◇15
「私に影のようなことをさせるのか?リリーの頼みじゃなかったら、即却下案件だ。」
馬鹿王子が預言書のような会話が出来るとは到底思えないという万上一致の結論により、第二王子が兄に提案をしたことが始まりだった。
第一王子が言っていた婚約者付きの’’変な令嬢’’はガーネシア共和国の異彩の令嬢ではないかと推察できるものの、本当にそうなのかが分からない。
もし、シューリッツ王子の婚約者である異彩の令嬢であれば、今後シューリッツ王子と異彩の令嬢との関係に第一王子が関わってしまう可能性が出てくるため、国際問題になりかねない懸念がある。
これは国内の内戦どころか隣国との戦争の危機だ。
だが、もし’’変な令嬢’’が異彩の令嬢でなかった場合、第一王子と上手くくっつく可能性がゼロでなければ、見事私の婚約破棄に繋がる優良案件でもある。
(初対面で呆れられている時点で可能性は低いけれど。)
つまり、兄にはその’’変な令嬢’’が誰なのか?を調査するよう第二王子が提案した流れとなる。
「お兄様だって、馬鹿王子と義兄弟になりたくないと仰っていたではないですか。」
私がお願いのポーズで訴えれば、兄は顔を引きつかせながらも、渋々と了解してくれた。
しかし、ユリウス侯爵の生まれ変わりであり、元々の性格がお調子者の兄がコソコソと他人を調べることに特化しているわけがなく…兄の懸念も理解できる。
「ずっとユーステス殿下にくっついているわけにもいきませんしね?」
「それは断固断る!」
私が兄の立場でもそんな事態は断固として嫌だろう。
(何か、良い方法はないかしら・・・)
「近々、魔術発表会がなかったか?」
第二王子の言葉に、私は「それだわ!」と声を上げた。
学園では年に一度、自分の実力を試すことを目的とした’’魔術発表会’’がある。
屋外の広い闘技場のような会場で、一人一人が自分の加護を駆使した魔法を披露するのだ。
その際、主人公は緊張のあまり失敗をしてしまう。
いつもは簡単にできる水を操る魔術を暴走させてしまい、会場を水浸しにしてしまうのを、王子がすかさず炎の魔術を使って水を蒸発させて事なきを得るという流れだった。
ちなみに、第一王子の加護は『炎焼』。
(だからことあるごとに『燃やし尽くしてやる』と言っていたのよね。)
とりあえず、魔術発表会で事件が起きれば、令嬢の正体が分かるという仕組みだ。
「魔術発表会であれば、お兄様がわざわざユーステス殿下に近づく必要もありませんわ!」
「なんだ、そんなことで良いなら、私にもできそうだ。」
ほっとしたのか、満面の笑みを見せた兄に、私も胸を撫でおろした。
「ところで、お兄様はどんな魔術を披露する予定なのですか?」
問題が一件落着したところで、私は気になっていたことを聞いた。
兄の加護は『移動』だ。
これを他人に魅力的に見せる演出に興味が沸いた。
「それなんだけど、悩んでてさ。なんか、こう会場中を沸かせる方法ないかなって。発表の評価が高いと、その後の学園での成績にも’’色がつく’’らしいんだ。」
’’色がつく’’とは、きっと成績に+αの判定がつくということなのだろう。
例えば、今後、座学等の試験で誰かと同点だったとしても、+αの判定が効果を発揮し、上になれるという仕組みだ。
(確かに美味しいシステムよね。)
「…セイドリックが会場中に沢山現れたら、面白くないか?」
第二王子の発案を、兄は理解が出来ないようで
「私の加護は『移動』だ。『分身』ではないぞ。」
と溜息を吐く。
「ああ!そっか。高速で移動するのですよ。会場中のあちこちに高速で移動したら、お兄様があちこちにいるように見えるんじゃないですか?」
人間の目には残存機能が備わっている。
コンマ数秒毎の速度でそこに現れたものを「存在する」と認識してしまうのだ。
「そういうことか!面白そうだな!早速練習してみるわ。」
兄の悩みも解決した所で、流石に第二王子の侍従がそわそわし始めたので、お開きとなった。
第二王子を見送った後、兄に苦言を呈する。
「お兄様、ラカーシュ殿下は第二王子とはいえ王子です。私の様子伺いに何度も使うのは不敬ですよ。」
注意する私に、兄の目がキョトンとされる。
(あれ?)
兄はしばらく何かを考える風にしていたが、一人で納得したようで
「一応、可愛い妹には言っておくが、私が殿下にお願いしたのは一度きりだ。」
「は?」
兄にお願いされて我が邸に来たのは最初の一回だけということ?
それじゃ、それ以降は第二王子の勝手な自由行動ということではないか?
(この国の王子って暇なのかしら?)
・・・ああ。そういえば無能がいなくて仕事が捗るんでしたっけ。
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数日後、兄からの手紙で、兄の発表は高評価を得たと報告があった。
文面からも兄の喜びが伝わって来て、私も嬉しくなった。
その流れで続きを読んで、私は愕然とした。
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拝啓 私の可愛い妹へ
魔術発表会ではラカーシュ殿下と君のお陰で無事、学年最優秀を手に入れた。
これで、今年度の私の成績は安泰だ。
今度、君たちにはお礼をしたいと考えている。
それはそうと、例の令嬢の件だが、結論から言うと『分からなかった』だ。
魔術発表会の際、隣国の異彩の令嬢は水魔法を失敗したにはしたのだが、会場中を濡らすほどではなかったのだ。彼女の空に放った水の大砲は起動を反れて次の順番だったユーステス殿下に直撃した。
驚いたユーステス殿下は何を思ったのか、己を火だるまにして、会場中を走り回った末、先生方から消火魔術具をぶつけられ、粉まみれになっていた。
なかなかに面白い魔術発表会だったぞ。
リリーもいたら、腹を抱えて笑っていただろう。
報告は以上だ。
次の休みには成功したリリーのオムライスを楽しみにしている。
君の唯一の兄 セイドリックより
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恐るべし、馬鹿王子。
確かに、これでは第一王子が言っていた’’変な女’’の正体は分からず仕舞い。
振り出しに戻るとはこのことかと、少しがっかりはするが・・・
火だるまの馬鹿王子を想像して笑いが込み上げてきた。
「自分を燃やし尽くして何がしたかったのかしら?ふふっ。本当に馬鹿。」
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久しぶりに王城の図書室に行った私は、青い目の少年と鉢合わせた。
彼にも兄から手紙で報告が行っているのだろう、第一声は
「兄弟を選べないのは残酷だと思わないか?」
だった。
第一王子が卒業して、バトンタッチするように第二王子が学園に入学する。
それを思うと、何とも言えない同情心が芽生えたのは言うまでもない。
私は彼の心が少しでも癒えればいいと、小腹が減った時に食べようと思って持ってきたクッキーをお裾分けした。
「形は不格好ですが、味は保障しますから。」
そう言って渡したクッキーを、目を大きく見開いた彼は、次の瞬間嬉しそうに笑った。
(元気が出たなら良かった。)
私は、気を取り直して、本棚から『世界の生産品分布図』を持ち出した。
昨年末の寒波の影響で砂糖の制限は未だ解除されていない。
とはいえ、テンサイで代用できているので、特段問題はないのだが、やはり、こういうことは予め対策を立てておくべきだと思ったのだ。
今回は代替品がある商品だったから良かったものの、これがもし代替品がない物だったらと思うと怖くなった。
きっかけは私が料理を習うようになったことに影響している。
料理長が呟いた「大豆じゃなくて良かった」が気になり、調べてみた所、大豆の生産は世界の食糧庫と呼ばれるガーネシア共和国の山沿いの地域限定になっていた。
大豆は万能食材である。
醤油、味噌、豆腐、油揚げ、厚揚げ、高野豆腐、湯葉、豆乳、きなこ、おから・・・
確かに調味料に関していえば、少し独特の臭いがあるため、好んで食べる国は少ないものの、私は豆乳ときなこのお菓子が好きなのだ。
先ほど第二王子にお裾分けしたクッキーもおからを使用した’’おからクッキー’’で、腹持ちが良くカロリーが少ないという優れものだ。
「大豆をこの国でも作れないかしら?」
大量でなくていい。
とりあえず、私のような大豆食品を愛する人たちが安心する量さえあれば、問題ないのだ。
「シューリッツ王子に頼んでみようか?種と苗くらい分けてくれるだろう。」
神の声が聞こえ、振り返る。
「お願いします!」