殿下が成人する前にこうして一緒に遊ぶことが出来て、私はとても嬉しく思ってますわ!しかも王城でも邸でもないから、メイドたちに止められる心配もないのです。これはこれで、ラッキーですわよね?」
私が満面の笑みでそう伝えれば
「其方のそういう所は、なかなか好ましいな。」
「初めて言われました!殿下が私を褒めましたわ!凄い!」
「…おい!」
決して恋愛小説っぽくない日々だが、いつか彼が学園生活を楽しかったと思えたなら、これはこれで良かったと思える気がした。
「殿下!では、この箱で隠した中の紙だけを燃やしてみましょう。いいですか?これは敵陣に渡ってはいけない書類です。これが敵に読まれてしまったら大変なことになるのです。我が軍が勝利を納めるか、敗戦するかは殿下次第です。…どうぞ、燃やして下さい。」
「…プレッシャー凄いな。」
「当たり前です。戦争では騎士一人一人が命を掛けて戦っているのですから!いわば、この作戦は殿下の肩に数千、数万の命がかかっているのです。これに成功すれば、騎士たちが無駄死にせずに済むのです!」
「分かった分かった。集中するから黙れ。」
私たちが固唾をのんで見守る中、第一王子は魔力のコントロールを身に着けたのだった。
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青薔薇宮の庭の薬草で、新たに『火傷に効く軟膏』を作り上げた。
「王太后陛下が様々な薬草を育てていたなんて、感服ですわ。」
出来上がった軟膏を入れた小さな瓶を見つめながら、うっとりする。
午前中、書類の山に埋もれていた私は、国王陛下からの緊急招集で謁見の間に連れて行かれた。
そこでは涙ながらにカシュアが第一王子との出来事を語った後だったことがすぐに理解出来た私は、一気に疲労感を感じたのだった。
「リリーシュア嬢がユーステスを操り、カシュア嬢の話を聞かないようにしているのではないか?と疑念を持ったそうだ。」
はぁ…。
私が彼を簡単に操れるのであれば、私は今ここに居ないだろうと思う。
婚約破棄ももっと早くに出来ていただろうし、毎月のお茶会という無駄な時間を過ごすこともなかったはずだ。
「では、私はどうしたら宜しいのでしょうか?」
あと2回補習室に行けば、第一王子は卒業試験になる。
ゴール直前で気持ちを阻害してくるカシュアの戦略に、「なるほど」と感じる部分もある。
「カシュア嬢が言うには、ユーステスと会った時に何かしらの方法で操っているのであれば、残りの2回は手紙でユーステスに指示を出す方法を取ってはいかがか?勿論、最終評価の時点でその点を考慮しよう。」
国王陛下…いや、これは宰相の意向だろうか。
何を考えているのかは分からないが、私が何を言った所で無駄なのは理解出来た。
「そうですか。公平性を強調されていたカシュア様が、ここまで私ばかりに制限を設けて、勝利出来なかった時は、私も言いたいことを言っても宜しいですよね?」
「はあ?」
先程までの弱々しさなど忘れてきたかのようなカシュアの表情と甲高い声に、私は苦笑いが漏れるのを堪えて言い放つ。
「ここまで私が貴方の我儘に付き合っているのです。私が勝った暁には、私、ご褒美が欲しいですわ。」
「ご褒美?」
「よかろう!リリーシュア嬢が勝利した際には、其方の願いを叶えると約束しよう。」
納得出来ないカシュアを無視し、国王陛下が宣言したことで、私は了承することにした。
しかし…実際の心の中は…。
「馬鹿王子に手紙で指示とか…馬鹿をナメすぎ。文字で伝わるわけがないじゃないの?」
私は新たな難題を前に、うなだれるしかなかった。
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就寝の準備をしながらも唸り続けた。
ずっと第一王子の勉強対策について考えているケド、全く良い案が浮かばない。
「馬鹿でも読める方法…第一王子でも読める方法…」
「お嬢様、流石に不敬ですから、声に出すのは控えて下さい。」
モアに注意されながらも、頭の中は新たな難題でグルグルしている。
私がベッドに入ったことで、部屋の灯りを消し、モアが退室して行った。
「睡眠はしっかりとって下さい。」
モアの言うことも一理あると頷き、モアを見送った。
今日は満月らしい。
窓から差し込む月明かりが、静まり返った部屋を照らす。
(そういえば、ラカーシュ殿下は今どこにいるのかしら?)
ふと、自分の婚約者候補が決まるかもしれない時に、自分はその場に居られないってどんな気持ちだろうかと想像する。
(私なら…気になって、こっそり見に行くかもしれないわね。)
そう考えると、ラカーシュ殿下の我慢強さは凄いと感心する。
…ん?
なんか…人影が過ぎたような?
窓の外を陰が差した気がして、ベッドの天蓋からそっと顔を出す。
(…気のせい…よね。)
そっと見回して息を吐き、またベッドに横になろうとした瞬間。
ギシッとバルコニーの方から音がした為飛び起きる。
(やっぱり、何かいるわ!)
そっと窓の方に近づき、身を隠しながら外を覗いた瞬間
「うひゃっ!?」
「リリーシュア。」
「ラ…ラカーシュ殿下?」
先ほどまで考えていたその人の姿がそこにあり、私は床にへたり込んだ。
私が窓の鍵を開ければ、「大丈夫かい?」と王子様顔をした第二王子が窓から顔を出し、私の両腕を引いて立たせてくれた。
「驚かせた。悪い。」
私は首を横に振る。
「いいえ。おばけとかじゃなくて良かったです。」
「おばけって。」
フッと笑った第二王子は、近くにあったストールを取ると、私の肩に掛けた。
「ありがとうございます。お茶でも淹れましょうか?」
「いや、流石に見つかると君に不利益になりそうだから、ここでいい。」
第二王子の言葉に、私は少し考える。
「もう既に十分、私に不利な状況ですけどね。」
「ああ…。まあ、そうだな。」
どうやら、第二王子の耳にも既に、事の顛末が知らされていたようだ。
「手紙だけで、どうしたら第一王子に伝わるのでしょう?」
冷たい風が頬を過ぎていく。
あとひと月もすれば、春を知らせる花が咲くというのに…まだまだ風は冷たい。
「それなんだが…私に考えがある。」
「え?」
「リリーシュアが落ち込んでないか様子を見に来たんだけど…、こうして会えたのは僥倖だった。…私がこっそり君に手を貸した所で、見つからなければ問題ないだろう。」
ニヤリと笑った第二王子の笑顔は、月明かりに照らされ、悪い顔になっていた。
(確かに、見つからなければ問題ない…でしょうけども…。)
唖然とする私の頬に触れた第二王子の手が冷たくて、はっとする。
「ラカーシュ殿下、手がこんなに冷えてますわ。」
私は咄嗟に第二王子のその手を両手で包み込み、息を吹きかける。
はぁー。はぁー。と数回繰り返すと、第二王子の指先が少しだけ熱を取り戻したように感じ、私は両手でぎゅっとまた包み込んだ。
「リリーシュア…?」
「あ。そうでしたわ。私、ここの庭にある薬草で風邪薬を作りましたの。殿下、もしお部屋に戻ってから、寒気とか気怠さがありましたら、飲んでください。」
私は部屋の中に走り、作り溜めていた薬の瓶の中から、風邪薬と滋養の薬を取り出すと、窓辺に立ち竦む第二王子に手渡した。
「これを飲んだら暖かくして寝てくださいね。」
私が鼻息荒く言えば、第二王子は「…ああ。」と頷いた。
「そろそろ行くが、明日リリーシュアに助け船を寄越す。君はそれを上手く使って。また時間を見つけて来る。君も早く休め。」
別れ際、第二王子は私の頭をぽんぽんと軽く叩くと、軽やかな足取りでバルコニーから飛び降り、夜の闇の中に消えてしまった。
頭に残る第二王子の気配に、少しだけ''こそばゆい''思いがした。




