◇37
(冬と言えば、クリームシチューよね~。)
ニコニコと城の料理人が作った料理を楽しむ。
パンには胡桃が入っていて、香ばしい匂いに笑みが溢れる。
サラダにはハロイエッド侯爵邸では使われない野菜も使われていて、小さいトウモロコシのようなそれを、興味津々で口に入れた。
予想外の柔らかさと、シャキシャキした歯応えと、王城レシピで作られたのだろうドレッシングは、パーフェクト!と興奮するレベルだ。
デザートとして出されたイチゴには練乳がかかっていて、イチゴの酸っぱさと練乳の甘さが口の中で見事なコラボレーションを発揮してくれている。
「とっても美味しかったわ!」
「お口に合って安心しました。」
料理人に直接お礼を言った所、深々と頭を下げられた。
「お願いがあるのだけど…」
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何事も言ってみるものだ。
たまにでいいから厨房を使いたいと言ったら、呆気なく快諾された。
「ラカーシュ殿下より、仰せつかっております。どうぞ好きな時にいらして下さい。」
どうやら、第二王子が先回りして言付けていたらしい。
(帰って来たら何か作ってあげましょう。)
週一の第一王子の勉強に付き合う日以外の日を、私は午前中は執務、午後は料理や薬草の研究に費やしながら、ハロイエッド侯爵邸にいる時と大して変わらずに日々を過ごしていた。
「そもそも、馬鹿王子は一旦嫌いになると頑固に嫌いなのよね…。」
私がクッキーの生地をねりながら呟くのを聞いたモアが
「では、嫌いじゃなくさせれば良いのですね?」
型抜きした生地を鉄板に並べながら答える。
「それが難しいんじゃない?」
不貞腐れた顔をする私に、モアが笑う。
「お嬢様は、どんな小さなことからも興味を引き出す天才だと私は思っていましたが?」
…言っている意味が分からず、モアの凝視する。
「お嬢様はダンスが得意ではございません。しかし、オスロン国に向かう船の中、あちらのお城に着いてからも練習を続けておりました。何故です?私やラカーシュ殿下が止めても、止まらなかったではございませんか?足まで怪我されて、あちらの王女様にまで馬鹿にされたのにですよ?そもそも、ダンスは苦手なんですよね?」
モアがいつになく真剣に言ってくるから、私は『何故?』に思考を巡らせた。
だって、オスロン国は芸術の都。情けないダンスなんて披露したら、第二王子にも恥をかかせてしまうわ。
いいえ。第二王子なら上手い事を言ってその場を宥めたに違いない。
じゃあ…私は何故、完璧なダンスを目指したの?
それは…
「ちゃんと踊れたら理解出来ることがあるかもしれないと思ったの。苦手苦手と思ってた音に合わせるステップも…出来るようになれば、何故そのステップにしたのかが分かるかもしれないし…もっと素敵なステップがあるかもしれないと分かるかもしれない。」
私の答えにモアがクスッと笑った。
「ユーステス殿下にも、歴史が分かれば加護魔法や、魔術具の不思議が分かるかもしれないと教えて差し上げたらいかがです?」
モアの台詞に、私は目から鱗の気持ちになった。
『嫌いだから嫌だ』と投げ出した第一王子と、『学ぼうとしないから知らない』と放っておいた私は…同じなのではないだろうか?
「モア!ありがとう。私、このままじゃ悔しいから頑張るわ。」
お礼を言う私に、モアはニコニコとするだけだった。
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第一王子の勉強に付き合う日がやってきた。
「先日、カシュア嬢にも言ったが、私は私を変えるつもりはない。私の成績が上がった所で、ラカーシュと婚約する為なんだろう?私には何の得もないし、其方は先日まで私の婚約者だったではないか?何故、協力する必要があるのだ?」
第一王子の言っていることが珍しく尤もだった。
自分の''好きかもしれない女性''と自分の''婚約者だった女性''が、弟の婚約者になるために争っていて、そこに巻き込まれた形の第一王子としては、面白いはずがない。
「殿下!凄く理解出来ます。そう、その通りなんです。私はやっと婚約破棄が叶って、自分の好きなことに時間を使おうと考えていた矢先に、この意味不明な競技に参加する羽目になりました。私だって、魔石と魔草という餌がなければここにおりませんわ!」
第一王子の意見に全力で同意を示す私に、青い目が大きく見開かれたのだった。
「…では、私のことは放っておけば良かろう?」
「それでは、私が魔石と魔草を手に入れられません!」
「そんなに欲しいなら、私が買ってやる!」
「それなら、ユーステス殿下が卒業出来たら、買って下さい!王子お二人から頂けるなんて、私もやる気が倍になります。」
「何故だ?私に何のメリットがある?」
第一王子のメリット…
「学園卒業。」
「は?」
固まった青い目を見つめ、私はもう一度言う。
「学園卒業が今、一番必要なのではございませんか?」
「…それは…そうだが。しかし、私は卒業したとてミラ王国のいち領主候補に過ぎぬ。学問など必要ないではないか?!」
第一王子が思わず叫んだことで、彼はまだ心の整理が出来ていない事を知った。
(まぁ、当たり前ですわね。)
幼い頃から王太子になるのだと周りに持ち上げられ、叱られる経験もせず『権力』を好き放題に振りかざしてきた彼は、ここに来て王太子の道を閉ざされ、周りからも見捨てられてしまったように感じていることは、理解出来る。
私は、敢えて落ち着いた声で言った。
「今のままでは、ユーステス殿下が学園を卒業出来るとは、誰も思っておりません。」
「おい!喧嘩売ってるのか?」
短絡的な彼は怒りに任せて、テーブルを叩く。
しかし、私は全く動じずに続けた。
「だからこそ!です。ラカーシュ殿下だけでなく、国王陛下や王妃殿下、先生方や生徒の皆さんの『呆気にとられた顔』を見たくはありませんか?…面白そうだと、私は思うのですが。」
「は?」
私の思考に付いてこれていない第一王子が目を丸くする。
「ユーステス殿下を見くびる輩たちをギャフンと言わせる卒業にしませんか?私はそのゲームに乗ったに過ぎません。つまり、私が狙うのは…。」
こうして、第一王子はまんまと、私の『ゲーム』に乗ることになったのだった。
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加護の歴史の始まりは、約5000年前に遡る。
この世界にはまだ『国』という概念はなく、人々は自分の中にある魔力をどう発散させていいかも分からないまま、膨れ上がった魔力を減らす目的で争いを始めた。
しかし加護のない世界では、魔力コントロールが上手く出来ないため、魔力を暴走させる者、大切な人を攻撃してしまう者、魔力に食い尽くされ命を落とす者がほとんどだった。
魔力の研究が水面下で進み、約3000年前に加護を授かる儀式が始まった。
初代法皇であるマハムートンの誕生だった。
私は第一王子と共に補習室にいる。
今日の目標を達成する為、この教室にある魔術具は全て回収済だ。
反対した先生方の厚意で、消火の魔術具を大量に渡されてしまったが。
「殿下、魔力の暴走については、殿下も心当たりがあるのではないですか?…こう、無意識に火を放ちたくなるような…力の限り燃やし尽くしたくなるような…そんな感覚かと思います。」
私の言葉に
「…ああ。結構、しょっちゅうあるな。最近では、ラカーシュを褒めまくるカシュア嬢を燃やしてやりたくなったが…堪えた。…大人になるとは、苦しいものだな。」
「それは『嫉妬』でございますね。…それは、置いときまして、そのような『暴走』を知っている者は『コントロール』も上手くなると、私は考えます。」
「それは、必要か?」
さも''くだらない'と言わんばかりの第一王子に私は説明した。
「相手を欺けます。」
「は?」
私は一旦、本を閉じると、第一王子の目の前に手をかざし、指先に集中する。
私の指先から放出された光が手の平でクルクルと回りだしたのを、第一王子が目を見開き見入っている。
「私の加護は読解です。読解には言葉や文章を理解するだけでなく、相手の心を理解する力があります。だから浄化や回復と同じ『光』なのですが…コントロールの訓練を続けた結果…。」
「なんと!!」
私の手の平に現れた小さな人物を見て、第一王子が声を上げた。
「殿下がイメージするマハムートンはこんな感じなのですね?」
しわくちゃで白髪の長い髭と木の枝のような長い杖が特徴の人物に、第一王子が釘付けになった。
「ああ!私が考えるマハムートンだ。」
「そうですか。ちなみに、私の母がイメージするマハムートンはこれです。」
私は再び指先に集中して、手の平の人物を変える。
「な!?こんなに若いわけなかろう?!」
母好みのイケメン風マハムートンに第一王子が発狂する。
その様子が可笑しくて、私は笑ってしまった。
「イメージは人それぞれですから。しかし、私がこんな技を持っていることを、ユーステス殿下は知っていましたか?」
「いや、知らんな。」
素直な第一王子の答えに、私は頷く。
「では、知らなかった殿下の前に突然、このマハムートンが現れたら、殿下は驚きませんか?」
私の言葉で、やっと理解したらしい第一王子は、大きく頷いた。
「相手が知らない技を、相手が知らないうちに出すことが出来たら…確かに欺くことは可能だな!」
まるで大きな幼児を見ている気分になりながら、私は答える。
「ユーステス殿下は大きな炎しか出せないと思って侮っている相手に、相手が隠し持っている秘密の紙がチリチリと燃えて無くなっていたら…それは、とても面白いですよね。」
私の説明に第一王子の目がキラキラと輝き出したのが分かった。
「相手を欺くとはそのような方法もあるのか!」
「ここから先の歴史は、人と人の騙し合いが書かれたものでございます。ユーステス殿下の知識にしておいても、損はございませんでしょう?」




