◇35
「王妃殿下、最後に一つだけ教えて頂きたいのですが。」
私の中の解決出来ない『疑問』を問いかけた。
「ミラ王国では黒髪碧眼の方は、何か特別に見られたりとか…ありますか?」
思いもよらない質問だったのか、第一王妃の目が丸くなる。
「いいえ。ミラ王国にも黒髪や碧眼の人はいるわ。特にだから何ということはないはずよ?」
「…そうですか。」
結果は空振りに終わった。
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第一王妃の直感でしかないけれど、カシュアがミラ王国の庶民の子だったとしたら、様々な前提条件がひっくり返るのよね。
スッキリしない思いを抱えたまま、ハロイエッド侯爵邸の馬車に乗り込んだ。
「お嬢様、今日は古本市場が開催されている日ですが、寄りますか?」
モアの言葉に、どうしようかと少し考えたものの、モアの気遣いを無下にするのもいけないと思い、頷いた。
「そうね。休養には読書が必要だものね!」
王城からの帰り道に古本市場に寄り道する。
パレイスティ王国では第一王子の影響もあり、恋愛小説が空前のブームを巻き起こしている。
商店街の一角に所狭しと並べられた本の山も、随分と恋愛小説が増えたと見回す。
私はそんな山の中から、相も変わらず『古代語』で書かれた歴史的文献を探して回った。
そんな中、ふと気になる表紙の絵本を見つけ、足を止める。
(もしかして…)
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部屋で先ほど手に入れた絵本を読んでいた。
そこに第一騎士団の訓練に出ていた兄が帰って来た。
「アストレンの妹がせっかく馬鹿王子をモデルに小説書いたのに、カシュア嬢のストーカー行為が止まらないんだって?」
「ラカーシュ殿下の寝室に何度か忍び込もうとしたらしいわね。」
絵本から目を離さずに答える私に
「どういう淑女教育を受けてきたら、そうなるんだ?」
「彼女は淑女教育を受けていないわ。受けたのは枢機卿教育。爵位がなければ貴族という認識がないことを私に教えてくれたのはお兄様ですわよ。」
チラリと兄を見れば、肩を竦めて見せた。
「その通りだよ。彼女は貴族令嬢ではないんだった。」
「・・・とはいえ、勝手に他人の寝室に入るのはいけないことですわね。庶民でも常識ですもの。」
私の言葉に、兄は大袈裟に「そうだろう!?」と声をあげた。
「で、今日の妹は何を見ているんだい?」
「カシュア様がラカーシュ殿下に固執するキッカケですわ。」
私はにっこりと手元の絵本を兄に広げて見せた。
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あるお城の薔薇園にはとても優しい王子様が住んでいました。
夜の空のような黒い髪はサラサラと靡き、風と会話をしているよう。
青い目はキラキラとしていて、青空から降りてきたよう。
真っ白い肌は雪のよう。
そんな王子様は自然から、とても愛されていました。
しかし、それを良く思わないお后様は寒い寒い国に王子を追いやってしまいました。
薔薇園から出されてしまった王子様は毎日泣いて暮らしていました。
そんな王子を狼が慰め、狐が慰め、ウサギが慰め、鼠が慰め。
しかし王子様の悲しみは消えませんでした。
ある時、王子様の目の前に光の女神様が現れ言いました。
「あなたは自然から愛された特別な子。北の塔に行き、100年の眠りについた彼女を起こしなさい。」
王子は女神様に言われた通り、北の塔に行きました。
塔には魔獣や怪物が住んでいましたが、王子が話しかければ仲良くなれました。
そして塔の一番奥に眠る美しい姫を見つけました。
100年の眠りが覚めることを願いキスをしました。
お姫様は目覚め、2人は結婚することになりました。
寒かった国は暖かくなり、魔獣や怪獣や動物たちと仲良く過ごしましたとさ。
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「女の子が好きそうな絵本だ。」
「ええ、きっと普通の女の子が好きになる絵本よ。」
私の回答に、絵本を渡された第二王子は首を傾げた。
「リリーシュアが好きな絵本はあったのか?」
「もっぱら薬草図鑑でしたわね。」
幼い日の自分を思い出し答えれば、彼は笑い出した。
「それで、この王子にカシュア嬢は憧れていると?」
一緒に王城にやってきた兄が不貞腐れたように言う。
「ええ。彼女の初恋はこの絵本でしょう。この絵本の延長にあったのが、例の恋愛小説だったと考えた方がしっくりくるわ。ミラ王国では有名な絵本らしいですわよ?」
案外、人の『好きなタイプ』というものは『幼少期の記憶』によるものが多い。
第一王子の『胸の大きい女性』も第一王妃が素になっている。
モアの初恋は隣の領地の伯爵だったという。迷子になった幼少期に助けてもらったからだと言っていた。彼女はおじ様好きなのだ。
私の『馬鹿嫌い』もきっと、家庭環境が関係している部分もあるのでしょうね。
じーっと絵本を見つめていた第二王子が難しい顔をした。
「私は自然に愛されているとは思えないのだが?」
「そんなものは、『そうだ』と言い切れば、そうなんです。問題ではございません。」
私の発言に、王子が固まった。
「…流石、セイドリックの妹だ。」
カシュアが第二王子に似たこの王子様に憧れた理由は、『寂しくなくなる』ことへの欲求だったのではないだろうか。
一人、枢機卿の叔父に連れられてきた時点で、彼女には家族と呼べる人がいないことが分かる。
母親が生きているのかどうかは分からないが、一緒には住んでいないことは確実だ。
そんな彼女が求めたのは『寂しさを埋めてくれる存在』。
しかし探し方が分からない彼女は、見た目が絵本通りの王子様に期待した。
自分が寂しいように、寂しい王子様なら『ずっと一緒』にいてくれるはずだ。と。
妄想癖拗らせ少女の彼女なら、そういうこともあるのだろう。
第二王子が外交などであちこち視察に行くことも、カシュアには寒い国に追いやられた王子と重なって見えたのかもしれない。
(現実は、その寒い国の第二王女から婚約を打診され拒否し続けるような人気者なのだけど・・・)
なんとなく胸の辺りがチクリとして、首を傾げる。
「で、私はどうしたらいい?流石に、こんな古い絵本の第二弾は作れないぞ。作者が見つかるとは思えないからな。」
「ああ、そんな必要はないでしょう?とりあえず、現実を見せればいいわけですし。とはいえ、ラカーシュ殿下は一人にならないようにしてください。『いつも誰かと楽しくしている』と思わせて欲しいのです。あと、殿下の動く場所には加護の力を防御する魔術具をこっそり設置するべきですね。大抵の人には彼女の加護が使えます。そのうち、本人が寝室に入らないでも、彼女の求めるものが貴方の護衛によって持ち出されるようになりますわよ。」
私の提案に、第二王子と兄はポカンとしたのだった。
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第二王子の周りにはいつも人がいる状態が続いた。
第一・第二騎士団の協力もあり、いつも彼の周りにはわらわらと人が集まっていると聞く。
そんな日が数日続いた頃、学園の冬期休暇が明けた。
学園に戻る兄を見送った翌日、私は王城から呼び出しを受けた。
(そういえば、第一王子の教科書ってどうなったのでしょう?)
ふと赤薔薇宮のラウンジの暖炉前にあった黒い物体を思い出して、溜息を吐いた。
国王の謁見の間に通された私は、困惑した。
私だけが呼び出されたと思っていたが、そこには何故か、第二王子とカシュアの姿があったからだった。
(え?)
「度々、悪いね。リリーシュア嬢。」
「いえ、今日はどういったご用件でしょうか?国王陛下。」
私の疑問に、言いにくそうに国王陛下が声を出した。
「その…カシュア嬢とラカーシュの妃の座をかけて競って欲しい。」
「はあ?!」
事の顛末はこうだ。
どうしても第二王子と結婚したいカシュアが突然、国王陛下に詰め寄った。
策謀全開の彼女に国王周辺は不穏な流れになってきた所で、宰相の父が提案。
「本人の意見をまず確認しなければ、また失敗しますよ?」.
で、第二王子が呼び出された。
この場に到着した異様な雰囲気に、流石の第二王子も気付いた。
「私はリリーシュア嬢を妃にと考えている。どうしてもというのなら、納得出来る実績を見せて見欲しい。。今まで様々な実績を積んできたリリーシュア嬢を超えると確信できれば、考えよう。」
「ちょっと!飛び火じゃないですか!?」
思わず叫んだ私の前に、第二王子が膝をつく。
私の右手を取ると、彼は切ない表情で言う。
「こんな形で済まないと思っている。だが、私は君がいいんだ。やってくれないか?」
(ぐっ!!)
「上手く行ったら希望の魔石を贈ると約束する。」
小声でそう言ってきた第二王子に心が揺れる。
(でも…やっと馬鹿王子と婚約破棄が出来た所なのに…)
「魔草も付けよう。」
「やりましょう!」
私はこうして物に釣られたのだった。




