◇21
第二王子と合流できた私たちは、一旦ノノルア神殿を後にした。
一旦というのも、明日、第二王子はバルグ卿との話し合いがある日だったからだ。
どうやら近くの宿屋に第二王子と一緒に来た従者や護衛たちがいるということなので、そちらに向かうことにした。
ノノルア神殿を出た所で、第二王子の護衛たちが待っていた。
「殿下、ご無事で何よりです。」
近寄って来た護衛たちの安堵の顔を見て、私も良かったと思う。
3日前、ノノルア神殿に着いた彼らは私たちと同じ応接室で歓待を受けた。
途中、女神官に神殿長が個人的に相談があるらしいと言われ、第二王子は一人席を立ったらしい。
別室に案内された所で眠気に襲われ、気付けば監禁され、今日まで出られなかったとのこと。
「食事だけは時間で用意されたから、様子見をしていた。」
淡々と話す第二王子とは反対に、護衛たちは眠らされ他挙句、ノノルア神殿の外に出され、二度と中に入れなかったと腹を立てた。
王家マル秘の伝言法があったので、連絡は取り合えていたから心配はしていなかったらしいが。
第二王子の精神力の強さに絶句する。
「セイドリックたちは眠くならなかったのか?」
第二王子が不思議そうにこちらを見る。
「殿下、私の趣味の一つは薬草の栽培なんですよ。」
「リリーの薬は怪しいけど、効くからな。」
そう、私たちは食事を目の前にした時点で、’’毒消し’’の薬を服用していた。
そして、ある程度食べた所で’’腹下し’’の薬を飲んだのだった。
毒が入っていても、それ以外の薬が入っていても良いように対策を立てていた。
「ただ、リリーの腹下しは本当に食べた物全部出るから、損した気分になるんだよね。」
「あら。怪しい物をお腹に入れておくくらいなら、全部出しちゃった方がいいじゃないですか?」
私たちの会話を聞いていた第二王子は溜息を吐いた。
「ハロイエッド侯爵家の兄妹は強いな。」
ノノルア神殿に入った時から違和感があった。
神に仕える神官たちの目はどこか朧気で、覇気がなく違和感があった。
来訪を告げずに行ったはずの私たちにご馳走が用意されていたことへの違和感。
神殿長は空気を読んで潔く謝罪に出たが、そもそも3日間も何をしていたのかという違和感。
ギルシャーク帝国の中枢に位置するノノルア神殿に住む少女、カシュアが恋愛小説を読んでいたことに違和感。
ショックのあまり部屋に閉じこもったというカシュアに違和感。
「神殿育ちの箱入り令嬢は、どうやって外国の恋愛小説に出会ったんでしょうね。」
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翌日、話し合いの為の話し合いは、ノノルア神殿の応接室ではなく、枢機卿の執務室で行われた。
「この部屋はね、実はあまり使っていないのですよ。」
プテマ・アオリア・カーサ・バルク卿は噂のような強かさを感じさせない、好々爺な態度を示した。
普段はギルシャーク帝国内の教会を巡って歩き、様々な問題に対処している為、ノノルア神殿に来られるのは月に数回程度なのだそう。
表面上は笑顔なのに、どこか目の奥に怒りにも似た光を宿す彼を、直視するのは控えた。
バルク卿の話から、宗教国のギルシャーク帝国では、王城の役割をノノルア神殿が、領主の役割を各地に散らばった教会が行っているようだと理解する。
「まさかパレイスティ王国からの使者が君たちのような若者とは、長生きもしてみるものじゃな。」
朗らかに笑って話すバルク卿は見た感じ70代だろうか。
長生きと言うには、まだまだな気もしないではないが…。
4日前にここ、ノノルア神殿に着くまでの間、第二王子はシルヴィス川沿いの街を視察して回っていた。今回の話し合いに必要な情報は少しでも先に仕入れておきたいという、第二王子の真面目さ故の視察だった。
「シルヴィス川の通行権についてなのですが。パレイスティ王国としては、今後も良好な貿易関係を続ける上で、今以上の通行税を払うことは了承出来かねます。」
第二王子がハッキリと告げた言葉を、バルク卿は笑顔のまま聞いていた。
パレイスティ王国がギルシャーク帝国から主に輸入しているものは『人材』だ。神聖教の神官たちを始め、孤児院を運営する教会に住まうシスターたちの多くがギルシャーク帝国からやってくるのだ。
長く胸まで伸びた白髪の髭をいじりながら何やら考えていたバルク卿だったが、突然立ち上がると備え付けの本棚から一冊の本を取り出してテーブルに置いた。
「これって…」
思わず声を出した第二王子。
それもそのはず、つい数か月前に見た物とそっくりのそれは、古代語の中でも一番古い原子語で書かれた『教典』だった。
中身をペラペラと徐に捲り出すバルク卿に、第二王子が困惑の質問を投げかけた。
「聖教者以外の者の前で見せて良い物ではないのでは?」
「ここに書かれているのは原子語じゃ。読める者は少ない。それに、お嬢さんは内容を知っておろう?見た所、ラカーシュ殿下も見たことがあるようじゃ。これは、神の誕生から加護の成り立ち、神の言葉と祈りの呪文などが書かれておる。教典とはそういうものじゃ。そうじゃろう?」
バルク卿の穏やかな口調で鋭い指摘に身構える。
枢機卿と言えば、教皇様の片腕とも言われるパートナーのようであり、教皇以下の監査の役割も担う上司のようでもある存在だ。
頼まれたとはいえ、教皇様の手伝いをした私の話は、枢機卿にも報告が入っていて当然なのだ。
「はい。仰る通り、これは教典。神に纏わることが書かれているに過ぎない書籍でした。」
私の肯定にバルク卿は可笑しそうに笑いだした。
「教典をただの書籍と言ってのけられる若さが羨ましいわい。」
私たちは息を飲んだ。
「ギルシャーク帝国は神の国と言われておる。故に政治も経済もこの国では宗教家が行っておる。なのに、世界に一人しかいない『教皇』がなぜギルシャークではなくパレイスティ王国におるのか分かるか?」
言われてみれば不思議だ。
世界で一番新聖教を信仰し、崇拝し、神を身近に生活をしているこの国に『教皇様』はいない。
本来、ノノルア神殿を守るべき人物は『教皇様』ではないのだろうか?
そもそも、教皇様が枢機卿と一緒に’’ここ’’にいたならば引き継ぎも何も、問題がなかったのではないかと思う。
頭の中ではてなマークが生まれる中、隣に座る王子が口を開いた。
「初代法王であるマハムートンが初代国王になった国だから…。いや、神聖教ではパレイスティ王国こそが世界の中心と考えているということなのか…?」
ふと教典の表紙に書かれた〇の中に△が二つ上下逆さに書かれた『神聖教』のマークを思い出し、ハッとする。
パレイスティ王国は6つの国に囲まれた自然と魔法が調和した、魔術具の国だ。
神聖教のマークの△▽で重なった部分をパレイスティ王国とすると、上の小さな△から時計回りにギルシャーク帝国・プトマ国・ラスティ国・オスロン国・ガーネシア共和国・ミラ王国と当て嵌めることができる。
多少大小の差異はあるものの、図表現としては成り立つことに気付き、バルク卿を見る。
穏やかに細められた視線と交わる。
「わしは、すべての魔法の中心地がパレイスティ王国であるのに、なぜ交流の妨げになる法を作らねばならぬのか?わしも遺憾だと感じておる。」
「え?」
意外なバルク卿からの答えに、私たちは目が点状態だ。
「ギルシャーク帝国はパレイスティ王国との国交を阻害することはせぬよう国内の意見を纏めようと思っておる。ただ、中には個人的な思考や欲に支配された者もいるのは事実じゃ。それだけ人間が多ければ、意見の相違は生まれるのは当然。だがしかし、奴らはちいとばかりやり過ぎたようじゃな。たった一人の教皇を助けてくれたお嬢さんへの礼と、マハムートン法王の子孫を監禁した詫びを果たそう。そのように現国王に伝えてくれ。」
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ノノルア神殿で感じた違和感。
あれらの理由を枢機卿は知った上で、対応をしている最中ということなのだろうか。
これは外国の…他国の問題。だから、これ以上首を突っ込む必要はない。
(ある意味、巻き込まれたラカーシュ殿下には同情するが。)
好々爺に見えるが、鋭い眼光を隠し持っていた枢機卿、バルク卿を思い出し、身震いする。
国を率いる者は様々な仮面を被るものだが…やはり、バルク卿は噂通り腹の見えない人物だと思った。
(ん?もしかして、パレイスティ国王はそんなバルク卿対策の為に私たち子供を利用した?)
「なあ、いまいちラカーシュ殿下が話していた世界の中心がパレイスティ王国って意味が解かんないんだけど。」
パレイスティ王国に帰る船の中で、兄が第二王子に説明を求めていた。
第二王子は白紙の紙を取り出すとペンにインクを付け、大きな円を一つ書き、中に納まる大きさで△を上下逆さに書いた。
「いいか、セイドリック。この三角二つが重なっている部分をパレイスティ王国とする。上の三角部分がギルシャーク帝国、右の三角が・・・」
第二王子は言葉足らずな所はあるが、面倒見がいい。
そんな所が、もしかしたらカシュアの恋心をときめかせたのかもしれない。
疑問を投げかけた相手に対し、分かるまで付き合う忍耐力もあるようで、兄が納得するまで説明している様子を見つめ、胸に温かいものを感じた。
「あー!そういうことか!!」
しばらくして、兄の納得したように叫ぶ。
明日は邸に帰れる。
料理長のご飯が恋しいと思った。
『夕焼けの空を見ていたら、ビーフシチューが食べたくなってな、王城のビーフシチューをどうにかその日のうちに運んでもらえないかと考えあぐねいていたら、変な女が突然やってきた。』
いつかの第一王子の話を思い出し、今なら少し気持ちが分かる気がすると笑いが込み上げる。
(夕焼けを見てビーフシチューは思い出さないけど。)
「帰りにバルク卿に何か渡してたけど、あれはなんだったんだ?」
ふと第二王子が思い出したように聞いてきた。
「毒消しと腹下しの薬ですわ。」
第二王子の表情が青褪めて、固まった。




