◇17
母から預かった教典を捲りながら、教皇がいかに聡明かを感じ取っていた。
(こんな貴重な教典なんて見る機会ないものね。)
そんな興味本位で読みだした教典だったが、古代語の中でも一番古い原子語で書かれていることが分かった。
原子語は古代語よりも言語数が少なく、難しい表現をすることが困難とされている。
(だから図解が多いのね~)
私は加護があるから、それが文字である限りは読めるのだが、もし、私の加護が『読解』でなかったら、原子語はちんぷんかんぷんだった可能性を否定出来ないだろう。
(そもそも、私って運動オンチの上に芸術の才能も皆無なのよ。)
そんな原子語で書かれた教典を一人独学で読み込んでいる教皇の凄さには、天晴としか言いようがない。
全体を読み切って解かったが、この図に関する記述が一つも出てこなかった。
何かヒントになるものがあるかとも思ったが、全く関係ない事柄ばかりだったのだ。
この国の創設から始まり、神の言葉や加護の起源などで埋め尽くされた内容に、この図は少し異質に感じるのは無理もない。
お腹の『気』については、実はちょっとした予感がある。
きっと明日王城に行けばハッキリするだろうと踏んでいるのだが、私はもう一つ気になる物を見つけてしまっていた。
腕が6本ある男性の絵だが、角度を変えると薄っすらと男性の足の間から7本目が見えるのだ。
最初、光の加減のせいかとも思ったが、暗い所で見ても同じだった為、角度を変えると出て来るのだと理解した。
角度を変える・・・見方を変える?
変えるとどうなるの?
7本目の手の先には何もないのだ。
(本当、意味が解からない!!)
私はしばしの間、頭を抱えて唸るのだった。
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王城の禁書庫からお目当ての資料を引っ張り出して、机に並べる。
『禁術の資料』『魔女の名簿』『神聖教絡みの事件資料』『歴代神殿関係者名簿』『貴族年鑑』
並べてから一つ一つを確認し始めること数時間。
目がショボショボしてきたため顔を上げると、いつもの神出鬼没王子がいた。
「なんだ、驚かないのか?」
残念そうに言う彼に、私は力なく笑って見せた。
「予感があったので。」
「そうか。」
そう頷いた彼は、少しだけ笑っていた。
「ところで、魔術の研究は禁術にも及ぶつもりか?」
私の手元にある本を視線で指して尋ねる彼は、どこか面白がる様子さえ見せた。
「私に魔女になれと仰るのですか?」
敢えて私がそう答えれば、「それはそれで、仕方がないと諦めるしかないな。」と呟いた。
何を’’仕方ない’’と思うのかも、’’諦める’’のかも理解が追い付かない私は、考えるのを止めた。
「ラカーシュ殿下、もしお暇なら助言を頂けますか?」
どうにも私一人では答えに辿り付けない気がしていたので、駄目元と、教皇の教典の図について説明をした。
「この角度を変えると見える腕の意味が解からないのです。」
第二王子は教典を徐に取り上げると角度を変えながら「面白いな」と呟いた。
私は喉を潤すために席を立つと、部屋の隅に用意されているポットからお茶を汲んで一気に飲み干した。
「苦っ!!」
一気に喉をすり抜けたお茶が後から口いっぱいに苦味を広げた。
どうやら、眠気覚ましの意味もあるのか、濃い目に淹れられていたようだ。
「全・・・もしくは金か?」
突然の第二王子の呟きに、私は「え?」と反応する。
「この7本目の手の先から薄っすらだが、線が見えるだろう?男性の背の方まで伸びて大きな文字になっているように見えないか?」
第二王子の指摘に、私は本に駆け寄ると角度を変えながら目を凝らす。
他の文字より数倍大きく書かれたそれは、一見すると模様にも見え、男性の後光か何かかと思っていたが
「確かに、文字ですね。・・・金?」
新たな疑問が生まれた瞬間だった。
「魔術具の研究が当初何て言われていたか、知っているか?」
第二王子の突然の問題提起に首を傾げながら答える。
「錬金術?」
「そう、金を練り出す術。」
「ああ!!」
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王城から戻った私は、昨日と同じように、応接室で母と向かい合っていた。
「つまりですね、この『気』というのは『空気』のような物で、加護を使用すると一定の『空気のような物』が身体に吸い込まれる感覚を示しているのではないでしょうか。吸い込まれた『空気のような物』は身体の中を巡って魔法(加護)を発動する仕組みを示していると思われます。」
「なるほどね~。リリーシュアがガーネシア共和国の第二王子の治療法を思いついたのも、この法則のおかげだったのね。」
やはり、母はシューリッツ王子の件を知っていたようだ。
この件は隣国の王家のプライバシーにも関わる為、知っている者は限られていた。
(きっと、お父様から聞いたのね。)
「で、もう一つ、実は隠れた腕が描かれていることをご存じでしたか?」
「隠れた腕?」
私は母の前で本を傾けながら、「ここに薄っすらと」と教えれば、母の目が細く鋭くなるのが分かる。
「あら、本当だわ。」
「この腕からやはりうっすらと、こういう感じで線が出ていますでしょう?」
「良く見つけたわね~。言われないと分からないわよ。」
母は本を自分で持ち上げ、角度を変えながら見つめている。
「はい。私もその線は見つけられませんでした。模様か何かかと思って。」
「え?じゃあ誰が?」
ああ、部外者に見せたのかと疑われていますわね。
確かに部外者ではありますが、この国の王家の方ですもの、許してくれますわよね?
「ラカーシュ・サミュット・パレイスティ第二王子ですわ。…それで、この模様のような線、実は「金」と書かれていましたの。」
「ラカーシュ殿下が…。え?金?」
母は一度机に置いた本を再度角度を変えながら凝視し始める。
「古代字で金と。きっと錬金術…つまり、今でいう魔術具のことを指しているのではないかと思います。」
この教典でいう所の魔法とは『加護』を指していた。
加護にはそれぞれ『火』『水』『土』『闇』『風』『光』に分類分けされる。
母の’’浄化’’はシューリッツ王子と同じ『光』
父の’’策略’’’’は『風』
兄の’’移動’’も『風』
そして私の’’読解’’は実は『光』になるのだ。
これらは遺伝によるものと考えられ、実際、教典の注釈にも『親の魔法は子に受け継がれる』と書いてあったので、正しい。
お腹に男性の『気』と書いてあったのは’’身体に取り込む’’という意味の他に、’’母体の腹の中’’にいる時に決まるという意味も含まれていると推察された。
そして7本目の腕は、魔法は6本の腕が指し示す分類しかないが、錬金術…つまり研究によって魔術具が生み出されれば『新たな分類』が生まれるという意味を持っている。
ただ、私個人としては、『金』の他に『時』の意味もあると思いたい。
(’’時は金なり’’というしね。)
現実、様々な魔術具の研究が進み、人々の暮らしは楽になった。
楽になったとは『時間』を生み出したとも言えるのだ。
人間の手で行っていた作業を魔術具が行うことによって、人間は『時間』を手に入れた。
確かに魔術具を売って『金』を手に入れる者もいるが、多くは『時間』を手に入れたのだ。
加護だけでは出来ないことを魔術具が助けてくれる。
(やっぱり、魔術具って素晴らしい!)
「ああ、教皇様にお伝えください。そのページの図は異質に見えて、実は教典の中身をぎゅっと凝縮した内容でした。と」
「え?じゃあ、この男性はこの国の初代王マハムートン国王陛下だと?」
母の目が大きく見開かれる。
さすが神殿に出入りしている母は察しがいい。
「はい。マハムートン国王陛下は神聖教の初代法王様でもありますから。」
「マハムートン国王陛下はもっとハンサムよ!」
ひょんなことから、母の中の初代国王陛下のイメージを知ったのだった。