◇33
冬の冷たい風が窓をカタカタと鳴らして過ぎ去った。
暖炉の火がパチパチと音を立てて部屋を暖める。
その暖炉の前には、何か黒い塊が並べられているが、私は敢えてそれに触れるのを控えた。
「ユーステスがね…恋愛小説を手に目を輝かせて私の元に来たのよ。」
第一王妃が昨日の出来事をポツリポツリと話し始める。
「あの子が幼い頃、同じようなことがあったわ…。あの時は『焼炎』の加護を授かった日だったわね…。『母上!私は世界を焼き尽くす加護を手に入れました。これで母上が嫌いな冬は無くして差し上げます。』そう言って、私の寝室を燃やし尽くしたわ。」
(うわぁ〜。)
思わず絶句する私に、第一王妃はクスッと笑うと、溜息を吐いた。
「あの時から全く変わってなかったのよ。昨日、私の部屋に来たあの子はこう言ったわ。『母上!真実の愛を見つけて母上に教えて差し上げます!勉強はもう終わりにしましょう。』…私は昨日の朝あの子に、まずは学園を平穏無事に卒業して欲しいと伝えたばかりだったのに…''真実の愛''など後でいいから、''事実の受入れ''を願ったのに!!」
「また、何か燃やしたのですか?」
興奮する王妃にビクビクと問えば
「侍従たちに運びこませた教科書全てよ。」
・・・ヲワタ。
ふと、ラウンジの暖炉の前に並べた黒い物体をチラ見する。
(まさかの教科書の燃え残りだったとは…。)
私はフゥーッと息を吐き出し、王妃に確認する。
「ユーステス殿下は…そんなに酷いのですか?その…成績は。」
兄やノルウェーチェ姉妹から聞いてはいるが、彼らとは学年が違う。
もしかしたら、噂の独り歩きという可能性もあるのではないか?そんな思いからの確認だった。
「過去最悪。…そう学園の先生方から言われています。…私も流石に言い過ぎではないか?と甘く見ていました。しかし、学園祭であの子を観察していて分かりました。『中身が5歳から止まっている』と。」
(いつも冷静沈着な第一王妃がそこまで言うのだから…間違いない?)
「学園は貴族として生きていく為にと卒業を願ったのですが…それも、教科書を親の前で燃やした以上、期待は出来ません。国王と相談した結果、いずれにしても、3年終了を以て、あの子にはミラ王国の叔父の家に養子に出そうと決めました。私の母の実家なのですが、海賊の取り締まりを生業とする辺境伯領なのです。海で遊ぶのが好きなあの子にはピッタリなのかもしれません。」
海で遊ぶのが好きだから、海賊の取り締まりをしろと命じられ養子に出される予定の第一王子って…。
私はもはや、何をどう言って良いのか分からず
「なんか…お疲れ様でございました。」
そう呟いた。
「カシュア様との真実の愛を確かめるとユーステス殿下は仰ったのですよね?」
私は策に嵌めてしまった手前、罪悪感もあり、気落ちした王妃に確認すれば、彼女は目を見開き、神話の魔女『メデューサ』のような表情で叫んだ。
「あれは初代枢機卿の末裔などではありません!」
「ひぃっ!!」
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第一王妃殿下とのお茶会を終え、私は色々と頭の中を整理しようと思い、王城の庭園に足を運んだ。
私の姿を見つけるなり番犬パティが走ってくる。
パティは第一王子が魔獣だと言い張り城に連れてきた犬だ。
正確には、捨て犬だったパティを第一王子が王子教育から抜け出した日に拾って帰ってきた犬だ。
城の使用人に世話を任せた第一王子は、既にパティに興味を失ってしまったかのように、遊ぶこともなかった。
今思えば『魔獣』と信じていたのに、『ただの犬』だった時点で彼の興味からは外れたように思う。
結局、一部始終を目撃した私と、私から事情をきいた第二王子と私の兄がパティの遊び相手を引き受け、育てた。
「わん!」
「パティ、今日は遊んであげられないわ。」
私の言葉が通じているはずもなく、パティが私の足元に戯れてくる。
仕方ないと諦め、私は芝生に腰を降ろし、しばらくパティを撫で回すことにした。
フサフサの尻尾をパタパタと振って、私に戯れていたパティだったが、突然立ち上がると、何かを見つけたように走り去った。
「もう飽きたの?」
一人になった私は呆っと、その場で空を見上げていた。
風は冷たいが、空は青く、雪が降るのはもう少し先だろうと思えた。
白い雲が風に流され揺蕩うのを見つめながら…
望んでいた婚約破棄が思わぬ方向から呆気なく叶ったことに、心の穴がぽかんと開いたかのような…変な気持ちになっていた。
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「それは『燃え尽き症候群』ですね。」
モアが笑う。
全力を注いで大仕事をやり遂げた後、燃え尽きたような状態になることを指すのだと説明を受け、なるほどと納得した。
私にとっての『婚約破棄』は一番の課題であり、取組むべき問題だった。
それが叶ったのだから、そりゃあ燃え尽きるのも納得だ。
「燃え尽き症候群は、十分な栄養と休息で、次の目標が見つかり治ります。お嬢様には休息が必要なのですよ。」
ここは人生の先輩であるモアに従っておこうと、私は頷いた。
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翌日、婚約破棄が正式に執行され、婚約破棄の書類にサインをした。
まだ第一王子のサインがないことを訝しく思いつつ、本来なら10歳のあの日に書いていたサインだったのだと思い直す。
その場にいた国王陛下は、
「結局こうなったか。リリーシュア嬢にはツライ時間を強要して、申し訳なかった。」
謝罪を口にした。
「約束を守って頂けて、ほっとしています。」
私がニコリと言えば、国王陛下は歪な苦笑いを見せた。
一部始終を黙って見ていた宰相閣下である私の父が、私の名を呼んだ。
何だろう?と首を傾げれば、彼はスッキリした笑顔で私に告げたのだった。
「リリー、王太子妃教育が無駄になったとは考えないように。」
「…?はい。」
王太子妃にならなくても、この国の淑女教育のトップ水準の王太子妃教育が無駄になる時は、私が貴族でなくなった時くらいでしょう。
(お父様は何を言っているのかしら?)
結局、父が言わんとすることは解らずのまま、私は深く考えるのをやめてその場を後にした。
国王の執務室を出ると、第二王子がすこぶる良い笑顔で立っていた。
「ご機嫌よう。ラカーシュ殿下。」
「ああ。リリーシュア、この後時間はあるかい?」
私は第二王子の後に付いて王城内を歩いた。
途中、第二王子が私に耳打ちしてきたので、私たちは王城のラウンジへと歩を進めた。
『カシュア嬢がまだ私を見張ってるんだ。…多分、少ししたらユーステスが現れて彼女は消えると思う。』
後ろを付いてきているというカシュアの姿を確認出来たのは、ラウンジに入る瞬間、チラッと振り返った時だった。
城の侍従が用意したお茶を飲みながら、私たちは声のトーンを落として会話をした。
「ラカーシュ殿下はまだカシュア様に諦めて貰えてなかったのですね?」
「失礼だけど、残念ながらね。最近の彼女は少し異様でね。何度か私の寝室に入ろうとして、護衛たちに注意を受けている。」
お茶を飲みながら溜息を吐いた第二王子に、私は同情する。
それにしても、カシュアが未だに第二王子に執着を見せる理由は何だろうか。
例の恋愛小説は、彼女も読んでいるはずだ。
何故なら、『白薔薇の騎士』を書いた作家の新作だと分かるように、わざと神殿に出入りする令嬢に宣伝させたのだから。(母が。)
王城では、恋愛小説評論会の相手である第一王子が手に持って歩く程に宣伝しまくっている。
それでもカシュアが釣れないということは…単に物語に共感出来なかったか…そもそもの恋愛小説の影響で第二王子好きになった事自体が嘘だったのか。
私はずっと心に引っ掛かっていた違和感を第二王子に呟いた。
「本当に馬鹿だったら『策謀』は使えないのではないかしら?」
私の言葉を拾った第二王子が、青い目を少しだけ細めたのだった。
その目は決して優しい微笑みではなく、鋭く光る為政者の目に似ていて、私は口の中が渇くのを感じた。




