◇18
夏が始まった。
先週から兄が邸に帰ってきている。夏季休暇に入ったのだ。
ラノベ本によると、この学園の夏季休暇中に主人公が王子に内緒で王城に現れるシーンがある。
第二王妃主催のお茶会『白薔薇を愛でる会』に参加するのだ。
王城の庭園の白薔薇に見惚れた主人公は、誤って薔薇に触って棘で指を怪我する。
それを王子が優しく介抱しつつ、薔薇を一凛プレゼントするのだ。
『白薔薇ではなく、この赤い薔薇で君を彩ってくれないか?』
そう言って、王子の胸元に刺していた赤い薔薇を主人公の髪に飾るシーンだ。
ちなみに、パレイスティ王国の王家の紋章は薔薇がモチーフになっていて、第一王妃の愛称は『赤薔薇の王女』、第二王妃の愛称は『白薔薇の貴婦人』と呼ばれている。
これは国王陛下を『黒薔薇』と暗喩することから来ている推察される。
今回主催の第二王妃は、なかなかのやり手で、侮れない女性だ。
政略結婚の為、’’流行の発信地’’と名高いミラ王国の第三王女だった第一王妃を陰で支え、派閥ができないように貴婦人たちを纏め上げる手腕の持ち主なのだ。
お陰でパレイスティ王国とミラ王国の関係は今も良好だ。
そんな第二王妃は、実は恋愛結婚。
婚姻前の国王陛下の溺愛ぶりは全国民周知の話題になっていたのだとか。
跡継ぎが生まれず、今は消失してしまった男爵家の令嬢だった第二王妃と国王陛下の出会いは幼少期。
子供だった国王陛下が第二王妃に一目惚れし、家格の差を乗り越えて結婚したことで、当時国中が沸いたらしい。
その辺り記憶はのマリエッタ夫人の記憶を引き継いでいないので、とても新鮮に聞こえる。
さて、そんな第二王妃だが、権力などには全く興味がないと言わんばかりの謙虚さで、しっかり第一王妃を立てて、陰で支えているので、王妃同士の仲は決して悪くない。
悪くないというより、寧ろ良いくらいだろう。
実際、子供も第一王妃が先に出産しているしね。
『ご令嬢の間ではラカーシュ殿下をは『白薔薇王子』と呼ばれているらしいよ。』
国王陛下と、2人の王妃を良く知る宰相閣下、うちの父が馬車の中で話していた。
それを聞いた兄は、鼻で笑って
『兄は赤馬鹿王子だな。』と呟いていた。
(いいえ、『補習室の帝王』です。)
『白薔薇王子』。
ラノベ本のタイトルが『白薔薇の皇太子に溺愛されて、夢のような王城ライフを満喫します。』であることもあり、モヤモヤした感情がどうしても沸いて来てしまうのであった。
今日、もしかしたら第一王子の言っていた’’変な女’’が分かるかもしれない。
もし、それが婚約者付きであっても可能性があるのなら…私の婚約破棄に一歩前進できるということになる…が、下手すると第二王子の将来の妃になる可能性も出て来るということになる。
見ている限り、結婚に全く興味がない第二王子に、そのような可能性があることを喜んで良いのかも分からないが・・・兄弟喧嘩にならなければ、くっつくこともないのか・・・?
(分からないわ。)
恋愛に疎い私には複雑怪奇な現象に思えてならない。
それでも今は、ラノベ本の薔薇の咲く庭園のシーンを第一王子と再現する令嬢が誰なのか?に心が沸き立つのだった。
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私の今日の装いは夏らしい白のシフォンに青の指し色が、目にも涼しいものとなっている。
白いドレスは風通しの良いシンプルなタイプだが、袖や裾の部分にシフォンのふんわりした女性らしさをプラスされており、王家の特徴である青い目にちなんで、所々に青の指し色が使われている。
そんなドレスに合わせる小物も青で統一されており、首元で光る魔石も馴染んでいる。
「お兄様と並ぶとペアルックみたいで、気恥ずかしいですね。」
白いスーツを着た兄は、シャツは私のドレスの指し色と同じ青だ。
「私がそれを狙ったからね。」
「は?」
「兄妹愛が強いことを印象付けておこうと思ってね。」
兄の発言に目が点になるが、兄のことだ、全盛期ほどではないが日々婚約の打診を受けることを牽制したい思惑もあるのだろうと察し、小さく溜息を吐いた。
会場には既に多くの貴族が集まっており、ここ最近では『白薔薇を愛でる会』が夏の風物詩と呼ばれているのだと聞いたことを思い出す。
王家からの招待のため、ハロイエッド侯爵家の家族全員参加となったこともあり、久しぶりに家族全員集合する機会に恵まれた。
馬車の中での雰囲気を察したのか、兄が不思議そうに「母上と何かあったのか?」と聞いてきたが、教皇様の困りごと解決に協力しましたとは言えるわけもなく、曖昧に誤魔化すしかなかった。
会場に着くなり、国王陛下と妃たちに挨拶を済ませた両親は、さっさと別行動に出た。
父は国王陛下の側に仕えるために、母は婦人方との情報交流のために動き出した姿を見て
「私、貴族としてやっていける自信はないかもしれない。」
と呟いたのだった。
その時、周囲から歓声が漏れそちらに視線を移すと、2人の王子の登場だったのだと分かる。
相変わらず、見た目は二人とも王子様なのよね。
太陽に反射してキラキラと輝く金髪に、王族特有の青い目をした第一王子、夜空のような黒い髪をサラサラと風に靡かせ、やはり王族の青い目をした第二王子。
2人が並ぶ姿はあまり見ない分、女性たちが湧き上がる気持ちは理解できる。
(黙って立っているだけなら、素敵な殿方たちなのよ。)
彼らのポケットにはそれぞれ一凛ずつ薔薇が挿されているのを確認し、本の通りだと思った。
会場の様子を離れた所から見ていた私たち兄妹に気付いた2人はこちらに歩いてきた。
「この度はこのような会にご招待いただき、ありがとうございます。ご機嫌麗しゅう両殿下。」
貴族らしく挨拶する私たちに、彼らはいつものざっくばらんな姿を早くも晒し始めた。
「リリーシュア嬢、今日のドレス似合っている。」
「まさかその歳になっても兄妹でペアルックとは、恥ずかしい奴らだな。」
兄弟でこの違い。第一声で相手を褒める第二王子と相手を貶す第一王子に、私たちは苦笑いをするしかない。
「眉目秀麗なお二人に比べたら、こんな装いでも霞んでしまいますからね。少しでも目立てたなら良しとしましょう。」
兄の切り替えしに、普段はお調子者でも’’やっぱり貴族だ’’と感心させられる。
世間から見たら、私は第一王子の婚約者であり、兄は第二王子の側近候補。
私たちが彼らと一緒にいることには何の違和感もないだろう。
しかし、現実は…王子2人の仲は決して良くない。
案の定、第一王子は「ふんっ」と鼻を鳴らすなり、さっさと何処かへ行ってしまった。
「庭園でのお茶会は、ユーステス殿下との初顔合わせの日を思い出します。」
私が苦笑いで溢す言葉に、残された2人は揃って苦笑いを返してくれた。
「その後の反省文に苦労したあれか。」
殴られて痛い思いをした被害者なのに、なぜここまで反省しなければならないのか意味が解からないと嘆いていた兄の姿を思い出す。
「あれは、大変でしたね。」
私たちの話を聞いていた第二王子は、思い出したように
「ユーステスはあの後3日間軟禁された。彼の場合は王城内の部屋を一つ滅茶苦茶にしたからだけど。」
イライラが抑えきれなかった第一王子は物に八つ当たりした挙句、大炎上させるボヤ騒ぎを起こしたことで軟禁されたのだとか。
「数年前にも学園で同じようなことがありましたよね?」
「あれだ、陰口事件だ。『ダサい』って言われたやつ。」
「馬鹿はずっと馬鹿だ。」
ひとしきり談笑した後、私は他の令嬢にこの場を譲るべく、2人の元を離れたのだった。
会場の隅でお茶を飲みながら時間を潰していれば、様々な令息令嬢たちから声を掛けられ、それぞれに無難な返しをしていると、なにやら国王陛下の付近が騒がしくなった。
(何かしら?)
「隣国の王子様とその婚約者様がみえたらしいわ。」
近くに来た令嬢の言葉に、私の背中には変な汗が吹き出すのを感じずにはいられなかった。
(隣国の王子って、まさか・・・)
「リリーシュア!」
父の呼ぶ声がして、私は急いでそちらに向かう。
国王陛下と父の姿を捉えた次の瞬間、見たことのない緑色の髪に金色の瞳の少年が目に入り、その隣で桃色のフワフワの髪が印象的な令嬢を見た瞬間、私は固まった。
(主人公だわ。)
ラノベ本の挿絵に描かれていた少女にそっくりな女性がそこで笑っていたのだ。
「あなたがハロイエッド侯爵令嬢ですか!話に聞いていたより可憐な方だ。」
物腰柔らかな人好きのする笑顔を向けて来るシューリッツ王子に礼を取る。
「ハロイエッド侯爵家長女のリリーシュア・ハロイエッドと申します。シューリッツ王子殿下におかれましては、お元気な姿が拝見出来ましたこと、心よりお喜び申し上げます。」
「ああ、其方のお陰だよ。ありがとう。」
「恐縮です。こちらこそ大豆の種と苗を頂けまして、大変ありがとうございました。」
私はこの上ないほどに動揺していた。
本の中の主人公が目の前にいるのだ。
(どうにか、あれを確認する術はないかしら?)
もし、主人公に会うことが叶うなら確認したいことがあった。
『あなたは前世の記憶を持っているのですか?』
とても気になるものの、どう切り出して良いか分からず、時の流れに身を任せるのだった。