◇26
オスロン国滞在中の私のスケジュールはハードだ。
朝起きて、朝食の後に出掛けるまでの間にモアとダンス練習。
日中は視察をし、夕方王城に帰って来てから、夕食までの間に第二王子とダンス練習。
夕食後、寝るまでの間に一人でダンス練習の復習。
3日目の夜の芸術祭フィナーレの夜会までの間に、私は私に出来る限りのことをやろうと決めた。
1日目はなんなく終わった。
オーケストラの迫力ある演奏も、オペラの超音波のようなソプラノも絶賛して楽しんだ。
王城での食事の席のミューシェ姫からの視線さえなければ、それはそれは楽しい1日だった。
2日目、多少右足の踵に違和感を感じつつも、無事終わろうとしていた。
絵画や彫刻の展示は、昔ながらの手法の物から新進気鋭の物まで、図鑑で見るより楽しかった。
「ドラゴンの絵画と彫刻のコラボ作品は特に素晴らしかったですね!」
私の興奮気味の感想に、第二王子は青い目を細めて
「城に戻る前に街の祭りを見ていくか。」
と私の気になっていた庶民の屋台ご飯を体験させてくれた。
数種類のスープから選べるロールキャベツのスープは、寒い地方ならではの温かい料理で身も心もほっとできた。魅惑的な色の綿あめは甘かった。ホットケーキに芸術的な花が咲き、幸せな味がした。
夕食後、右足踵の痛みが強くなってきて、廊下を歩くにも一苦労していた所に、ミューシェ姫が声を掛けてきた。
「私からラカーシュ様を奪った女は、廊下をまともに歩けない怪我をしているみたいですわね?そのまま明日の夜会をキャンセルしてくだされば、ラカーシュ様に恥をかかせずに済みますのに。罰が当たったのですわ!ざまあみろですわ。」
言い捨てられて、呆然とした。
「美人って悪役をしても美人よね。」
3日目、とうとう右足の踵の痛みが最高潮に悪化した。
「お嬢様、今日は練習は出来ません。踵を治してからにしましょう。」
モアに練習相手を拒否されてしまい、私は諦めて踵が少しでも良くなるようにと祈った。
観劇を見た劇場から馬車に乗って、舞踏が行われる劇場へ向かう途中、第二王子が私を睨んだ。
「右足、悪化しているだろう?」
「うっ。」
「昨日、少しでも練習時間を短く出来るようにと街のお祭りに連れ出したっていうのに、夜部屋で練習したのか?」
「だ…大丈夫ですわ!このくらいの痛み、何てことありません!」
思いっきり強がりを言ってみたものの、舞踏の観覧中も踵が痛くて集中出来なかった。
城に帰る馬車の中、第二王子との会話は皆無だった。
(気まずい空気ですわ…)
自分の運の悪さに溜息が漏れてしまう。
そんな中、街の途中で突然馬車が停まり、無言の第二王子が私に手を伸ばしてきた。
「はい?……ラカーシュ様?!」
「意地を張るのも大概にしろ。」
そう言った第二王子に抱き抱えられ、私は街の小さな建物の中に連れ込まれた。
「随分痛かったでしょう?」
気の良さそうな女性が、私の踵をみて言った。
第二王子に睨まれながら、「…はい。」と小さく呟くと、踵全体に温かい物を感じた。
「彼女はこの街一番の治癒師らしい。ヒースイッツェ王子が教えてくれた。」
「へ?!」
この国の王太子の情報は正しかったようで、本当にあっという間に踵の傷も痛みもなくなった。
「凄っ!!」
「今日は罰として夜会まで歩くの禁止。」
第二王子の青い目の奥が本気で怒っているのを感じ、私は黙って頷くしかなかった。
それから小屋から馬車までと、馬車から部屋までは第二王子に抱き抱えられ移動する羽目となり、私は恥かしくて泣きそうな気持だった。
『普段穏やかな人が怒ると怖い』とは本当だったなと実感するには十分だった。
王城に着いた私は、モアに手伝って貰って、夜会参加の準備に取りかかった。
練習してきたダンスは完璧とは言えないが、及第点くらいの出来にはなっただろうと思う。
「約束は果たしてみせますわ。ラカーシュ殿下。」
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前もって第二王子から渡されていたドレスは、濃い緑に金の指し色のフリルがついている、美しいデザインのものだった。
青い魔石のネックレスと重ねてつけるように、青と緑の宝石が幾重にも連なったネックレスを着け、お揃いの髪飾りとブレスレットを合わせれば、多少見られるくらいの令嬢に仕上がったと思われた。
「お嬢様、とても綺麗です!」
モアが社交辞令を笑顔で言ってくれたので、私は良しとした。
ノック音と共に部屋に迎えに来た第二王子を振り返って、私は固まった。
「ペアルック?」
「お茶会で、セイドリックが羨ましかったから。真似てみた。」
緑色に金の指し色が入ったのスーツに、青いネクタイと緑の宝石を華麗に着こなす第二王子に、私は青ざめた。
(こんな眉目秀麗な王子様の隣に立ったら、私なんてピエロだわ。)
私の心境に全く気付かない第二王子は、私を観察して笑った。
「うん、思った通りだ。」
(思った通りってことは、確信犯ってこと?!私に何か恨みでも??)
第二王子にエスコートされながら廊下を歩く。
その間、私はこの人に恨まれることを何かしてしまっただろうか…と考え続けていた。
踵の件は確かに怒らせたけれど、抱き抱えられて移動するという羞恥的罰を受けましたものね。
多少、最近第二王子に対しての扱いがぞんざいだったかもしれないわ…それかしら?
あ、先日の狩猟大会で異次元の世界で池の水を飲もうとした殿下を止めたのがいけなかった?
それとも…
「リリーシュア?まだどこか痛いのか?」
「へ?いいえ。どこも、全く全然痛くありませんわ。絶好調ですわよ。」
とりあえず、これ以上彼の機嫌を損なわせない方がいいと結論付け、私はにっこり笑って見せた。
夜会会場に入り、オスロン国王と王妃に挨拶する。
「仲の良さを見せつけてくれるとは、ラカーシュ殿はなかなかに策略家のようだ。」
「そんなこと言っては失礼ですわよ。お似合いで素敵じゃないの。」
どこまでも誤解したまま突き進んでいく国王夫妻に訂正も出来ず、私は微笑むに留めた。
「やあ、ラカーシュ殿下。今日は私の婚約者を見せびらかすつもりだったのに、一本取られたみたいだね。」
ヒースイッツェ王子とその横で微笑む婚約者様に挨拶をする。
オスロン国の王家の方々が誤解をし続けていくけれど、第二王子はいつ訂正するつもりなのかしら?
ちょっとだけ心配になって隣の黒髪碧眼を仰ぎ見る。
「リリーシュア、私にダンスのお相手を申し出る栄誉を頂けますか?」
会場の音楽が変わったと同時に、膝まづいた第二王子が私の目を見つめてきた。
(本当に、とことん所作が王子様なのよね…)
私は断る理由があるわけもなく、頷き、彼の手に自分の手を乗せた。
何度も何度も練習した甲斐があってか、落ち着いて踊ることが出来た。
第二王子の提案通り、彼の動きに集中して踊ることで、大きなミスをすることもなく、心に余裕さえ生まれた。
「本番に強いタイプか。」
「練習の成果ですわ。」
「それは、まあ、そうだろうな。」
クスリと笑った青い目だったが、次の瞬間、悪戯っ子の顔に変わった。
「え?」
「私の動きに集中して。」
途中から複雑な動きに変わった第二王子に私は必死でついていく。
(こんなステップは練習の時してないじゃない!なんなの!?)
困惑しつつも、私は必死に集中を切らさないように努めた。
音楽が終わり、ダンスフロアから退場する際、突然第二王子が笑い出した。
「流石リリーシュアだ。完璧だよ。」
彼の言っている意味が分からず、私はキョトンとしてしまったのだった。
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第二王子が、ヒースイッツェ王子たちと話し込んでいる間、私はバルコニーで一休みすることにする。
近くを通った使用人から飲み物を受け取り、バルコニーに出れば、冷たいはずの風が心地よく感じた。
呆っと外を眺めていれば、昨夜の悪役美人姫が声を掛けてきた。
「貴方を侮っていたわ。あんな息のぴったり合ったダンスを見せられたら、もう適うわけないじゃない。」
「ありがとうございます。」
(そうか、周囲から見たら息が合っているように見えたのか。)
私は必死で第二王子の動きについていった自分を褒めようと思った。
「ラカーシュ様とお揃いのドレスで現れた瞬間、私の出る幕がないことは分かっていたけどね。もう、完敗よ。」
「私は、ミューシェ様に勝てた気がしていませんがね。美人だし、可愛いし、素直だし?」
私は素直に言ったつもりだったのだが、ミューシェ姫には伝わらなかったようで
「ライバルからの慰めなんていらないわ。」
そう言って、会場に戻ってしまった。
(本当に、勝ててる気なんてしていないんだけどな。)
小さく息を吐いて空を見れば、パレイスティ王国よりも星が近くに見える気がした。
(もう少し背が高くなれば届くかな…?)
徐に、空に手を伸ばしてみた。
「また、そんな恰好で。風邪をひくぞ。」
第二王子の声に、慌てて振り返る。
(星に手が届くとかありえないこと思ってしまったし。)
なんだか自分の思考が恥ずかしくなってきて、目を反らした。
そんな私の肩に、第二王子の上着が掛けられた。
「ラカーシュ様が風をひいてしまいます。」
「私は今、暑いから、身体が冷めるまで、着てて。」
あれだけの激しい動きをしたのだから、流石に第二王子だって疲れたのだろう。
私は納得して、頷いた。




