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◇13

数日かけてラノベ本の翻訳を完成させた。

翻訳していて何度も感じた、微妙なニュアンスの言い回しは、この国の言語での表現が難しいと。

「''麗(うら)らか''なんて''清々(すがすが)しい'でいいわね。」

途中から私はサクッとその辺は深く考えないようにして、話の流れが分かればいいということを意識して書き上げたのだった。

完成したそれを侍従に城に持って行くように頼み、私はやりきった達成感でベッドに寝転んだ。


あの本が預言書であるならば、第一王子はそろそろ主人公との出会いを果たし、学園内で一緒に過ごす時間が増え始めている頃。

学園の食堂で食べ物の好き嫌いについて熱く語り合う場面があったっけ。


主人公「オムライスは半熟卵のフワフワがトマトソースと相まって、とても美味しいのです。」

王子「オムライスの卵か…うちの城の料理人はしっかり火を通すタイプだから、半熟は食べたことがないな。」

主人公「それは勿体ないです。人生の半分を無駄にするに等しいですわ。」

王子「君がそこまで言うのなら、食べてみたいものだ。」

主人公「良かったら、私が作りましょうか?」


王城では食あたりなど起こしたら料理人の命がいくつあっても足りないという理由で、半熟卵のオムライスは出ないかもしれない。

(それにしても…主人公のオムライス愛が凄いわな。)

しかも自分でも作れるなんて…令嬢にしては珍しい特技を持っているようだ。

ふと、そんなことを考えていたら、料理という物をしてみたくなってきた。

勢い良く起き上がった私はメイドに声をかける。

「モア、厨房に行くわよ。」

「おやつの催促なら、私が行きますよ?」

「違うわよ!」

モアの中の私は、どれだけ食い意地が張っているのだろうか。


私が厨房に着くと、料理人たちが青褪めた表情で立ち尽くしてしまった。

「やはり、お嬢様の舌は誤魔化せませんでしたか。」

料理長の言葉に首を傾げる。

「奥様に言われ、先日から甘味料の種類を変えたんです。」

「え?そうなの?」

おずおずと話し始めた調理長の話によれば、昨年末に襲った寒波の影響で、南の大陸から輸入される砂糖が高騰してしまい、入手が困難になっているらしい。

サトウキビの収穫量が例年の半分以下に落ち込んだことが原因で、その対応策としてテンサイから採れる甘味料を代替品として使用するようにと、王家からの達しがあり、私の母親であるハロイエッド侯爵夫人からのお触れが出たのだとか。

「まだ多少の在庫はあるのですが、奥様のお茶会用にと保管を命じられまして…。」

言われて初めて砂糖の経緯(いきさつ)を知った私は、「勉強になるわ~」と感心した。

私とは違い、社交に力を入れている母に砂糖を譲るのは当然だろう。

そこに何の不満もない。

「って、そんなことはどうでも良いわ。今日は私、料理をしてみたくなったのよ。ふわふわ半熟オムライスを教えて頂戴。」

「はい?お嬢様が料理を?」

貴族令嬢が厨房に入ることは勿論のこと、料理を作ろうと思うとは予想もしていなかったようで、その場の誰もが愕然としてしまった。

こうして、料理長監修の元、私の初めての料理教室が開催された。

夕食の仕込みをする料理人たちの目が好機に輝いているのは無視しよう。


「まるで実験のようだわ。」

卵を溶きながら言えば

「そうですね。火加減や調味料の分量、また食材によっても出来上がりが変わって来ますからね。」

納得するように呟いた料理長に、私は敬意を払う。

「いつも手間暇かけた素晴らしい料理をありがとう。お陰で、私も健康に育つことができているわ。」

「勿体無いお言葉です。」



私の始めての料理はモアに味見を頼んだ。

味付けや卵をフライパンの上で丸める作業などは料理長が行った為、美味しくないわけがない。

それでも、モアの口から感想を聞くまでは不安だった。

「お嬢様、とても美味しいです。」

「良かった〜。」


その後、モアの自慢話に『お嬢様の手作り料理を食べた』が加わったことは言うまでもない。


「料理長、私も卵を丸める技を極めたいわ。」

私のお願いに、料理長は少し考えた後、捨てようとしていた古いフライパンと細かいビーズを渡してきた。

「これをこう、トントンと手首のスナップだけで、溢さず一定に端に集め続ける練習を毎日行ってください。これは新米料理人が数か月かけて行う特訓の一つです。お嬢様もお時間の空いた時にやってみたらいかがでしょう?ただし『やりすぎない』ことをお約束くださいね。やりすぎると手首を傷めます。一日10分程度を目途に。」

料理長が殊更に「やりすぎないこと」と念を押してくる。

「分かったわ。ありがとう。」

試しにちょっとだけ試してみるも、フライパンの重さに既にビーズたちが零れてしまう。

「難しいわね。」

「最初から簡単に出来たら、料理人たちのプライドが傷つきましょう?」

優しいお爺さんのような料理長に、私は親近感を覚えた。

思い付きのような私の我儘に真剣に付き合ってくれるなんて、良い人だわ。

(もっと早く料理長に深く関わっておけばよかったかも。)

マリエッタ夫人の転生者であっても、幼い頃は両親の愛情が薄いことに寂しさを覚えたことがあった。

そんな時に、彼に関わっていたら寂しさも和らいだのかもしれない。

(今更ね。これからを大事にしましょう。)

モアが一口一口を味わって食べている為、そのままそこに残し、私は先に部屋に戻ることにした。

ビーズが入ったフライパンを持って廊下を歩いていけば、すれ違うすれ違う使用人たちが不思議そうな顔をしていた。


❀-----------❀


「何をしている?」

いつものように突然邸に来た第二王子が、真剣にフライパンをトントンする私にギョッとした表情を見せた。

(第二王子って律儀よね。お兄様のお願いを守っているのだから。)

兄からの手紙で、第二王子とも手紙のやり取りをしていることは知っている。

将来、主従関係になる二人だから、仲が良い事は良い事なのだが…仲が良すぎやしないかと思うこともあった。

「オムライスの練習です。お兄様が帰ってくる日までに上手になりたくて。」

私がフライパンから目を離さずに答えるのを、気にする様子もなく第二王子がじっと見ている。

(そんなに見られたら気が散るのだけれど・・・)

「あの本の影響か。」

するどい第二王子に心底感心しつつ、そういえばと尋ねる。

「王城ではフワフワの半熟卵のオムライスは出ませんのでしょうか?」

あの本の内容の通りなのかを確認したい気持ち半分、国王一家の口にする料理だけに半熟は出ないのだろうという気持ち半分で尋ねた質問だった。

「出ないな。食あたりもそうだが、毒が混ぜ込まれやすい食材は滅多に出ない。」

「やはり、そうなのですね。」

「セイドリックが帰ってくるのは、次の休みの日だったか?」

それまでに上手くなるのかと言いたいのだろう。

確かに、そこまでに上手くなっているかは微妙だ。

「そうですわね。まあ、失敗しても、その次に成功すれば成長の記憶が残りましょうか。」

「では、俺の分も作ってくれ。半熟卵のオムライスとやらを食べてみたい。」

「はあ?!」

予想外の発言を聞いて、手元が狂い、床一面にビーズを溢してしまった。

「ああ・・・」

「ふっ。美味いオムライスが食えるまで楽しんでやろう。」

心底面白がる笑顔を見せた第二王子に、兄の笑顔の記憶が重なった。

「ラカーシュ殿下はお兄様の影響を受けすぎではございませんか?」

「セイドリックとは気が合うからな。」

ええ、そうでしょうね。

お互い第一王子嫌いですものね。

ん?第一王子嫌いで言うと私もか?

いや、私はこの人と気が合う気がしないわ。

学術的な意見では多少、気が合うこともあるけれど・・・

(それ以外は、全く読めない相手だもの!)


零れたビーズを集める魔術具を起動し、私は大きな溜息を吐いた。

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