◇22
無事、パレイスティ王国ハロイエッド侯爵邸に戻って2週間が過ぎた。
第二王子は次なる公務先に翌日から向かったと、風の噂で聞いた。
日々、私なりに夏を楽しんでいた所に、王家からの書状が届く。
月1の…あれだ。
封を開けずとも内容を察せるくらい、毎月受け取ってきたそれを見つめ、深い溜め息が漏れた。
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「私はマリンスポーツというものを初めて体験した。」
弟殿下であるラカーシュ殿下が諸国公務に赴いている間、馬鹿兄殿下は彼の母親である第一王妃の実家があるミラ王国に里帰りしていたらしい。
日に焼けた健康的な肌が目立つような…露出度の高い南国ミラ王国仕様の衣装で高笑いする第一王子を見た瞬間、既に帰りたい気持ちになった。
「はぁ…、それはようございました。」
第一王子の里帰りは、世間的には『公務』の体を取っているが、遊んできたことは一目瞭然だった。
(公務で焼けるには焼け過ぎだ。)
「其方に土産だ。婚約者に何か買うのが礼儀だとお祖母様が煩くてな、買ってきてやった。」
そう言って渡していたのは、小さな貝殻と小さな鈴がついた、安っぽいキーホルダーだった。
何も考えず適当に選んだことがよく分かるそれを手渡されて、私は苦笑いした。
(本気でいらないわ。)
ユニクィーズ川を南下すると海に出る。そこが流行の発信地、ミラ王国。
海沿いである立地を生かしたミラ王国の貿易は、パレイスティ王国とは比べ物にならない程に盛んだ。
陸路では到達できない国々に行けるミラ王国の強みだ。
そんなミラ王国の海上で、ほのぼのと全力で遊んできた第一王子の自慢話を聞いている時間が、無駄以外の何だろうか?
ふと見れば、彼に付いていった護衛が一目で分かる程に、皆日焼けしていた。
(絶対、護衛たちを巻き込んで遊んでいたわね。)
「お土産は確かに頂きましたわ。私の趣味ではありませんが、とりあえず、ありがとうございます。では、私はこれで失礼致しますわね。」
さっさと切り上げて帰ろうとした私を、珍しく引き止める声が聞こえた。
「気を悪くさせたなら、すまない!」
「は?」
生まれて初めて聞いた、第一王子からの謝罪に、私の思考は固まった。
「その…お祖母様に言われたのだ。婚約者である其方に他の令嬢の話をするのは…紳士らしくないと。」
「…そう、ですね?」
誰の言葉も聞こうとすらしない第一王子が、祖母の言葉には耳を傾けたことに、私は驚愕した。
(第一王妃の母上であられるお祖母様って、もしかして、かなりの人格者なのかしら?)
俄然、会ったことのないミラ王国王太后殿下に興味が湧いた。
「私は其方にとって、当て馬になりたくない一心で意地を張ってきたが、お祖母様に指摘されて気付いた。」
(もしかして!心の伴わない婚約関係の無意味さに気付いてくれた?)
「私は其方にとって、当て馬ですらない、モブなのか!?」
・・・。
「殿下、モブとは何ですか?」
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ミラ王国にはパレイスティ王国では手に入らない書物も多々あるらしい。
恋愛小説もその一つで、遠い東の異国の地から取り寄せられた恋愛小説に嵌っていた第一王子は、ある朝、朝食の席でお祖母様と恋愛小説の評論を交わす機会を得たのだとか。
その時、東の異国の地の物語には『モブ』という名前も明かされない、ただ通り過ぎるだけの登場人物がいるという話を聞かされ、指摘されてしまったのだと言う。
「私にとって其方が’’モブ’’なのは仕方がないとして、其方にとって私が’’モブ’’になるのは許せぬ!」
結局、この馬鹿王子は『自己中馬鹿』のままだった。
「それで、お土産を?」
「そうだ。其方の手元に私の贈った物が残れば、私は其方にとって’’モブ’’ではなくなるではないか?」
(既に私にとっての貴方は『有害な登場人物』ですが?)
溜息を吐き、私は吐き捨てた。
「殿下は、モブではございませんわ。」
私の言葉に第一王子の青い目が輝く。
(無駄に顔だけ良いんだから、面倒くさいわ。)
「そうか…」
「私にとっての殿下は『厄』でございます。」
そう吐き捨てて、私は退室したのだった。
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邸に戻るなり、兄に絡まれた為、今日の出来事を話す。
兄は腹を抱えて笑いながら、「事実上’’婚約者’’の君にしか言えない台詞だ!」と絶賛してくれた。
「これを機に私に腹を立てて、他の令嬢に興味を示してくれたらいいのですけど。」
あの様子から、ミラ王国でも、恋愛小説を読むか、海で遊ぶかしかしていなかった第一王子を想像し、頭が痛くなった。
「実際、諸外国からラカーシュ殿下への婚約打診はあるけれど、ユーステス殿下にはほとんどないらしいからね。」
14歳にして国王の代わりに外交をしている第二王子の有能さは顕著だろう。
外国の要人たちだって馬鹿ではない。
国王の右腕になりつつある弟と、遊んで問題ばかり起こす兄とでは、どちらが優秀かは一目瞭然といった所だ。
(案外、パレイスティ王国民のみが知らないという事実なのかもしれない。)
「そういえば、ギルシャーク帝国の神殿長が処刑されるらしいぞ。」
王城の第一騎士団から入手した情報だと兄が言う。
「そう、やはり横領があったのですね。」
「それもなんだけど、前教皇様の暗殺にも関与していたっぽいな。」
去年の年末から、ギルシャーク帝国内部は荒れていたのかと思うと、枢機卿の負担を思い、気が滅入る。
『中には個人的な思考や欲に支配された者もいるのは事実じゃ。それだけ人間が多ければ、意見の相違は生まれるのは当然。だがしかし、奴らはちいとばかりやり過ぎたようじゃな。』
あの日、枢機卿であるバルク卿が放った言葉を思い出す。
彼の戦いは、まだ始まったばかりなのかもしれない。
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ラノベ本をパラパラと捲りながら、溜息を吐く。
このままでいくと、第一王子の『恋』は始まらないことは確定したようなものだった。
しかし、彼の『恋』が始まらない限り、私の婚約破棄も叶わない。
何より、馬鹿すぎ王子のことだから、何がキッカケで兄弟喧嘩からの内戦になるかも、不確定要素。
そういう理由もあって、彼を見張る意味での’’月一お茶会’’を辞めたいと言い出せないでいる。
「次、何かあるとしたら、学園が始まってからかぁ。」
この夏季休暇中は、とりあえず平和は約束されたようなものと信じ、今出来ることをしようと席を立つ。
「モア、大豆畑に行きましょう。」
ガーネシア共和国のシューリッツ王子から贈られた大豆たちは、スクスクと育っていた。
モアの両親の世話のお陰だとお礼を言えば、テンパったモアの父親は転んでブタに踏まれてしまった。
「お父様ったら恥ずかしいです」
プリプリと怒るメイドを宥めながら、私は育った大豆の苗についた若い実を収穫した。
「お嬢様、まだ若い実ですよ?」
「これ、塩ゆですると美味しいのよ。」
私の言葉を聞いたモアの機嫌が直ったことは言うまでもない。




