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◇16

第一王子の言う’’変な女’’が誰なのかは分からないまま、2ヶ月が過ぎた。

もうすぐセイドリック兄さまが夏季休暇の長期休みに入るため、邸内は慌ただしい。

モアの念願だった新人使用人も無事雇用が決まり、侍従長とメイド長に付いて仕事を覚えているようだった。

「モアがこの邸に来たばかりの頃を思い出すわね。」

私が現在メイド長に付いて習っている新人メイドを見つめて言えば

「あの頃は大変でしたね。新人なのにお嬢様付きになることが内内で決まっていた為、プレッシャーも感じていましたし、中には意地悪をしてくる先輩もいましたから。・・・あ、今は全然仲良しですよ?」

18歳という若さでこの邸に来たモアは、元子爵家の長女。

実家が廃爵となり、庶民となったモアは、妹が亡くなって気落ちする両親を経済的に支えるべく、住み込みのメイドとして我が邸にやってきたのだ。

15歳まで貴族令嬢だった彼女が庶民に慣れるまで、苦労が絶えなかっただろうことは想像に容易い。

庶民になったモアの両親は、領主である父の計らいで、住む家と畑を与えられ、最近は野菜作りに目覚めたという。

「借金はまだありますが、それでも父や母が笑って暮らせているので、安心しています。」

そう笑って話すモアは、なんて良い娘なのだろう。

「私も、モアのご両親には感謝しているのよ。大豆を植える畑を提供してくれたのだもの。」

第二王子であるラカーシュ殿下が、隣国ガーネシア共和国の第二王子であるシューリッツ王子に頼んでくれたおかげで、大豆の種と苗が手に入った。

それを、モアの両親が快く「うちの畑を使ってください」と畑の一部を貸してくれたのだ。

畑は邸から馬車で30分の所にある。

遠くはないが、毎日は行かれない。

それでも、モアの父親が大豆の世話も引き受けてくれたおかげで、週一回の頻度で見に行く度に、無事育っていることを確認出来ている。

「植物は裏切らないのだそうです。心を込めれば込めただけ、手を加えれば加えただけ、しっかり実ってくれるのだと父が言っていました。」

モアの緑色の瞳がキラキラと輝くのを、私はずっと守っていきたいと思えるくらいには、モアという一人の人間を信頼していた。


部屋でいつものように本を読んで過ごしていると、メイド長がやってきて私を呼んだ。

「奥様がお呼びです。」

「お母様が?」

珍しいこともあったものだ。

同じ邸内に住んでいる母親だが、兄も私も転生者の影響で子供らしくない言動を取るため、気味悪がって近づいて来ないのが母なのだ。

(母は私たちが転生者で過去の偉人の生まれ変わりだと知らないものね。そりゃあ、気味が悪いわよね。)

両親からの愛情は薄いものの、それに対し恨んだりはしたことがない。

幼い頃は寂しいと感じることもあったが、私の側にはいつも兄がいたので、あまり気に病まなかった。

そんな母からの呼び出しに、落ち着かない気持ちになるのは仕方がないだろう。

(一体、なんの用かしら?)


メイド長に続いて、母の待つ応接室へ向かう。

応接室に着いた私は、誕生日以来に見る母に一礼し、促されるままに席に着いた。

「久し振りね、リリーシュア。」

「お久しぶりです、お母様。」

私たちは顔を合わせる度にこの挨拶から始まる。

そのくらい疎遠だということだ。

「今日はね、貴方にお願いがあって呼んだのよ。」

そう言って母は机の上に一冊の本を出した。

立派な表紙には、この国の国花であるバラの絵と、神殿で良く見る丸の中に三角形二つが逆さに重なった『神聖教(しんせいきょう)』の模様が刺繍された立派な教典だった。

「随分、歴史を感じる教典ですわね。」

私が呟いた言葉に、母は頷くと

「この教典は王都にある神殿の教皇様が代々受け継がれる物なの。」

「そんな大事な物を持ち出して大丈夫なのですか?」

思わぬ持ち主の存在に、私は驚きを通り越して恐怖すら感じた。

教典というだけで、神殿にとっては大事な物であるのに、代々教皇様が使われる物とあっては、その価値は計り知れない。

「実は教皇様からのお願いがあって、貴方に見せているのよ。」

私の反応が、神聖教信者である母の心を解したようで、少しだけ表情が和らいだように見えた。

「教皇様がですか?」

母は頷くと、パラパラと中を捲り、小さな花の押し花がされている’’しおり’’が挟まっているページで手を止めると

「ここに書かれている古代語だと思うんだけど、この図にどんな意味があるのか、貴方なら分かるのかしら?」

母に指さされたページに描かれた図を凝視する。それは図と言うには繊細で、絵というには意味が違ってくるような…(まあ、図でいいか)だった。

真ん中に大きく裸の男性の立ち姿が書かれており、その男性の腕が六本生えている。

その一つ一つの指先が指す場所にはそれぞれ違った模様が書かれている物だった。

「神聖教のマークの元の図と考えて宜しいのではないでしょうか?神聖教の三角が二つ重なった図の意味は。それぞれ『火』『水』『土』『闇』『風』『光』ですよね。それは加護の大きな分類です。同じようにこの男性のそれそれの指が指しているのも『火』『水』『土』『闇』『風』『光』。そして・・・ん?」

「やはり、貴方も気付いたのですね?」

母が確信を得たように呟くと、小さく息を吐いた。

それもそのはずだった。

魔法の分類は6つと誰もが知っている常識のものなのに、もう一つ描かれていたのだから。

男性のお腹の部分に『気』と。

「この図で言うと、この『気』が中心にあるということを表しますよね?」

「ええ。教皇様もそう仰ってたわ。」

「失礼ですが、教皇様は引き継ぎとかはなかったのでしょうか?」

確か、現教皇は最近その立場に就いたばかりの者だったはずだと思い出す。

私の5歳の誕生日に神信式(加護を授ける儀式)を行ってくれた教皇は昨年末に急死したのだった。

急死だったので、引き継ぎらしい引き継ぎはなかったにせよ、次期教皇候補に何かヒントを残すくらいのことはしていそうなものではないかと尋ねた。

私の疑問に、母は首を横に振ると

「時期教皇様候補もまだ選定の段階で、前教皇様はお亡くなりになったのよ。だから、現教皇様は今必死で学んでいる状態なの。」

ああ・・・神に仕えている者に対しても、なんて神は無慈悲なのだろうか?

私は何ともやるせない気持ちになりつつ、現教皇に同情の念を抱いた。

「分かりました。私の方でもお調べするのでお時間を頂けないかと教皇様にお伝え願えますか?」

「ええ、それは良いけれど。調べるってどうするのです?神殿にある書物では分からなかったのに。もし、難しいようなら私から断ることも出来ますよ?」

以外にも母が娘を気遣う様子が見られ、私は頬が緩んだ。

「折角、お母様からお声がかかったのですから、私に出来る限りのことはさせてください。それに、神殿にはなくても王城にはヒントがあるかもしれませんよ?」

私の言葉に、母の目から大粒の涙が零れ落ち、私はギョッとする。

「お、お母様?!」

「ありがとう。ありがとう、リリーシュア。私は母らしいことを何もしないで、貴方たち兄弟を遠ざけて来たというのに、困った時だけ頼るなんて、情けない。」

思ってもいなかった母からの謝罪に、私は少し照れてしまう。


「お母様は遠くからでも私たちを気にかけていらっしゃったではないですか?それで十分です。」


母の抱いた恐怖は理解できた。

世間一般的な子供たちに比べて、私たち兄弟はあまりに異質だったのだ。

喧嘩をすれば大人顔負けな言葉と態度で理論を並べる。

子供が知っているはずのない言葉も3歳の頃から話し出す。

何より、子供なら泣くような場面でも、笑顔でやり過ごそうとする子供なんて気味が悪い以外ないのだ。

そんな子供に叱るという行為をするにも勇気がいっただろう。

実際、私たち兄弟は父親さえも言いくるめることが出来るほどに饒舌なのだから。


一般的な母子関係からは外れてはいたが、母は毎年誕生日には必ず家族が揃うように調整してくれていた。

一緒に過ごす時間は少ないけれど、誕生日プレゼントは子供が一番喜ぶものを選んでくれていた。

直接話さなくても、周囲から情報を得ることを止めないでくれた母を嫌うことは、私たちも出来なかったのだ。

ちょっとだけ、『残念』と思ったに過ぎなかった。


だから、これでいいと今は思える。

そのくらいには、私たちは成長したと言えるのだろう。


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