◇34
ラウンジのドアから見たらまるで2人で勉強しているかのように、書籍や紙をセッティングした私たちは、扉側に背を向けて座った。
「一度、今まで得たカシュア様の情報を整理しませんか?」
そう私が提案したからだ。
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•初代枢機卿の末裔だと言われており、次期枢機卿の予定になっている。
•神殿育ちの箱入りで、恋愛小説好き。
•妄想癖を拗らせている。
•彼女が加護(策謀)を得てからノノルア神殿内は様々な不可思議な出来事が増えた。
•彼女に苦言した前教皇が暗殺された。
•彼女に一番関わっていたであろう神殿長が汚職と前教皇暗殺で処刑された。
•彼女のことを現教皇は警戒している。
•彼女は第二王子が好きだと公言した。
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一つ一つを箇条書きで書いていく。
そしてつい昨日、新たな気になる言葉を私は聞いた。
『あれは初代枢機卿の末裔などではありません!』
(第一王妃は何か知っているの?)
ふと、私が自分の思考に入ってしまいそうになった時、隣で箇条書きの紙を見つめる第二王子が口を開いた。
「…2つ追加だ。カシュア嬢がノノルア神殿に来たのは彼女が4歳の時で、『初代枢機卿の末裔だ』と言ったのは今は亡き現枢機卿の叔父らしい。」
カシュアが生まれた時からノノルア神殿にいたわけではなかったことが分かり、少し嫌な想像が頭を過ぎる。
「もし、彼女の年齢が14歳だったら…?」
「…神信式を2回行ったというのか?」
第二王子の青い目が大きく見開かれた。
神信式で加護を授かる儀式は、神殿で教皇や神殿長が執り行う。
女神『メフィーユ』の大きな像と祭殿の前で、彼らに続いて祈りを唱えると加護が授けられるという仕組みだが、加護を授かったかどうかは、見た目では分からない。
祈りの後に、神殿にある魔石水晶に触れることで『何の加護』を授かったのかを調べられて分かるのだ。
もし、ノノルア神殿で加護を授かる数年前に、他の国の神殿で加護を既に授かっていたとして、加護を使って自分の都合の良い環境を整えてから、改めて神信式を行ったのだとしたら…。
「彼女が初代枢機卿の末裔ということ自体も怪しくなる…か。」
私の言いたいことを察した第二王子が溜息を吐いた。
「なんの為に…?」
続く言葉は『年齢詐称してまで神殿に入ったんだ?』であろう。
頭をクシャクシャと掻く仕草をした第二王子に、私は
「もう一つ、何故貴方に固執するのか?」
そう呟いて、手元の箇条書きを見つめる。
:
(何か…忘れている気がするのよね。)
「ねぇ、ラカーシュ殿下。もし、貴方ならどんな人間を手に入れたいと思いますか?」
「リリーシュアみたいな子?」
私は隣の青い目を睨む。
「ねえ。私は真剣に聞いてるのですけど?」
「私も真剣に答えたんだけど?…まぁ、仕方ない。一般的な答えを言うなら『利用価値の高い人間』だな。」
両手を上げて降参のポーズを取った第二王子が答えた言葉に、私は第二王子の利用価値を考える。
頭脳明晰、眉目秀麗、剣術の腕もあると聞くし、魔術の才にも優れている。人格にも問題はなく、うちの邸の使用人たちにも受入れられてるのよね…。
「ラカーシュ殿下って…弱点とかあります?」
考えれば考えるほど、''完璧王子''じゃないか?と思えてきて、私は恐怖で打ち震えてしまう。
そんな私をじとっと見つめた第二王子は大きな溜息をわざとらしく吐くと
「私も人間だ。弱点や欠点くらいはある。」
そう言い放った。
(まぁ、そりゃあそうですわね。)
「先程から君は何を考えている?」
「え?ラカーシュ殿下の利用価値?ですわ。」
「それなら、戦争じゃないか?」
彼の言葉に私は固まった。
「私の加護は『無力化』だ。つまり、どんなに強い加護ですら、私には効かない。無駄になるんだ。…一番役に立つ場面は戦争以外に思い付かないな。」
何でもないことのように自分を戦争の道具のように話す青い目に、私は精一杯の否定を述べた。
「ラカーシュ殿下の使い道は他にもありますわ!きっと!」
「…少し失礼だと感じてしまうのは、私が狭量なのか?」
ん?
「そうですわ。黒髪ですわ。」
カシュアが何故黒髪王子に拘るのかが不明だ。
顔が良いだけなら第一王子でも良いはず。
しかし、彼女は『黒髪碧眼のラカーシュ殿下と結婚したい』と言ったのだ。
その拘りこそがヒントのような気がする。
私は箇条書きに
•黒髪碧眼が大事
と書き加えた。
「忘れているようだが、先程カシュア嬢はユーステスに見つかって、連れて行かれたようだ。」
第二王子の言葉で、カシュアに後を付けられ、監視されていたことを思い出した。
「忘れてましたわ。」
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黒いベールと黒い布に包まれたカシュアを思い出す。
『枢機卿や教皇になるべく生まれた子供は、外界からの穢れから身を守る為に、成人の儀まで黒い布で身体を隠す。』と神聖教の聖書に書いてある。
私たちが知るカシュアという少女の容姿は、ほとんど分からない。
ある日突然布の中身が入れ替わっても…多分、気付けない。
そんな恐ろしいことがあるのだろうか?
私は、それを確認したく第一王妃のいる赤薔薇宮のラウンジへやってきた。
「第一王妃殿下、突然の訪問をお許しください。」
昨日と変わらない姿でラウンジのテーブルに座る第一王妃に無礼を謝罪すれば、彼女は微笑んで許してくれた。
「ユーステスの婚約者でなくなっても、こうして私の元に来てくれるのは、嬉しいものね。」
「殿下は母以上に私に淑女としての大事なことを教えてくださった方ですから。義母でなくなっても、恩師には変わりませんわ。」
私の言葉に、第一王妃の頬が緩んだのが分かった。
「今日、聞きたいのはカシュア様の件で…殿下が知っていることがあれば、教えて頂きたいのです。」
私が言葉を発してから、随分と無言の時間が過ぎた。
これは拒否だろうかとも思ったが、なんとなく考えを纏めているようにも見えた為、私も無言で待つことにした。
「あれは…15年前だったわ。ミラ王国に里帰りしていた私は、当時まだ3歳だったユーステスと散歩をしていたら、ある妊婦に出会ったの。彼女は庶民で、王都の小さな酒場で働いているが、お腹が大きくなってしまい辞めないといけなくなると…『助けて欲しい』と泣きついてきたの。お腹の大きな妊婦が酒場で働くなんてとんでもないことだと思った私は、私の持っていたお財布を彼女に渡したわ。無事子供を産んでから国のために働いて、返してくれたらいいと言ったら、彼女は泣いて喜んでくれた。…私は民の為に王族らしいことをしたと誇らしい気分になった瞬間だったの。」
私はミラ王国に行ったことがないので、想像でしか分からないが…パレイスティ王国よりも庶民と貴族の距離が近いのかもしれないと思った。
「でも、その彼女は国外追放になったわ。理由は、貴族相手に何度も同じ手を使っていたから『詐欺罪』となったのよ。実際、王家の者も私の他に母と姉がお金を渡していたことが分かった。」
一人当たり金貨数枚程度のお金だったとしても、数を重ねれば何十枚、何百枚となる。
『詐欺罪』の適用は相応だろう。
「まさか、その国外追放になった女性の・・・?」
「確証はないわ。でも、どことなく似ているのよ。雰囲気っていうのかしら?…瞳の色も同じ『赤』だったし、余計に私の不安を煽ったわ。」
現枢機卿の叔父が『初代枢機卿の末裔だ』と言い、ノノルア神殿に連れてきた子供。
その叔父はもうこの世にはいない。
彼女が私と同じ12歳だということも、証明出来るものはない。
様々な『謎』に包まれた彼女は、案外、見た目通りの本当の自分を隠した少女なのかもしれない。
「彼女の目を見たのですか?」
いつも黒いベールを被っているのに、見れたのかと聞けば
「たまたまね。『ユーステスが卒業するまでは勉強させたいから、王城に来るのを控えて欲しい』とお願いした時に、興奮した彼女のベールが一瞬捲れたの。」
計画通りに行かないことがあると、興奮してしまうのは彼女の癖のようだ。
『ラカーシュ殿下はお返しできません。』
そう甲高い声で叫んだあの日の彼女が頭を掠めた。
「直感でしかないわ。・・・でも、きっと彼女はあの時の彼女の娘。初代枢機卿の血筋なわけなんてないの。ミラ王国の主神は海の神『トリ―トーン』。神聖教が力をもった歴史はないのよ。」
証拠はない。
でも確信に変わるには十分な第一王妃の言葉に、私はやりきれなさを覚えた。




