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◇20

「なぜ、私たちはこんなことになっているのかしら?」

今私は、初めて訪れたギルシャーク帝国のノノルア神殿で、この神殿の神殿長より手厚い歓待を受けている。


事の始まりは『白薔薇を愛でる会』から数日過ぎた日に遡る。

いつものように私は本を読んだり、薬草の世話を見たり、料理をしたり、魔術具の解体をしたりと忙しく夏を謳歌していた。

そこに血相を変えた父が飛び込んできた。

「セイドリック、リリーシュア、すぐに王城に登城しろ!」

意味も分からぬまま、王城に着いた私たちに国王陛下は仰った。

「今すぐ、ギルシャーク帝国に行き、我が息子ラカーシュを助けよ!」


第二王子は「白薔薇を愛でる会」の翌日よりギルシャーク帝国に赴き、視察という名の公務についていることは聞いていた。

当初の予定通りなら、ギルシャーク帝国内各地を視察して周り、昨日からノノルア神殿に数日滞在し、話し合いのための話し合いに参加するはずだ。

ギルシャーク帝国はシルヴィス川を船で数日上った場所にある暑い気候の国だ。

ノノルア神殿が有名であるように、この国は『神聖教』が全ての実権を握る国だった。

今回、第二王子が訪問した大きな理由は、『シルヴィス川の通行権』を巡る話し合いのための足掛かりを作るためだった。

この国のトップはノノルア神殿の最高権力者でもある枢機卿、プテマ・アオリナ・カーサ・バルグ卿。

彼との話し合いは、簡単には進まないことは想定していた。

バルク卿は腹の見えない狸と評判の、頭の切れる為政者なのだ。

そんなバルク卿対策を万全に臨んだ第二王子が、なぜかノノルア神殿に捕らわれたという。

第一王子の馬鹿とは違い、彼がヘマを犯すとは到底思えない。


状況が見えない中、参上した私たちを待っていたのは、『歓待』だった。


「なんで子供の私たちがこんなことになっているのかしら?」

串に刺さったスパイシーな味付けがされた肉を頬張る。

隣で同じく状況を掴めずにいる兄に話しかければ、彼はチーズが乗ったピザのような物を咀嚼していた。

「さあ、私に分かるくらいならリリーは呼ばれないだろう?」

兄の当たり前のように答えた台詞に、私は驚愕した。

「お兄様は、私が思っている以上に私を評価してくださっていたのですね?」



ノノルア神殿の応接室に通された私たちは、好きに食事しているよう言われ取り残された。

異国情緒溢れる部屋の作りをキョロキョロと見回せば、大きな掛け軸が目に入った。

色彩豊かな掛け軸には『神聖教』が崇拝している神『リュオス』が描かれている。

白い虎に跨った猛々しい姿は、信仰心が薄い私でも崇拝したくなる物だった。

(馬じゃなくて虎に跨るっていうのが、なんとも凛々しいわ。)

興味津々で掛け軸を見ている私に、兄が言う。

「私の妹は、どんな場面でも楽しめる強さがあるね。」

「お兄様ほどではありませんわ。」

そうして、テーブルに並んだ見たこともない食事を堪能しながら、誰か来るのを待っていた。


そうこうしていると、一人の中年男性と私と同じくらいの年の少女が入室してきた。

中年男性はこのノノルア神殿の神殿長だと名乗る。

そして、黒いベールを被った、薄手の大きな布を上手に巻いて作ったような衣装を着た少女は、初代枢機卿の子孫にあたる人物だと紹介を受けた。

「カシュア・リザベル・マル・モッテと申します。」

この国の挨拶なのだろう。カーテシーではなく、両掌を合わせてお辞儀をした彼女に、私たちも同じように挨拶を返す。

「パレイスティ王国、宰相をしているハロイエッド侯爵の嫡男、セイドリック・ハロイエッドです。」

「同じく妹のリリーシュア・ハロイエッドです。」

そう伝え、手を合わせてお辞儀をすれば、目の前の彼らは目を細めて頷いた。


「実は、今回私たちが来た目的は、パレイスティ王国第二王子であらせられるラカーシュ・サミュット・パレイスティ殿下をお返し頂きたく参上致しました。」

兄が事実のみを説明する様子を、神殿長の中年男性が一瞬、顔を顰めたように見えた。

「ラカーシュ殿下はお返しできません。」

カシュアと名乗った黒い少女が甲高い声がそれだけを答え黙り込んだ。私たちは仕方なく説明を求めて神殿長を見る。

神殿長は少し言葉に詰まる様子を見せたかと思うと、気を取り直したように

「カシュア様がラカーシュ殿下をお求めなのです。ですので、婚約の儀の準備を進めている最中になります。」

「「はあ?!」」

思わず、私たち兄妹の声が重なる。


え?

この子が第二王子を求めているから返せないってこと?

求めているって、第二王子は物じゃないんですけど?

いや、それより気になるのは、カシュアという初代枢機卿の末裔の様子と、隣の神殿長の様子に何か違和感があるのよね。

私は試しにカマをかけることにする。

「それは、困りましたわ。ラカーシュ殿下は次期国王となられるお方。礼儀もわきまえていない国に大事な時期国王陛下が捕らえられていると知れば、これは国際問題です。神の国の聖職者であらせられるあなた方は、まさか戦争をお望みなのですか?」

私が敢えて、何を馬鹿なことを言っているの?という口調で返してみれば、案の定本性が漏れた。

「そんなはずないわ!ラカーシュ様は第二王子だもん!国王になるのは第一王子でしょ?!」

「いいえ、第一王子が絶対に国王になるという決まりはございません。優秀な者が国を背負うのです。お恥ずかしい話ですが、我が国の第一王子殿下には力不足かと。」

喉の所まで第一王子を愚弄する言葉が出て来たが、堪えた。

「そんな!?話が違うじゃない!?バジット!」

バジットと呼ばれた神殿長が青褪めて頭を下げた。

「も…申し訳ございません!!」


どうやら、別の部屋で監禁されていたらしい第二王子は、私たち兄妹を見るなり目を見開いた。

「どうして?」

「国王陛下の勅命ってやつ?息子を助けろってさ。」

「着の身着のままここまで来ましたのよ、感謝してくださいませ。」

私たちの顔を見てほっとしたのか、第二王子は青い目を細めて小さく呟いた。

「悪い。感謝する。」


ショックのあまり部屋に籠ってしまったらしいカシュアは一旦放置して、私たちはことの成り行きを神殿長のバジットに問うた。

「この度はこんなことになってしまい、申し訳ありません。カシュア様は少々夢見がちな所があるといいますか、世間知らずといいますか、思い込みが激しいといいますかでして、最近カシュア様の愛読書である恋愛小説に似た異国の異性を見て突っ走ってしまいましたようです。・・・私も気付いた時には彼女がラカーシュ殿下のお部屋に閉じ込めてしまった後だったため、対処が遅れました。何度か言って諭してはいたのですが、その・・・」

「障害があるくらいの方が恋は燃えるのよ。とでも仰っていたのかしら?」

私が頭痛を感じるのを抑えながら返せば

「その通りでございます。さすが博識なご令嬢ですね!恋愛小説にもお詳しい。」

「・・・それほどでも。」


つまり、このラカーシュ殿下監禁事件は、カシュアの夢見がちな思い込みから勝手に行われた、なんとも後味の苦いものだったことが分かった。

(どこの国にも馬鹿って一人はいるのかしら?)

大きな溜息を吐く私に、隣に座った第二王子は何か納得した様子で「そういうことか」と呟いたため、どういう意味かと睨めば

「カシュア嬢がやたら『自分のことをどう思うか』と聞いてきたので、『可愛らしいと思う』と答えたんだが、一向に部屋から出してはくれなかった。」

第二王子の言う可愛らしいは犬猫に言うのと同じレベル、そこに恋愛感情はないが、恋に恋する少女には伝わらなかったようだ。

「もしかして、『将来国王になるのか』と聞かれて、『普通はならない』とか答えまして?」

「なぜ分かった?」

この王子の悪い癖は『言葉が足りない』ことなのだ。


通常なら『普通はならない』と聞けば、『じゃあ、ならないのね』と思われるもの。

それを考えず、彼は後に続く『第一王子がよほどの無能でなかったのなら。』を省いた結果と言える。


「なあ、その異国の異性に憧れるってことなら、’’顔だけ男’’のユーステス殿下でもいいってこと?いっそ、カシュア様とユーステス殿下を恋仲にして、リリーとの婚約を破棄させたら全て万事解決じゃん?」

兄が良い事を思いついたとばかりに言ってきたが、私と第二王子はすぐに『それは不可能だ』と首を振る。


「忘れたの?ユーステス殿下の好きなタイプは『胸が大きい女性』よ。」

「あ・・・。」

三人は深い溜息を吐いたのだった。

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