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◇28

オスロン国から戻り、料理の師匠である料理長が予定通りに煮豆と味噌作りを進めていてくれたことを知った私は、作り置きをしておいてくれたという味のしみ込んだ煮豆に舌鼓を打っていた。

(ん~。美味しい!幸せ~。)

そんなささやかな、幸せは長くは続かなかったようだ。


❀-----------❀


珍しく姿を見せた母に、有無も言わさず連行され、着いた場所は王都にある神殿だった。

ここに来るのは5歳の時、加護を授かった’’神信式’’以来だ。

あの時も『真っ白だな』と印象を持ったことを思い出しつつ、全体的に白い建物内を進んでいく。

(詳しい説明も貰えないままお母様についてきたけれど、今日は一体何かしら?)

教典の一件以来、母との関係は随分と改善されてきた…ように感じている。

元々、神殿の手伝いや社交に忙しい母が邸にいることは少ないのだが、顔を合わせれば以前より会話をするようになったのだ。

そのお陰で、母が現教皇様を’’心底気に入っている’’ことを私は知っている。


母に付いて着いた先は、神殿の奥にある『祈りの間』と呼ばれる、神聖教が奉る神である、女神『メフィーユ』の大きな像と祭殿がある、(おごそ)かな空間だった。

「よく来てくださいました、リリーシュア嬢。」

透き通った温かさのある声がし、そちらを見れば、祭殿の前に立つ白地に金の刺繍が繊細に施された衣装に身を包んだ、中年の女性が微笑んでいた。

「教皇様、この度お呼びと聞いて参じました、ダリヤーナ・ハロイエッド侯爵夫人の娘、リリーシュア・ハロイエッドでございます。お初のお目通りに感謝いたします。」

敢えて、目の前の彼女がよく知る母の娘であることを強調して自己紹介すれば、白い衣装の中年女性の瞳が細められた。

「噂通り、とても聡明なようですね。リリーシュア嬢、来てくださり感謝します。」


教皇様に勧められるまま、母と一緒に祈りの為に座る座席に腰を下ろした。


「単刀直入に伺います。ギルシャーク帝国のノノルア神殿の様子はいかがでしたか?」

「え?」

私が数か月前にギルシャーク帝国へ拘束された第二王子を助けるよう国王から命を受けて向かったことを、教皇である彼女が知っていることは当然だろうと思う。

ただ、質問の内容が何を探っているのかがいまいち分からず、困惑した。

「貴方なら、’’あの神殿’’に着いた時に何かを感じたのではないかと思いますが。」

教皇の補足に、私は頷き、小さく息を吐いた。


「はい。仰る通り、初めて訪れたノノルア神殿は『違和感の塊』といった印象を受ける場所でした。」

私はあの時感じた感情をそのまま、素直に吐露した。

そんな私の答えに頷いた教皇様は、ゆっくりと言葉を紡ぎ始めた。

「貴方の耳にも入っているでしょうが…ノノルア神殿を取り仕切っていた神殿長が、先日処刑されました。」

それは兄から聞いた情報だ。

とうとう処刑執行がされたのだと分かり、少し胸が軋んだが、横領と全教皇暗殺に関わったとあれば、処刑は免れないことは明白。私は膝に置いた手でドレスの布を強く握りしめた。

「そして、ノノルア神殿で育てられた初代枢機卿の血を引き継ぐカシュア・リザベル・マル・モッテを私がしばらく預かることになりました。」

「カシュア様?」

私と同じくらいの年齢の、黒いベールを被った少女を思い出す。

恋愛小説に夢を見て、パレイスティ王国の第二王子に憧れ、監禁まで仕出かした、思い込みの強い少女だ。監禁とはいえ、第二王子に危害はなかったことと、彼自身が問題視しないと言ったことで、このことは’’なかったこと’’として片付けられたのだった。

(ラカーシュ殿下の言葉足らずもいけなかったので、彼女には同情するんですけれどね。)

「彼女については、気を付けねばならないことがあります。」

「妄想癖な所ですか?」

思わずとはいえ、つい声に出してしまった私を、隣に座る母親から睨まれてしまった。

「あ…ごめんなさい。」

「いいえ、その通りです。彼女は世間知らずの上に、ノノルア神殿内で守られて育った故、自分本位な部分があることは事実ですから。…妄想癖、いい表現です。」

怒られる所か、教皇様は私に同意を示したことで、母の神経は落ち着きを取り戻したようだった。


「彼女が持つ加護は『策謀(さくぼう)』です。」

「それって…お父様と似た?」

私が目を丸くして母を見上げれば、彼女は私に頷くと

「旦那様の『策略』よりも『策謀』の方が周囲を巻き込みがちなようです。」

それって・・・。

「ハロイエッド侯爵の一番近くにいると言う理由もあり、私はダリヤーナ夫人に相談に乗って頂いていました。実際、カシュアが関わると、多かれ少なかれ…問題が起きてしまうのです。しかし、彼女はいつも罪から逃れてしまう為、結果、彼女は今でも自分の加護の危うさに気付けず…貴方の言葉を借りるならば、妄想癖を拗らせてしまっています。」


どこにでも馬鹿っているのかしら・・・。

そう思ったあの日を思い出し、苦笑いが漏れてしまった。


教皇様からは、その後ノノルア神殿内で起きていた様々な出来事を聞いた。

カシュアが加護を得た8年前より起きた様々な出来事の中に、前教皇様の事も含まれていた。

「教皇はもともとノノルア神殿からパレイスティ王国神殿に派遣される存在です。ですので、年に数回、古巣であるノノルア神殿に戻ることがございます。全教皇も昨年末に年越し前にノノルア神殿に戻っていました。ある、夕げの席で、彼はカシュアに苦言を呈したことがございました。カシュアは次期枢機卿としての教育の最中であるにも関わらず、聖書の一説すら覚えていない程に怠惰な生活をしていましたので。その上、女神官を手足のように使い、恋愛小説を買って来させては、その物語にのめり込む始末。そこに苦言を呈するのは当然だったのです。」

神信式で私に加護を授ける儀式を行った前教皇様の好々爺な姿を思い出し、カシュアの様子にこの国の第一王子の姿が重なって、やりきれない疲労感をどっと感じてしまった。


「前教皇がパレイスティ王国に帰る日の朝食後でした。彼は心臓を抑えて倒れたのです。神殿長の加護は『調薬』。疑いは彼に向きましたが、その日の神殿長はカシュアの教育の為に彼女の部屋に居た為、問責から逃れました。」


要するに、カシュアが『策謀』により神殿長や神官たちを操り、前教皇を暗殺させた真犯人である可能性があるという。

私と同じくらいの年齢の子供が、己の欲の為に他人を使い、簡単に他人を殺してしまう思考に、私は寒気を覚えた。

(神に仕える立場の中枢になるべく育てられた少女が、人の命の価値を理解していないというの?)

震えが止まらない私の肩を、母がそっと抱きしめてくれる。

記憶の中でも数少ない母親の温もりに包まれ、私は瞳を閉じた。


「枢機卿から伺いましたが、リリーシュア嬢、貴方の薬はよく効くそうですね?」

「へ?」

思わず母の腕の中から顔をあげる。

「毒を盛られた枢機卿は、貴方から頂いた薬で助かりました。」

お守りのような気持ちで渡した薬だったが、本当に使うことがあったことに、私は何とも言えない気持ちを抱いたのだった。



❀-----------❀


「『読解』という加護は先見の明が与えらえるのかしらね?」

帰りの馬車の中で母が呟いた。

(そんなわけないでしょう?)

そう言いたかったが、母の遠くを見つめる姿を見て、飲み込んだ。


先見の明があったら、私は第一王子との婚約破棄をもっとスムーズに進めていただろう。

しかし、実際は予想の斜め上を行く第一王子に日々頭を抱えているのだ。


「お母様、本来『読解』は人の心に寄り添うことを目的とした’’光の加護’’でございます。私が人の小さな変化に敏感なのがその証拠でしょう。…私はお母様から光の加護を受け継げたことを、誇らしく思っているのですよ?」

私の言葉を、目を丸くした様子で聞いていた母親だったが、そのうち小さく笑ってくれたのだった。


(それにしても、まさか神殿の教皇様から薬の依頼が入るなんて。)

私が教皇様から呼ばれた本当の理由は、枢機卿を救った毒消しの薬を大量に仕入れたいとの依頼だったのだった。

『策謀』の加護を持つカシュアの身元を引き受けるに当たり、彼女は様々な対策を考えているようだった。

第二騎士団にも『魔術防御の魔術具を大量に発注した』と言っていたくらいだ。

しかし、それだけではきっと足りないのだろう。

第一王子にも共通することではあるが、加護を使う際の’’強弱’’を身につけないといけないのだから。


実際、私も自分の読解の加護を使い分ける努力をしている。

身体に纏うように、いつも発せられてしまうのは仕方がないとしても、意識して訓練を重ねることによって、加護を最大限に使うこともあれば、最低限に抑えることも出来るのだ。

そうしないと、私は今頃、他人の思考や心の声がどんどん流れ込んできて、頭がおかしくなっていただろう。

普段は意識的に最低限に遮断することで、むやみに他人の心に触れないようにしているのだ。

それでも、会話をすれば多少なりとも相手の本心は見えて来るものだが…それは、賢い人間なら誰でも可能な範囲だろうと諦めた部分でもある。

しかし、そういったことは家庭教師から教えられるだけでは理解できないことなのかもしれない。

様々な人間と付き合っていくうちに、自ずと身に着けていく’’処世術’’でもあるのだろう。


(第一王子とカシュア様の共通点は、極端に狭い、大人ばかりの人間関係の中で育ってきたことなのかもしれないわね。)


私は残念な気持ちを吐き出すように、大きな溜息を吐くしか出来なかった。

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