◇25
来週、大豆の収穫を計画している私は、朝から師匠である料理長と収穫した大豆で何を作るかについて話し合いをしていた。
収穫1年目の今年は、大した量は採れないことは想定済みだ。
なので、豆そのものを楽しむ『煮豆』と保存のできる調味料としての『味噌』に決まった。
一仕事終えたので、部屋でまったりお茶を飲む。
「そろそろ始めないといけないのか…」
婚約者である第一王子がラノベ本通りに恋に落ちて、私との婚約を破棄する可能性が低くなったことで、彼の成人の祝賀パーティーで私はダンスを踊らねばならないのだ。
私はダンスが苦手だ。
運動オンチの上、芸術の才もない。
自分の手足の動きを把握するのにいっぱいっぱいで、音に合わせるなんていう高度な技は持ち合わせていないのだ。
(ああ・・・憂鬱ですわ。)
「元気ないのか?」
神出鬼没王子が私に来客を知らせにきた侍従と共に部屋にやってきた。
「ラカーシュ殿下は、我が家に馴染すぎてないですか?」
侍従やメイドに気軽に挨拶をして部屋に入って来た第二王子を睨む。
「誉め言葉と受け取ろう。」
(ポジティブですわね。)
モアが手慣れた様子で、ラカーシュとラカーシュの連れてきた侍従にお茶を勧めると、部屋の隅の定位置に控えたのを視界の端で捉えた。
「で、今日はどういったご用件でしょうか?」
諦めて用件を聞くことにすれば、彼はニコリと笑って答えた。
「オスロン国へ一緒について来きてくれ。」
「は?」
「何でも一つ言うことを聞いてくれるんだろう?」
狩猟大会を覗きに行く際に私が言い出した約束を口にした彼は、ニヤリと笑った。
ラノベ本によるとそろそろ、学園では学園祭があり、主人公と王子がプチデートをするという流れになっているのだが…、今の馬鹿王子の様子を見るからに、どこかの令嬢とデートという場合でもなさそうなので’’問題ないだろう’’と結論付けることにした。
「分かりました。お約束はお守りしましょう。それで、私がご一緒する理由くらいは教えて頂けるのでしょう?」
「オスロン国の芸術祭への参加だ。誰か連れて行かないと、私はあちらの姫君とダンスを踊る羽目になる。」
(いや、踊ったらいいじゃない?)
心底、何を言っているのか分からないと目の前に座る黒髪王子の青い目を見つめれば、彼は小さく息を吐きだし、補足を付け足した。
「オスロン国の第二王女から婚約の打診があったが、断った手前、気まずいのだ。」
「え?婚約の申し込みを断ったんですか?」
驚く私に、彼は溜息交じりに頷いた。
それは、とっても勿体ない話ではないか?
確かに、この国の第一王子の体たらくを見れば、婚約者を決められない理屈も分からないでもないが。
オスロン王国の第二姫君なら、我が国に嫁ぐ気での婚約の申し込みだったのだろう。
オスロン王国は芸術の都と言われるほどに、音楽・絵画・観劇・ダンスなど、芸術家の育成に力を入れている国である。
つまり、オスロン国の貿易品は’’芸術’’なのだ。
(そんな国のお姫様ならダンスもお上手でしょうね…。)
「え?待ってください。ダンスの相手を私に要求しました?芸術の都であるオスロン国で?」
「ああ、そうだ。」
私は一気に自分が青褪めていくのを自覚した。
「ハードルが高すぎます!私、運動オンチなのですわよ!?」
「知っている。」
「芸術にも才がございません!」
「そうでもないと思うけどな。」
「ダンスはとても苦手なのです!」
「王太子妃教育を終了したんだ。自信を持て。」
「無理です!」
噛みつく勢いで言い放った私に、目の前の青い目が残念そうに瞼を閉じた。
(いやいやいや…泣き落としとか、効かないですわよ?)
「そうか、約束を反故にされる辛さを知っている君でも、私との約束を反故にする気か。」
罪悪感を煽る物言いに、私は絶句した。
「・・・頑張ります。」
「練習、付き合おうか?」
面白がる第二王子を、私は睨みつけた。
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ハインヒルドからハイエル川を北上し、気温が季節一つ分変わったと感じた所が、オスロン国だ。
パレイスティ王国を出た時は秋だったが、オスロン国は見事に冬だった。
船の中で冬物のコートを着て、展望ラウンジに出れば、冷風が頬に当たり、現実を思い知らされた。
「とうとう、着いちゃったのね…」
船からでも遠くに見えてきた港町の明かりに、涙が零れそうになる思いがした。
パレイスティ王国を出発してから5日間。
毎日ダンスの特訓を積んできた。
練習に付き合ってくれていたモア曰く、形にはなっているとのことだが、自分の中で納得が出来ていないのだ。
どうしても足がもつれそうになるステップがある。
何度も何度も重点的に練習したが、ステップに気を取られると音から外れ、音に合わせようとすると、ステップがおざなりになってしまう。
悔しい気持ちを落ち着かせようとラウンジに出て来てみたが、落ち込みは加速する一方だったようだ。
「そんな所にいると風邪をひくぞ?」
心配した第二王子が様子を見に来てくれたようだった。
「風邪をひけば、夜会には出ずに済みますかね?」
私の言葉に、怪訝そうな顔で覗き込んできた第二王子だったが、次の瞬間ギョッとした表情を見せた。
「涙を流すか、鼻水を拭くかどちらかにしろ。」
泣いてもいいらしいということを理解し、私は第二王子に泣きついた。
「あー、もう。鼻をかめ!」
第二王子は自身の白いハンカチで私の鼻をゴシゴシと拭いてくれた。
そのハンカチからは白薔薇の匂いがした。
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「あれだ、リリーシュアは曲を聞こうとするのを止めてみろ。」
「え?そしたら合わせられないじゃないですか?」
展望ラウンジで泣きついた私の練習相手を買って出てくれた第二王子は、夜会のある日まで練習に付き合ってくれる気らしい。
「曲に合わせなくても、私に合わせることは可能だろう?」
「へ?」
第二王子の言葉は目から鱗だった。
私はずっと一人で練習していたこともあるが、曲に合わせてなんぼだと思っていた節があった。
それを覆す表現をした第二王子を、じっと見つめる。
曲に合わせず、第二王子の動きに合わせる…。
読解の加護の影響もあるが、人の小さな変化を察するのは苦手ではない。
言われた通り、第二王子の動きに意識して踊ってみた所、すんなり例のステップが成功したのだった。
「出来たじゃないか。」
「はい!」
素直に喜ぶ私に、第二王子は言った。
「王太子妃教育を終了しているんだ、自信をもて。」
「ありがとうございます!」
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オスロン国の芸術祭は3日間に渡る大きなお祭りだ。
1日目はオーケストラやオペラを堪能。
2日目は絵画や彫刻などの展示を堪能。
3日目は観劇や舞踏などを堪能する。
それぞれがそれぞれに適した会場を有しており、どこも王城から馬車で小一時間で着く距離にあるのだと聞く。
通り道になる街では露店などが並び、庶民たちの収穫祭も催されるらしい。
やはり気になるのは屋台の料理だろうか。
オスロン国王城内、食堂に第二王子と共に通された私は、白銀の髪に紫の瞳をした姫君から鋭い視線を受けながら、笑顔でそれをスルーしつつ、王家の方々の話に耳を傾けた。
(第二王女殿下の視線が痛くて、料理の味が分からないんですけど…)
そんな私の様子に気付いているだろう第二王子は、何故か面白そうに私に笑顔を向けてきた。
(狩猟大会覗き見のお礼がこれって、随分と高くついた気がするわ。)
腹立たしさを抑えながら第二王子に笑顔を返せば、オスロン国の王子であるヒースイッツェ王子が言う。
「ラカーシュ殿下とリリーシュア嬢は仲が良いね。」
ヒースイッツェ王子は20歳で、オスロン国の王太子として様々な政策にも関与しているやり手だ。
白銀に赤い瞳の美丈夫で、来年夏に結婚を控えているのだそう。
第一王女は他国に嫁いでいるので、今日のこの場にはいない。
王太子と同じ赤い目の国王陛下が声を出して笑いだす。
「ラカーシュ殿が頑なにミューシェとの婚約を拒む理由が分かって良かったじゃないか。」
いや、’’多分、理由間違ってますよ。’’とは言い出せず、私は黙って食事をするしかなかった。
ミューシェ姫は第二王子と同じ14歳。
少し勝気な見た目と、サラサラと流れるようなストレートロングの髪が特徴的な美少女だ。
彼女との婚約を断るなんて、やっぱり第二王子は損している気がしてならない。
食事が終わり、用意された自室に戻ると、モアが興奮気味に駆け寄って来た。
「お嬢様!運が良いとオーロラが見えるんだそうです!」
「それは素敵ね。」
気乗りしない今回の旅だったが、モアの喜ぶ顔が見れることは良かったと思った。




