◇36
ひょんなことから、物事は進み始める。
『人生とは奇なるもの』と言ったのは誰だったか。
(ああ、オーエン博士か。)
約300年前の偉人の言葉にしみじみしているうちに、私たちは『王立魔術学園』に到着した。
今回のこの時間の無駄遣いな競技の内容は、週一で学園に赴き、第一王子の成績を上げた方の勝ちとなる。
馬鹿王子の影響で、学園内には至る所に魔術防止の魔術具が設置されているので、学園内では余計なカシュアの被害者は出にくいと考えられたようだ。
(父の提案が大いに影響しているわね。)
正直な所を言えば。
第一王子が卒業できなかろうがどうでもいい。
そして、他人の恋愛話に全く興味がない。
それでも、私は己の欲のためにやると決めた。
しかし、難題に直面した。
「5歳から見ていたのに、第一王子の馬鹿っぷりをナメてたわ。」
私とカシュアの戦いは、互いに一科目毎選んで、その成績を前回よりUPさせればいいというもの。
システム的には簡単だったが、当の第一王子が厄介だった。
カシュアは古代語を選び、私は歴史学を選んだ。
基本は王城での王子教育で身に着けている(はず)とはいえ、ここは魔術学園。
魔術に関するものなのだ。
古代語は古代語で書かれた魔術の文献についてを学ぶ科目であり、歴史学は魔術の歴史について学ぶ科目となる。
読解の加護を持つ私が古代語を選ぶのはフェアじゃないということで、私はそれを選ぶのをやめた。
何度も言うが、校舎内で加護を使うのは無理だ。
とりあえずの今日は見学のための訪問だった。
そっと隠れて第一王子の様子を伺っていたわけだが…3時間を過ぎた頃には敵手であるカシュアも青褪めるほどの、馬鹿っぷりを第一王子は発揮していた。
「パレイスティ王国では無能でも王になれるの?」
「いや、無理でしょう。『せめて卒業くらいは』という親心が働いて、私たちはこうして連れてこられたわけでしょうし?彼がこのままでは王太子にはなれませんわ。」
私の言葉にカシュアは目を見開く。
「え?気付いていなかったんですか?カシュア様の策謀を利用した宰相の策略に嵌っているんですよ?私たち。私は完璧に被害者ですわ。」
ショックのあまり床に座り込んでしまったカシュアに、手を差し伸べる。
「まあ、過去は変えられないので、未来を信じて頑張りましょう。」
私の手を取りながら、彼女は言う。
「あなたは余裕そうね。」
「いいえ。お先真っ暗です。」
自分が嵌めることに慣れ過ぎてしまった彼女は、まさか自分が誰かの策に嵌るなんてことは思ってもいなかったのだろう。
『策謀』の加護を得てからの彼女は自分の加護に頼り切り、自分で努力することをして来なかったのだから。
それでも、今までそれなりに神殿で過ごすことが出来てきたのは、天性の『要領の良さ』が原因だろう。
(地頭は良いのに、勿体ないですわ。)
王城に戻るなり、「どうだった?」と国王陛下が聞いて来て、カシュアが第一王子の低能ぶりを吐き出していた。
「リリーシュア嬢には秘策でもあるのか?」
特に何も言わない私を国王陛下が訝しむ。
「そんなものございませんし、あったら3年前に使っています。」
(婚約破棄の為にね)
私の答えに、何故か国王陛下の側に控える父がクスリと笑うのが見えた。
そんな狸親父たちに構っている暇はない。
私は何とかして方法を考えねばならないと、思考を巡らせた。
卒業試験が行われるまでの間、2ヶ月もこんなことに付き合わなければならないことに、嫌気がする。
しかし、これも魔石と魔草のためだ。
「ところで、ラカーシュ様はいらっしゃらないのですか?」
カシュアがそこにいると思っていた第二王子の姿がないことを問う。
「其方たちの競技が平等になるよう、ラカーシュは2カ月の間、外交に出て貰った。リリーシュア嬢とラカーシュは旧知の関係だからな。あいつがもし彼女に力を貸しでもしたら、公平性が崩れるだろう?」
国王陛下はわざと私に不利になるようにとでもいう言い方をしているが、実際は、第一王子が学園に戻った今、王城へ来る理由を失ったカシュアが渾身の理由づくりをしてきたことで、彼女から第二王子を逃がしたが正解だろう。
ふと見回しただけでも、部屋のあちこちに魔術防止の魔術具が設置されているのが分かる。
国王陛下の手首にも朝はなかった魔術具がある。
もう、普段の彼に戻っていると思っていいだろう。
「それと、リリーシュア嬢が宰相と打ち合わせをしないとも限らないからな。其方には明日から2ヶ月間王城青薔薇宮で我々の監視の下生活することを命ずる。」
「ええっ!?」
自宅に帰った所で父と一緒に食事なんて年に数回しか摂っていない。
それでも徹底的に私に不利に働くように命じた国王陛下の言葉に、カシュアも満足げに笑った。
「当然よね!闘いは公平でなくちゃ。」
(どの口が言うのかしら。)
王城に泊まるのは別に構わない。
しかも青薔薇宮は、国王の母親である王太后が数年前まで使っていた宮殿だった。
現在、王太后は王家の直轄地にある別荘で悠々自適に過ごしていると聞く。
これは、今は誰も使っていない宮を2ヶ月の間、私一人で自由に使って良いと言う好待遇だ。
その上、青薔薇宮からは図書室が近い。
(国王陛下、お父様、ありがとうございます!)
表情には出さずに、心で二人にお礼を述べた。
傍から見たら、第一王子の母親との共謀を阻止したようにも、白薔薇宮で第二王子の母親に取り入ることを阻止したようにも見えたのだろう。
隣に立つカシュアからは鼻歌が聞こえてきそうだ。
王太子妃教育でほぼ毎日通っていた王城であり、その後も図書室の禁書庫に時々通っている私には、何の問題も感じなかった。
(畑には行かれないけれど、宮の厨房になら行ってもいいかしら?)
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私が住むと言うことで、青薔薇宮は綺麗に掃除がされていた。
宮の裏庭には、池があり、のんびり読書をするには最適な四阿まで建っていた。
私が生活する居室は、可愛らしい薄黄色の小花柄でコーディネートされており、センスの良さに惚れ惚れしてしまった。
年代物の執務机も、使い勝手の良い形状のもので、「これは快適ライフなのでは?」と心を躍らせた。
が、その数時間後には書類の山に埋もれることになった。
「王子殿下たちがいない為執務関係が滞っております。少しだけで構いません。簡単な書類仕事を手伝って頂けませんか?」
と執事長がやってきたのが始まりだった。
「簡単な物なら」と安請け合いしたが為に、書類一枚一枚に目を通して、気になる事象があれば調べる私の癖を見て、「こちらの書類もお願いします。関連していることが多いですから。」と増やされ、増えればまた同じことの繰り返しで…。
結果、8時間かけて書類作業を終わらせた。
「流石ですね。初めての執務を8時間で終わらせたのは見事です。」
と褒める執事長を睨めば、彼は逃げるように王城へ戻って行った。
「また明日もお願いします!」と吐き捨てることを忘れずにだ。
私に付いて王城に泊まることになったモアが、お茶を淹れてくれる。
「ねえ、モア。私って休息が必要なんじゃなかったかしら?」
私が机に突っ伏したまま言えば、モアはくすっと笑った。
「お嬢様の燃え尽き症候群は、すでに次の目標が見つかったことで治ったみたいですね。」
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ずっと机に座っていた身体を伸ばしたくて、庭を散歩することにした。
王太后が好きだったのだろうか、ツバキが満開の花を付けていて、私の目を楽しませてくれた。
「珍しい、ツバキなんてなかなか見ないのに。」
ツバキは薬にもなる花だ。
主に、滋養・強壮、便秘の薬に使われる。
また、種から採れる脂は髪に艶とコシを出すので、ご夫人方の髪に使われることが多い。
よく見れば、他にも薬になる草花などが植えられており、王太后はもしかしたら薬学に興味があったのではないかと推察できた。
(機会があったらお話してみたいわ。)
そうして薬草を見て歩けば、ふとベンチの側の木陰にゴミの山があるのが見えた。
片方だけの靴や靴下、ハンカチや騎士団の服など、ぐちゃっとあるそれを見ていれば、「わふ!」と城の番犬パティに飛びつかれてしまった。
「あ、もしかして、あなたの宝物置き場だったのかしら?」
「わん!」
尻尾をパタパタ振る犬からは、悪気は一切感じられず…
あとで使用人に言って、そこにある物の持ち主を探してもらおうと思った。
(持ち主の許可が下りた物だけを宝物にして頂戴ね。)
私は嬉しそうなパティをとりあえず、撫でまわした。




