◇30
冬が来た。
冬期休暇で兄も学園から帰って来た。
私の新作料理『坦々麺』を、兄と第二王子が食べている。
「ピリ辛で美味い。このチョイスがリリーらしくていいね。」
絶賛する兄と
「初めて食べるが、この後味は…山椒か。」
分析をする第二王子。
ああ、平和な冬であって欲しいと切に願いつつ、私は師匠が作った淡々麺に手を付けた。
「辛っ!!」
「そろそろ兄弟喧嘩か。」
麺をこれほど上品に食べる人を見たことがないと思わせる所作で、器用に淡々麺を食す第二王子が呟く。
「本ではそうですが、その予感はあります?」
私は舌に残るヒリヒリ感を冷やすべく、水を飲みながら聞けば
「あると言えばあるし、ないと言えばない。」
いつものように、冷静な返しがあった。
「まあ、馬鹿王子だから、キッカケなんてなんでも良いだろうしな?」
兄が心底呆れたように言ったので、私たちは同意を示した。
ラノベ本によると、冬期休暇中に王子の兄弟喧嘩が勃発する。
弟殿下が兄に『婚約者を蔑ろにして令嬢漁りとは情けない。』と苦言を呈することがキッカケになる。
学園で『補習室のラスボス』に上り詰めた第一王子に想いを寄せる令嬢はいない。
そして、婚約者である私を蔑ろにするのは、今に始まったことではない上に、互いに心の伴わない婚約関係であることも本とは違う点だ。
『ラカーシュに悔しがる顔をさせたい』という目的で、この婚約関係が続いているが。
(馬鹿王子はそんな理由すら忘れてそうよね。)
さて、この兄弟喧嘩は年明けの卒業間際まで続く流れになる。
卒業秒読みの中、弟王子に与する貴族令息・令嬢たちに逆上した王子が火魔法を使うのだ。
大事な子供たちを傷つけられた親たちが立ち上がり、内戦に発展する。
貴族間の派閥争いも加わり、最初は小さな争いだったが、国全体を巻き込む争いへと広がる頃、王子は主人公に言う。
王子「私が撒いた種だ。君を巻き込むわけにはいかない。この国が落ち着くまで、君は国に帰れ。」
主人公「嫌よ!私は貴方を支えたいの。私が国に帰ってしまったら、貴方は一人ぼっちになっちゃうじゃない?」
王子「大丈夫だ。戦が終われば君を迎えに行く。それだけで私は強くなれる。」
半強制的に主人公を国に返した王子だったが、弟の刺客によって討たれてしまう。
何度も読んだページを思い出し、私は苦笑いが止まらない。
『私が撒いた種だ』と分かっているのに、なぜ国を巻き込むほどに意地を張ったのか?
そもそも、主人公の言っている意味も理解不明だ。
『あなたが一人ぼっちになっちゃうじゃない?』ならば、王子側に付く味方は誰だ?
苦い顔のまま固まっていた私に、兄が言う。
「麺、のびてるぞ。」
結局、今回も事の成り行きは様子見ということで落ち着き、第二王子は城へと帰って行った。
「ラカーシュ殿下、この邸に馴染み過ぎてないか?」
第二王子を見送った兄がボソッと呟いた。
全くもって同感である私は、大きく頷いて見せた。
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「リリーシュア、ちょっといいかしら?」
部屋で兄と魔石についての議論を交わしている私の元に、母親がやってきた。
「ああ、セイドリックも聞いて頂戴。」
母は兄の存在に気付くなり、兄にも同席を許した。
「ユーステス殿下とカシュア様が恋愛小説好き同士で意気投合したらしくて、カシュア様が毎日のように王城に行かれているらしいの。」
私は二人の恋愛小説議論を想像し、『うわぁ。』と顔を顰めざるを得なかった。
「王城は神殿と違って、第二騎士団もいらっしゃるし、魔術具も豊富だから安心していたんだけどね?どうやら、カシュア様を巡って王子殿下たちが喧嘩になっちゃったらしくて…。」
「はあ?」
愕然とする私たち兄妹に気付かない母は、勝手に話を進めていく。
「卒業も危ぶまれているユーステス殿下が意固地になっちゃって今まで以上に勉学から背を向けちゃったものだから、卒業の危機を不安視した第一王妃殿下がカシュア様にお願いしたらしいのよ。『しばらく城に来ないで欲しい』と。」
第一王妃の親心は理解できる。
『馬鹿でもいい。とりあえず卒業して欲しい。』
親ならそう思うだろう。
「それで、カシュア様を巡りっていう王子殿下2人の言い分は?」
兄が要領を得ないと言った様子で、母親に問う。
「カシュア様が『黒髪碧眼のラカーシュ殿下と結婚したい』と言ったことで、ラカーシュ殿下が拒否を示し、それに腹を立てたユーステス殿下がラカーシュ殿下を殴ろうとして兄弟喧嘩になったらしいわ。なんでも、カシュア様は黒髪の王子様に憧れが強いらしくて。」
すっごい火の粉が飛んできた第二王子に同情しかない。
カシュア様のラカーシュ殿下への執着心が凄いことに、私は違和感を覚える。
恋愛小説は様々ある。その中で黒髪碧眼というだけの理由で第二王子に固執するだろうか?
「お母様、教皇様にお願いして、カシュア様が気に入っている恋愛小説が何なのかを聞いて貰えませんか?」
「リリー、君もその本を読むのかい?」
兄が不安そうに私を見つめてきた。
「あら、お兄様。敵を討つには敵を知る所から始めるのは、戦いの常識でしょう?」
「そりゃあ、そうだけどさ。」
兄はやるせないという表情で、大きな溜息を吐いたのだった。
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母の動きは速かった。
神殿で教皇様から聞き取った情報を元に、お目当ての本をメイドに探させて、次の日には私の元に持ってきたのだ。
「さすがお母様ですわ。」
「題名を聞いたら、私のメイドの一人が知っている本だったのよ。なんでも、庶民の間では有名な物語らしいわよ。」
母に視線を送られた、まだ若いメイドが顔を高揚させるのが分かった。
(ああ、なるほど。)
第二王子が我が邸に来た時、彼女は第二王子をやたら気にする素振りを見せていたのだ。
理由が分かって納得した私は、早速本を開いた。
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『白薔薇の騎士』なるその本は、どう見ても第二王子をモデルにした恋愛小説だった。
頭脳明晰で聡明な第二王子が、何かと問題を起こす第一王子を陰で助けながら生きていた。
そんな彼は自分の存在意義に悩み、葛藤する日々を送っていたが、ある時視察先で出会った令嬢に恋をするのだ。
しかし、令嬢には幼い頃に親の都合で決められた婚約者がいた。
初めての恋を知った王子は、失恋の悲しみに暮れる日々を過ごした。
そんな時、彼の心を癒す少女と出会う。心を閉ざした王子に寄り添う少女の優しさに、次第に王子の心も満たされていく。
そんなある日、兄である第一王子が城で問題を起こし、国外追放となってしまう。
急遽王太子になった第二王子だが、少女との家格の差に二人の恋路に邪魔が入ってしまう。
そんな紆余曲折を経て、最後はハッピーエンドを迎えるという…なんとも頭が痛くなる話だった。
「読み切ったんでしょ?どうだった?」
興味津々というには、いつもより元気がなさそうにも見える兄が声をかけてきた。
「うーん。よくある恋愛物語?」
「だろうな。」
そう応えた兄に、私は詰め寄った。
「お兄様!もしかして、この作者をご存じではありません?」
「流石だね~リリー。惚れ直すよ。」
視線を泳がせた兄が誤魔化すような言葉を発する。
「お・に・い・さ・ま!」
私の威圧に負けた兄は、諦めたように溜息を吐くのだった。




