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◇12

セイドリック兄様が学園へ引っ越したことで、邸内の使用人の人数も減ってしまった。

それに伴い、私付きのメイドであるモアの仕事量も増えたらしい。

「奥様付きよりラクそうだからって理由で、私にかなりの業務量を振って来たんですよ!侍従長の嫌がらせです!」

最近手に入れた『最新魔術具図鑑』を見ている私の側で、ぷりぷりと愚痴を吐きながら、モアが部屋の片付けをしてくれている。

今日は衣裳部屋の整理を終わらせたいのだとか。

「お兄様に付いていった使用人って、侍従2人、メイド1人の3人よね?」

「3人もいなくなれば、邸の雑用に人手が足りなくなるんですよ。」

兄がいないだけでこの状態だ。

3年後入れ違いで学園に入学する私の時は、モアしか連れていけないかもしれない。

そうすると、モアの負担はかなりのものになるだろう。

(モアに休みが与えられなくなるわ。)

侍従やメイドの仕事は多岐に渡る。

邸の者に付いているメイドの他に、邸内を清掃したり配膳・下膳をしたり、あらゆる場所の花を変えたり、手紙や荷物の受け取りや、ちょっとした買い物など…数え上げたらキリがないと言ったところだろう。

まして、3年後学園から帰ってくる兄には、今以上の人手を要することは目に見えている。

次期当主であり、領地運営に関わりだすのだから。


「侍従長もその辺は分かっているだろうから、執事やメイド長と相談して求人募集でもかけるんじゃない?」

「はい。来週から面接を始めるって言ってました。」

「じゃあ、しばらくの辛抱よ。」


面白いことに、モアはイライラしているくらいの方が仕事が早かったりする。

図鑑から顔を上げる度に、どんどんと小さくなってしまったドレスや、年齢に合わないドレスたちを纏めて箱詰めする作業がみるみる進んでいるのだ。

「お嬢様、午後には仕立て人を呼んでいますから。おやつは程々にお願いしますね。」

「・・・はい。」


貴族の常識らしいが、クローゼットに隙間が出来たら、すぐに埋めないといけないのだとか。

隙間のあるクローゼットは貴族の誇りに反することで、着尽くせない程のドレスで埋まっていてこそ、財のあることの証明なのだとか。

(服なんて数着あればいいじゃない?)

そんな思考の私はメイドなしでは貴族足り得ないということだ。

モア様様である。


ちらりと覗いただけでも、クローゼットの1/3程が空になっており、午後の仕立て人とのやり取りが大変そうだと腹を括る。


❀-----------❀


十数着は試着したと思う。

着せられて、測られて、脱がされて・・・これを繰りかえしているうちに、私の精神は疲弊していった。

色がどうとか、形がどうとか…私にはよく分からない為、モアに丸っと投げた。

「第一王子の婚約者様なのですから、様々な流行を取り入れないといけません。」

仕立て人の気の良さそうな貴婦人の言葉だが、王子の婚約者ではない令嬢にも使っていることを悟りつつ、私は言われるがままに頷いていた。

ドレスに合わせて靴やバッグやアクセサリーなどの小物類を注文し、午前中にモアが纏めたお古のドレスたちを買い取って貰った頃には、世界一周旅行を最短で行ってきた後のようにグッタリしてしまった。

ソファで横になっている私に、訪問客の知らせが入る。

「誰か来る予定ってあったっけ?」

面倒臭い気持ちを露わにしながら呟いた頭上から、声が聞こえた。

「セイドリックがいないと、ぐうたらな令嬢になるというは本当だったみたいだ。」

「ひえっ!?」

黒髪に青い目のこの国の第二王子の訪問に、私は声を失った。


「セイドリックから頼まれた。たまに様子を見に行ってくれと。」

「お兄様に?!」

(お兄様はこの国の王子に何をお願いしちゃってるのかしら?)

何度かこの邸に来ている第二王子の登場に、邸の使用人たちは慣れてしまったかのようで、驚いているのは私だけのようだ。各々が淡々と仕事をこなしていく。

モアが手早くお茶と菓子を準備し、少し離れた所にいるラカーシュ殿下付きの侍従にもお茶を振舞っているのを視界の端で捉えつつ、目の前の席に座った王子を凝視する。

「ラカーシュ殿下…声が少し低くなりました?」

以前会った時より幾分か低音になったことを指摘すると

「声変わりした。」

「ほえー。男声器の不思議を解明したかったです。」

「君が言うと、いいイメージができない。」

なんとなく失礼なことを言われたことには気付いたが、『喉ぼとけを潰してみよう』と言う自分を想像して、納得した。


「王子殿下の執務もあってお忙しいでしょうに。」

兄の我儘をすいませんと伝える私に、第二王子は少し考えるように宙を見つめたかと思うと

「今はユーステスがいないから、仕事が捗っている。問題ない。」

第一王子の無能っぷりに振り回されていた第二王子の言葉は、なかなかに重い。

王子教育の時は忖度していた割には、歯に衣を着せない物言いをする第二王子に、第一王子が苦手意識を抱いた理由を垣間見た。

「シューリッツ王子が、予定通り来年、学園に入学するそうだ。」

(シューリッツ王子はラカーシュ殿下と同じ歳だったっけ。)

「お身体の調子が良くなってきたのですね!」

「君に感謝をしていた。」

「たまたまですよ。それでも、良かったです。」

お茶を飲みながら第二王子の話を聞く。

(同じ兄弟なのに、第一王子とは違って返答がしやすい話題で助かるわ。)

「君にお礼にと宝石が送られてきたが、捨てておいた。」

「そうですか。・・・へ?」

なんだか不穏なことを言われたような?

「’’それ’’があるからいらないだろう。」

’’それ’’と青い目が指したのは、私の首元に光る魔石のネックレスだ。

・・・確かに、私は宝石に興味がないから’’いらない’’けれど。

これをくれたのは第二王子であり、シューリッツ王子ではない。

今回、お礼を言ってきたのはシューリッツ王子で…。

・・・え?どういうこと?

こてっと首を傾げれば、目の前の王子は満足げに頷く。

「そういうことだ。」

「え?どういうこと?!」

全く流れが読めない。

裏がないからと言う理由で勝手に安心感を抱いていたけれど、全く安心できないのではないかと不安になってくる。

(返答しやすい話題だと思った少し前の自分を呪うわ!)

自分の感情に疎い第二王子の言葉足らずは今に始まったことではない。

しかし、あまりに説明がなさ過ぎて、今の私には混乱しかない。

そんな私にはお構いなしに、綺麗な所作でお茶を飲む目の前の王子に尋ねる。

「…宝石って捨てて良い物なんですか?」

「見つからなければ、問題ない。」

ああ…。この思考術を教えたのは兄だ。

一気に今は無き(邸には)兄を恨めしく思った。


「ところで、あの本はあるか?」

「ございますよ。見ます?」

私は机の引き出しからラノベ本を取り出し、第二王子の前に差し出した。

彼はそれを手に取りパラパラと捲るも、眉間に皺を寄せたまま返してきた。

「俺には読めない。」

「まあ、異世界の文字ですからね~。」

返された本をパラパラと捲りながら、改めて変な記号が多い文字だと思う。

読解の加護を持つ私には、その記号の意味とか効果とかが理解できるが、普通は落書きにしか見えないだろう。

「これ古本市場でタダだったんです。ただの落書きだから~って。」

この本に出合った時のことを軽く話す。

特に面白い話ではないのに、第二王子の青い目は楽しそうに細められた。

「ラカーシュ殿下にも読めたら良かったのに…。」

そしたら、私の悩みの解決を考えて貰ったのに…。

「協力者としてここに連れられて来たはずだったが?」

「え?」

「もともと、君の願望実現のための協力者として、セイドリックにこの邸に連れられてきた。ならば、協力せざるを得まい?違うか?」

1年前のやり取りを回想する。

本棚の整理に勤しむ私の元に突如現れた第二王子。

それに驚いた私に兄が言った言葉は・・・。


『最強の協力者を連れてきた』


そういえばそうだった。

元々、婚約破棄をしたい私と、婚約破棄をしないと言い張る第一王子。

第一王子の要望は『ラカーシュが悔しがる顔を見たい』であり、この婚約に意味は持たない。

それをどうにか解決するために兄が助っ人として連れてきたことを思い出し

「そういえば!そうでしたね。」

「シューリッツ王子の病が治ったことには感謝している。彼には幼い頃から助けられてきたからな。」

(本当に仲が良いのね。)

「主にユーステスの意味不明な発言についての見解を教えて貰った。」

・・・。

幼い頃から第一王子に悩まされてきたことが伺え、何ともいえない気持ちになる。

「だが、本の内容に気を取られすぎて本来の依頼内容を忘れていた。とはいえ、その本の内容も軽視できるものではない。君は不安なのだろう?…それで、考えたのだが。その本を翻訳してもらえないだろうか?」

「は?」

「君が翻訳したものを読んで、対策を考えるのを手伝う。…悔しがる顔を作るより現実的だろう。」

ふざけて言っているわけではないことは、彼の目が物語っている。

「王子殿下のお手を煩わせるのも…」

「無能がいない今、俺を煩わせているものはない。」

’’無能’’が第一王子を指していることは明らかで、心底、手を焼いていたことが理解できた。

「君も気が紛れることがあった方が、ぐうたらしないで済むだろうし。」

「別に、ぐうたらしていません!」

「決まりだな。書けたら城の者に渡しておいてくれ。」

お茶を飲み干し、さっさと席を立つ第二王子に、私の思考が追い付かない。

(言いたいことだけ言って去るって…やっぱり兄弟ね。)

一気に疲労感が込み上げてきて、そのままソファに倒れ込んだのだった。

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