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◇31

「ご・・・ごめんなさい!!」

目を潤ませながら謝罪をするのは、パレイスティ王国内の小さな領地に住む、男爵家の令嬢『ミーア・アルスランド』だった。

父親が経営するレストランの経営が軌道に乗り、王都内だけでも数店舗の店を構える男爵だが、元は平民だ。経営手腕と王都に新事業を立ち上げたことが評価され、国王から爵位を賜った敏腕男爵と言ったところだ。

そんな男爵家の娘であるミーアだが、なぜ兄と知り合いだったかというと…

「俺が!庶民向けにすれば王子殿下たちに迷惑をかけることもないだろうからと、背中を押したのが悪かったんです。」

そう、ミーアの隣で頭を下げる男性、アストレン・アルスランドが第一騎士団団員だからだった。


つまり、王家の護衛騎士も務める第一騎士団の団員であるアストレンが、小説を書くことが好きな妹ミーアに、王子たちのことをあれこれと話し、小説にしていたという流れになる。


そして私たちは、早速作者の元を尋ねている。

その際、第一騎士団の詰め所にいたアストレンを強制的に連れ出したのは兄だ。


「いや、小説を書くことは悪くないんだけど、今回は面倒な女性にラカーシュ殿下が付きまとわれることになっちゃったんだよね。その責任の一端が2人にはあるわけじゃない?王子の私生活暴露しちゃってるし?」

そう説明をする兄は、以前よりアストレンから第二王子のネタがないかと聞かれていたらしい。

何度か断っていた兄だったが、ある時アストレンが『妹が書いた小説だ』と持ってきた本を、パラパラと読み『発行を中止すべきだ』と忠告していた矢先だったとのこと。

兄が忠告するのは尤もだった。

内容に、第二王子の周囲の人間ではないと分からない描写が散りばめられていたのだから。

例えば、’’愛読書’’とか’’好きな花’’とか’’寝間着の模様’’とか’’部屋にあるクマのぬいぐるみ’’だとか・・・だ。名前は『シルベート』だったか。

目の前で作者兄妹が謝っているのを、一向に気に留めない様子の第二王子が、問題の本を速読しながら呟いた。

「私はこんな風に見えているのか?」

「だいぶ盛られていますがね。大体こんな感じですわ。」

私が溜息交じりで答えれば、「そうか。」と呟くのだった。


今回はたまたまカシュアという’’妄想癖を拗らせた少女’’に、この物語が気に入られてしまったが為に、このような厄介な展開に発展してしまったわけだが、もし、小説内の王子の容姿の描写を変えていたのならば、ミーアの書いた物語はとても商売人として価値があると言えるだろう。

庶民向けとターゲットを決めた上で、主人公の少女の家格が庶民なのか下級貴族なのかが不明な点などは、読んだ人を自分に置き換えて妄想を膨らませるには十分な技術だと思う。

「ミーア様の文章の才は貴重なものと思います。」

私がそう言えば、第二王子も「確かにな。」と同意を示す。

「ターゲットを絞りつつ、上手く商売につなげる手腕は流石アルスランド男爵の血筋だと言えましょう。」

「そうだな。」

私と第二王子のやり取りに、アルスランド兄妹が目を瞬かせる。

「彼女の文才は伸ばす方向で、私は今回の件に終止符を打ちたいのですが、宜しいでしょうか?」

「できるのか?」

隣に座る青い目が、私を試すようにじっと見つめて来る。

「ミーア様次第ではありますが。」

私の回答に、私の言わんとすることを察した第二王子はニヤリと笑ったのだった。


「ミーア・アルスランドに命ずる。これより、私たちの指示の元、次なる小説を書いてみよ。それ如何により、アルスランド兄妹への対処を決めることとする。」

「ありがとうございます!」


思わぬ方向で話が進んだことで、アルスランド兄妹は泣きながら第二王子に感謝を伝えたのだった。


さて、私が考える今後のシナリオだが。

カシュアが第二王子に依存することになった要因の洗い出しをし、それをぶち壊していく内容にするという、恋愛小説好きには悪魔と呼ばれそうな方法論だった。

「そもそも、当初彼女が自分と重ね合わせたと思った『視察先で出会った令嬢』に釣られなかったことが意外なのです。」

私の疑問に、第二王子は何でもなさそうに答えた。

「カシュア嬢に初めて会ったのは視察先ではない。うちの城だ。」

「へ?」

まさかの展開に、私は口をあんぐりと開けて固まってしまった。

そんな私を面白がるように、第二王子はテーブルの菓子を一つ、私の口に突っ込んできた。

(甘・・・!)


第二王子とカシュアの出会いは3年前。

前教皇様に連れられて王城に登城したのが始まりだったらしい。

「年に数回城にやって来ては、用もないのにウロウロしては帰っていく。次期枢機卿の割に、随分余裕な人間もいたものだとは思ったが、他国の事情だから、無視していた。」

「え?その際、なんか変わったこととかなかったのですか?」

彼女の加護は『策謀』

もし、無意識下であるにせよ、彼女に関わった人間に異変は見られなかったのだろうか?

「彼女が帰った後に、メイドや侍従たちがつまらない冗談を言っていたくらいじゃないか?」

まさに『策謀』発動してんじゃないですか?

私と兄が第二王子をじとっと睨む。

「あ、そうか。あれが。」

今更ながらに気付いたらしい第二王子に溜息を吐く。


「次に、彼女が自分と重ね合わせた『身分違いの少女』についてですが、カシュア様は次期枢機卿になられるお方です。ギルシャーク帝国に貴族制度はないにせよ、彼の国では高位貴族ということになりますよね?」

「なあ、それってさ、名乗る爵位がない時点で貴族って認識はないんじゃないか?」

今度は兄の意見に、私はあんぐりとしてしまった。

面白がる兄も第二殿下同様、私の口にお菓子を詰め込もうとしてきたが、私はその手を払いのけた。

兄の舌打ちに、何故か第二王子が嬉しそうに笑っていた。


「では、その点を踏まえて・・・物語のシナリオですが。」

「あの!私、書きたいことを思いつきました!」

ミーアが突然発言してきたが、その目の輝きに、私は底知れぬ不安を覚えたので却下しようとした瞬間

「書いてみよ。」

隣の青い目が答えてしまった。

「殿下、良いんですか?また被害に合うのは殿下ですよ?」

私の指摘に、当の第二王子は

「書けたらまず、私に見せよ。」

飄々と言ってのけたのだった。



❀-----------❀



数週間後、書籍としては異例の速さでミーアの書いた物語が発売された。

王家の力が裏で働いたことは容易に想像できたが、私は考えるのをやめた。

私の元にもミーア本人から初版本だという一冊が届けられた。


その内容を見て絶句した私は、3日間寝込んでしまった。

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