◇32
「私はカシュア嬢が好きなのだろうか?」
「どうなんですか?」
月一のお茶会で、卒業も危ぶまれている第一王子が悩んでいた。
昨日、王城から急ぎの招待状が届き、中を開いた私の目に飛び込んできたのは『ユーステス殿下が悩んでいるから、助けてやって欲しい。』という内容の、王子のフリをすることすらやめた侍従長からの物だった。
お茶を飲みながら、目の前の悩める金髪を見つめる。
顔だけ王子は、まんまと私たちの策に嵌ったようで、例の恋愛小説を読んだらしい。
ミーアが書き上げた恋愛小説第二弾は、実は第一王子をモデルにしたものだったのだ。
何をしても上手くいかない不器用な第一王子は、優秀な第二王子と比べられる度に心を閉ざすようになっていた。
そんな第一王子には幼い頃に婚約を結んだ令嬢がいるのだが、その令嬢と自分を比べる度に、自己顕示欲が下がる思いがし、どうしても愛することが出来ずに悩んでいた。
そんな時、趣味の合う一人の少女に出会う。
彼女との時間は楽しくて、いつしか時間を忘れて話し込むほどに仲を深めていったのだが、少女は第二王子に恋をしていると知った第一王子は、自分の気持ちを押し殺し、第二王子と少女の仲を取り持とうと画策する。
しかし、第一王子が気を使えば気を使うほどに、第二王子から痛烈な言葉を受けてしまう。
第二王子は少女のことなど、これっぽっちも好きではなかったのだ。
大好きな彼女を幸せにしたい第一王子と、彼女に興味がない第二王子はある時喧嘩をしてしまう。
仲裁に入ってくれた少女を、第二王子は冷たい視線で置き捨てた姿を見て、第一王子は覚悟を決める。
『私が彼女を守ってやる!』と。
その日から第一王子は彼女へのアプローチを開始する。その為の第一歩として、婚約者とは円満に婚約解消を言い渡す。
そんな誠実に愛を伝えてくれる第一王子に少女の心も徐々に揺れ動いていく中、第一王子の元婚約者と第二王子の仲睦まじい姿を目撃してしまう。
『私は叶わぬ恋をしていたのね。」
恋に恋していたと自覚した少女が涙を溢す中、そっと彼女を支え続ける第一王子の存在に気付き、『真実の愛』を知る。
真実の愛を知った二人には敵はなく、穏やかで幸せなハッピーエンドとなった。
自分の姿を客観的に描写された部分に、私は羞恥心から熱を出した。
3日間ほど寝込んで、今に至るのだが。
(そもそも、その婚約者に恋愛相談するってどうなのかしら?)
馬鹿王子の馬鹿っぷりに私は二の句を紡げずにいた。
「私が婚約を破棄しようと言ったら、其方は応じるのか?」
力なく聞いて来る金髪碧眼を見つめ、私は少しだけ演技することにした。
「殿下が幸せになるのなら、私は身を引きますわ。それが、婚約者としての務めでありましょう?」
少しだけ悲し気に見えるように、俯き加減に言えば、第一王子は真面目な表情で
「そうか。其方はそういう人間だったな。」
と溜息混じりに呟くのだった。
(え?そういう人間ってどういう意味ですの?)
彼から感じるものが良い意味ではないことが察せられ、私は怒りを抑えることに集中した。
「私は…どうするべきなのだろうか?」
また振り出しに戻った感満載な金髪からの質問に、私は溜息を吐いた。
「いっそ、一旦カシュア様と向き合ってみたらいかがです?ご自身でも気付けていない気持ちに気付けるやもしれませんわよ。」
私の回答に、青い目が大きく見開かれる。
「其方はそれで良いのか?」
「殿下が良いのでしたら、私は構いませんわ。そう申していましょう?」
突然、私の両手を握って立ち上がった第一王子は、全力で私に礼を言った。
「そうか!其方が思っていたよりも器が大きい令嬢で助かった!恩に着る!」
一気に言い切った第一王子は、私を残し、走り去っていった。
(お二人が上手くいくことを祈っていますわ。)
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第一王子が去ったので、私は一人でお茶を飲んでいた。
たかが小説一冊で、ここまで簡単に動かされる第一王子の馬鹿っぷりに、清々しいほどの笑みが零れる。
「ユーステスは?」
そこに現れたのは第二王子だった。
どうやら、先ほどまで剣術の訓練を受けていたという第二王子の額には汗が滲んでいる。
私は自分のハンカチを渡し、
「風邪をひかれますわよ?」
と言えば、ハンカチを受け取った第二王子が笑って
「そしたら、君にうつされたと言っておこう。」
と冗談を言って汗を拭った。
その瞬間、小説の中の私と第二王子の逢瀬のシーンが甦り、顔に熱が集まっていくのを感じる。
「まだ具合悪いのか?」
「だ…だ…大丈夫ですわ。そもそも風邪ではありませんでしたもの!うつりません。」
赤くなった顔を覗き込むように見つめて来る第二王子の整った顔から、私は視線を反らして言い放つ。
「ふーん、風邪じゃなかったんだ?」
面白がる声色を耳にした瞬間、私は一気に自分の失敗に気付いて青褪めた。
「殿下…?風邪ではありませんでしたが、風邪のようなものでしたから。」
焦る私を面白がる青い目の主は、私の頬に触れるとクスリと笑った。
(だから!王子様すぎる態度は目の毒ですってば!)
「…あの、何を考えていらっしゃいます?」
恐る恐る尋ねた私から視線を反らさずに第二王子は答える。
「目の前の君以外のことで、考えることがあると思うのかい?」
「ひぇあ?!」
思わず変な声が漏れた私に、目の前の王子は吹き出した。
(遊ばれましたわ…)
私は気持ちを落ち着かせようと、新しいお茶を自分でポットから注いで飲み干した。
(はあ…案外小説に振り回されているのは私の方かもしれませんね。)
そんなことを心の中で呟き、反省していると
「さっきまでカシュア嬢が近くにいたんだ。君のお陰で上手くいったみたいだ。」
耳元で第一王子が呟いたのを聞いて、演技力のある第二王子に白旗を挙げたのだった。
「王子教育には演技力もあったのですか?」
私は用意されていたクッキーを咀嚼しながら、目の前の青い目に問いかける。
彼はシュークリームを食べながら何でもなさそうに答えるのだった。
「君に対しては演技する必要がない。」
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「私はからかい甲斐のある人間ですか?」
夕食の席で兄に問えば、兄は笑って答えた。
「リリーは反応が素直だから可愛いんだ。もし兄が君を困らせたなら、可愛い妹が放っておけない兄の我が儘だと思って、許しておくれ。」
兄の言葉に、私は頷く。
「では、ラカーシュ殿下の言動も私が過敏に反応してしまうから、いけないのですね…?」
私が溜息混じりに呟けば、兄は食べかけの肉を取り零したのだった。
「リリー?ラカーシュ殿下と何かあったのかい?」
引き攣る笑顔で尋ねてきたきた兄に、私は何でもないと首を横に振って答えた。
「少しからかわれただけですわ。」
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翌日、第一王妃から呼び出しを受けた私は、急ぎ登城した。
第一王妃のいる赤薔薇宮のラウンジで、第一王妃から耳を疑う提案をされたのだった。
「リリーシュア、よく来てくれました。」
第一王子と同じ眩しいくらいの金髪の長い髪と、妖艶な雰囲気を醸し出す容姿の第一王妃は、さすが南国ミラ王国の第三王女だと感じさせる、艶のある黒い肌が魅力的な女性だ。
第一王子の好きなタイプが『胸が大きい女性』である理由は、第一王妃に由来することを、今の私は理解している。
「お久しぶりです。第一王妃殿下。」
第一王妃とお茶を共にするのは、初めてではなかった。
問題ばかりを起こす第一王子のことで、今までも幾度となく第一王妃から相談を受けてきたからだ。
「貴方には今のうちに愚息との婚約を破棄して貰いたくて呼んだのよ。」
「え?」
思ってもいない所からやってきた吉報に、私は思わず飛び上がりそうになるのを必死で堪えた。
「流石に学園卒業も怪しい息子に、優秀な貴方を嫁がせるのは忍びないもの。」
''第一王子の母親''としての表情が、とても切なげで、私は唾を飲んだ。
(パワーと騒がれた王妃殿下はどこに行ってしまったの?)
「えっと…、もし失礼でなければ、2、3質問しても宜しいでしょうか?」
私は事のあらましを探るべく、第一王妃殿下とのお茶会に挑むのだった。




