◇14
「学園に変な女が入学してきた。」
未だに継続されている悲しみのお茶会の席で、1ヶ月ぶりに会った第一王子が突如として口を開いた。
「どう変なのですか?」
さして興味はないが、かと言ってこちらから提供する話題もないため、とりあえず聞くことにした。
お茶会を辞めたいと何度も父と国王陛下に直談判したこともあったが、良く考えてみたら、預言書の通りに進んでいるのかを確認する術がないことは不安だと思い直し、お茶会の継続を了承した経緯がある。
「私が補習の課題に飽きた頃、外から夕げの臭いがしてきたんだ。夕焼けの空を見ていたら、ビーフシチューが食べたくなってな、王城のビーフシチューをどうにかその日のうちに運んでもらえないかと考えあぐねいていたら、変な女が突然やってきた。」
夕焼けの時間、教室、外を見ていた第一王子?
それって・・・ラノベ本の出会いの場面じゃないかしら?
「その令嬢はなんて?」
(なんて声をかけてきたのかしら?)
高鳴る動悸を落ち着かせ、冷静な態度を意識する。
「『何を考えているんですか?』と聞いてきた。で、その女に振り返った瞬間、私は驚愕した。デカかったんだ。」
ん?
デカかった?
第一王子が言葉の意味を推察する。
(ああ!胸か。)
「それは…ようございました。」
「ああ。あれは見事だった。だから、褒めてやった。」
「は?」
「其方は100点、80点、80点だな!素晴らしい体型だ!」
ポーズまで再現する第一王子に目が点になる。
『馬鹿は死んでも馬鹿。』
歴史学者ドミュラーの言葉で頭の中が埋め尽くされていくのを感じつつ、話の続きを促す。
「で?」
「『貴方は顔は良いのに残念な人ですね。』と言われたんだが…これは褒められたのか?それとも応援されたのか?」
「呆れられたのですわ。」
自分の体形を勝手に点数化された挙句、上から目線の賞賛を得たところで嬉しいわけがない。
そもそも令嬢に言う言葉ではないのだ。
そんな言葉を初対面で受けた令嬢に同情する。
しかし、これでは第一王子の運命の出会いのシーンがボロボロではないか。
そうなると・・・
(え?どうなるの?)
「いや、そんなはずはないだろう。数日に一度は彼女に会うが、ちゃんと会話があるぞ。」
「例えば?」
「彼女は卵料理が好きらしい。」
(それは!?オムライスのシーン??)
一旦地に落ちた気分が浮上した私は、気持ち前のめりで続きを聞く。
「どんな料理が好きとか言ってまして?」
「私には目玉焼きが似合うそうだ!」
「・・・は?」
会話の内容が全く理解不能だが、要するに『お前は目玉焼きでも食っとけ』と言われたということだろうか?
それにしては、なぜ嬉しそうなのか分からない。
「ユーステス殿下は、そのご令嬢のことが気になるのですか?」
思い切ってストレートに聞くことにした。
「(体型を)見ているだけでいいな。コブ(婚約者)付きだしな。」
ぬぉぉぉぉぉ!!
そこは真面目か!?いや、当て馬とかまだ気にしているのか!?!?
いや、真面目で良かった。当て馬にならなくて良かった。
この国の戦争は免れた!
でも。でも。でも!!
(私の婚約破棄も遠のきましたわ。)
再び地に叩きつけられた気分の私は、無言で立ち上がると、その場を後にした。
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夕食の席で、私は兄と第二王子にオムライスを振舞った。
多少、歪ではあるものの、思ったよりは上手く出来たと思う。
やはり毎日10分の特訓が成果を見せ始めている。
「リリーが料理を覚えようとしているとはね!予想外過ぎて、やはり私の妹は最強だ。」
兄が嬉しそうに言ったので、私の気分は浮上した。
「まあ、初めてにしては上出来ではないか?」
予告通りに現れた第二王子からも高評価を得られ、安堵する。
「ラカーシュ殿下!お嬢様のオムライスはこれが初めてではございません!」
突如私たちの会話を聞いていたメイドのモアが第二王子に食ってかかる。
「え?モア?」
「お嬢様の初めては私が頂きました!私こそがお嬢様の初めてでございます!」
ああ・・・モアの自慢話はまだ継続されていたのね。
「なんだと!?」
モアの言葉に反応したのは兄だ。
「どういうことだ!?」
兄が私を睨む。
「どういうことと言われましても、料理を作りたいと思い立った時に側にいたのがモアだったので。」
「くそぉ!学園入学を早まったか・・・」
お兄様、決して早まっておりません。
年齢で決まっておりますから。
「次はいつ作る?」
黙々と食事をしていた第二王子からの質問に、
「次の、お兄様が帰って来た時ですかね。」
「ならば、その前に練習に付き合おう。」
「あ!お前、数で勝負しようとしてんだろ!?ズルイぞ!」
(第二王子を’’お前’’と呼ぶなんて・・・本当に仲が宜しいのですわね。)
普通なら不敬になる発言なのに、全く問題なさそうな二人の様子に、私は羨ましさを覚えた。
「…そんなに仲が宜しいのなら、次はお二人が作ってくださいませ。」
そうだ、他人が作った物を見ることで私に足りないものが分かるかもしれないではないか。
「「嫌だ。面倒臭い。」」
2人は同時に答えた。
(本当に仲が宜しいことで。)
「では、事前練習も致しません。…面倒臭いですもの。」
私の答えに、何故かモアがガッカリしていた。
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夕食後、お茶を飲みながら今日の第一王子の話を二人にする。
私のオムライスは料理長が作ってくれたものだったので、間違いない見た目のものだった。
きっと彼は、弟子に本物を見せて成長を促す作戦なのだろうと思う。
「学園という所は学ぶ場所ではないのか?馬鹿が加速しているようだが。」
第二王子が眉間に皺を寄せてお兄様に問うた。
この中で学園の内情を知っているのはお兄様しかいないので、当然だろう。
「学び舎だよ。ただ、私たち1年生の間でも有名にはなりつつある。」
兄がそこで言葉を止めてお茶を飲んだ。
すでに馬鹿王子は何かやらかしたのだろうかと思って続きを待っていると
「第一王子のあだ名は『補習室の帝王』だ。」
明らかに第一王子は授業に付いていけていないということではないか。
流石にそこまでとは思っていなかった私と第二王子は絶句した。
「・・・先生方は、奇特なのか?」
どうやら、学園には奇特な令嬢はいなかったが、奇特な先生方はいることが分かった。